逸脱者の貧乏貴族は只今チート持ちメイドを募集中!?

甘々エクレア

第1話 貧乏貴族は逸脱者

 知ってますか?この世界の常識を。


 ある者はこう言いました。世の中金で全て解決すると。


 どんなに汚い事も、今後の華やかな人生や夢や希望だって、何もかも全て叶える事が出来る。

 そして、持たざる者は何も得る事が出来ず、逆に強者から虐げられるだけの虫ケラのような人生を歩む事を虐げられる。


 この世界は狂っている。



 何故?誰が?いつそう決めた……。


 

 それは今から約1000年ほど前の事、世界各地で起こった異種族による統一戦争が勃発した事が全ての始まりである。様々な異種族が、人間種に対して反旗を翻した。

 その昔人間種は異種族に対し、長きに渡って非人道的な行為を行って来た。

 我慢の限界を迎えた異種族達は立ち上がり、『魔王』を旗本に各地で人間に対し反乱を開始した。

 見かねた人間種は魔王に対抗すべく、『勇者』を矢面に立たせ、長きに渡る戦争の末に魔王を討ち