8,少女との衝突と真実1

 夏休なつやすみが始まった。終業式しゅうぎょうしきを終えた昨日のうちに宿題を終わらせ、僕の長期休暇が始まる。宿題はすべて終わらせているので、後は存分に夏休みを満喫する。だけなんて、そうは言ってもスケジュールがほぼまっている僕には関係がない話だ。

 例えば、このまちにおいて夏休み恒例行事となりつつある桜木組の剣術教室。例えば義妹ぎまいのための勉強会。あとは、夏休みを利用りようした海外旅行とかもそうだ。

 なに?一つだけたのしそうだって?いや、海外旅行ってってもそんなに楽しいものじゃないぞ?実際は雄大ゆうだい大自然だいしぜんの中でのサバイバルだ。え、それでも楽しそうだって?さいですか。まあ良いや。ともかく、夏休みのスケジュールはほぼまっているのだった。

 今日も、小中学生をまじえた剣術教室で子供たちを相手あいてに剣術の手ほどきをしているところだった。なのに、だ。

「なあ、どうしてお前は剣道を教える講師こうしの側にまわっているんだ?いや、そもそもここってヤクザの本部事務所だよな?どうして、剣術教室なんてひらいているんだ?」

「僕からしたら、どうして君が今ここで剣術教室に参加さんかしているのかが気になるところだけどね、道徳どうとくくん?」

 そう、この会話かいわからも分かる通り、現在僕は道徳くんをふくめた子供たち数人に剣術を教えているところだった。

 いや、本当にどうして道徳くんがここに居るんだろうね?

「いや、な?俺だって別にここに必要ひつようはなかったとは思うけどよ。それはひとまずいておくとして、俺にだって思うことはあったんだよ。お前の言葉にな」

「そう、か。まあ別に良いけどさ、正直、君がここでどれだけ修練しゅうれんを積んで強くなろうと、そう簡単かんたんには一本譲らないぞ?」

「……いや、あれだけボコボコにされて流石に俺だってお前にてるとは思っていないけどよ。まあ良いや、この際だからぶっちゃけるけどな、お前に以前いろいろと言われてから俺もかんがえるようになったのさ。まあ、それだけだ」

「その結果が、こうして道場にかようことだって?」

「ああ」

 そう言って、再び無心むしんに竹刀をり始める道徳くん。まあ、別に良いけどさ。それはそれとして、僕は目の前の子供を相手に竹刀の振り方をおしえる。

 何故なぜだろう?今、竹刀のり方を教えている女の子の僕に対する視線が少しだけあやしいような気がするのは。そんな体をり寄せるような真似をしないでほしい。

 そんな時だった。

「あー、少し良いですか?晴斗はるとくん」

「えっと?」

 呼びかけられて、振り返る。

 ほかの生徒たちの講師こうしをやっていた人たちが、僕のほうへ苦笑気味に来た。話を聞くとどうやら、何か生徒の指導しどうで問題があったらしい。いや、問題というほどのことでもないようで、どうやら生徒の一部が僕と他の講師たちとの見取り稽古を見たいと言い出したようだ。

 どうりで、生徒たちの目がきらきらとかがやいていると思ったわけだ。同時に、講師たちが苦笑していたわけを知った。

 そりゃまあ、いきなりそんなことを言われてもこまるよね。

「と、言うわけで俺たち講師陣こうしじんと晴斗くんの見取り稽古をしませんか?」

「いや、見取り稽古はかるんですけど。どうして、僕一人に対してほかの講師全員なんでしょうか?」

「いや、まあそうでもしないとバランスがれないと言いますか。正直、晴斗くんが予想外につよすぎると言いますか……」

「は、はぁ……」

 少し、頭がいたくなってきた気がした。いや、理由りゆうがいろいろとひどいな?

 そうは思うけど、他の講師陣は全員本気でそうおもっているようだし。よりにもよって全員がそろってうんうんと首をたてに振っていた。と、言うか道徳くんも納得したようにうなずいている。いや、何でさ?

 それから、さっきまで僕におしえてもらっていた子供たちもどうして目を輝かせているのかな?面白おもしろそう?はぁっ……

 ・・・ ・・・ ・・・

 そして、結果けっかとして。僕の目の前には5人の剣術講師がそれぞれ竹刀を構えて立っていた。ちなみに、僕は竹刀をっていない。全くの無手むてだった。いや、ぜひとも説明をさせていただこう。させてくださいおねがいします。

 話はつい先ほど。5分くらいまえにさかのぼる。

 この状況になったのは、様子を見に来たおやっさんが原因げんいんだったりする。と、いうのもおやっさん曰く、ハンデを付けるならついでに無手むてで武装した相手を制圧する方法も心得ておくと良いとのことだ。

 いや、これ見取り稽古ですよね?そう心の中で突っ込んだ僕はこれっぽっちも悪くないはずだ。

 ハンデって何?僕、無手でプロの講師陣を相手にいどまなきゃいけないの?はぁ、まあ別に良いけどさ。本当に、どうしてこうなったんだろう?

 え?この状況にすぐ順応じゅんのうした僕も十分に異常いじょうだって?うるさいよ。

 おやっさんのほうを見ると、黙ってうなずいた。いや、そんな訳知わけしり顔をされても。これはアナタが仕向しむけたことですよね?え、とっととやれ?わかってますよこの展開てんかいになるってことは。ちくしょう。

 そうして、向かい合う僕と講師陣。その傍で、審判役しんぱんやくを買って出たおやっさんが鋭い視線で僕たちににらみをかせる。ああ、こわいこわい。

「では、はじめいっ‼」

「せあっ、いめーーーーーんっ‼」

ぬるい、胴っっ‼」

 直後、僕に向かって講師の一人が大上段だいじょうだんで切り込んできた。だが、僕はそんな講師の竹刀を最低限の動きでけ、そのまま腕をひねり上げてから一瞬で竹刀を取り上げると、そのままの勢いで講師の胴に横一閃の一撃を入れた。

 一撃を受けた講師は、その痛みに悶絶もんぜつ。床をころがる。これで一人、残りはあと4人だ。そして、続いて僕は一瞬のうちに次の講師に距離きょりを詰めた。

 当然、相手はただの道場の講師ではない。歴戦れきせんのヤクザたちだ。すぐに気を取り直して僕に向き直り……

「っ、いぇあーーーーーっ‼」

 僕の頭をねらった講師の刺突しとつは、下をすり抜けるような僕の動きにむなしく空を切ることになった。

 そして、すれちがいざまに僕はそのまま講師の小手こてへ竹刀をたたきつける。そして続けて、頭に振り上げた竹刀を振り下ろす。これで2人。残りはあと3人だ。

 睨みを利かせるように、僕は残りの講師たちに竹刀を向けてけん制する。

 これには流石さすがにマズいと判断はんだんしたのだろう。残りの講師3人は一気に僕を取り囲む布陣を展開してきた。確かに、賢明けんめいな判断だろう。だが、それでもまだあまい。

「晴斗くん。今日こそは一本を、」

「きえーーーーーえええいっっ‼めーーーーーんっ‼」

 何かを言おうとしていたようだけど。無視むしして僕は次の一手を打った。

 気合の咆哮ほうこうと共に、僕は竹刀を講師の一人へげた。瞬間、ぐえっとカエルのひき潰されるような声とともにひたいに竹刀を受けた講師が地面に転がる。これで3人、残りはあと2人。それと同時、残る講師たちが一斉に竹刀を振り上げる。

 その一撃を、軽くかわしつつ僕は一人の片腕をひねり上げてもう一人へと柔術じゅうじゅつの要領で投げる。え、もう剣術けんじゅつとか関係無いって?うるさいよ、最初からもう剣術とか関係が無くなっているっての。そして、ひるんだ講師の一人から竹刀を取り上げ、そのまま胴に向かって振りぬいた。

「胴っっ‼」

 これで4人。残りはあと1人。

 流石に不利ふりを悟ったらしい、破れかぶれになった最後の一人が特攻とっこうを仕掛ける。

「っ、くそ……やあああああああぁぁぁぁぁっっ‼」

「せいっ、面っっ‼」

 大上段に打ち下ろされた竹刀を、横にかわす。

 最後に、打ち下ろされた竹刀をいて絡めとる要領で弾き飛ばし、続いて額に竹刀を振り下ろした。これで全員だ。

「それまで!勝者、織神晴斗っ‼」

 周囲しゅういを見てみる。すると、周囲は歓声にくどころか呆然と目を丸くしていた。いやなんでだよ?そんな中で、おやっさんだけは満足まんぞくそうに頷いていたのも本当になんでだよ‼

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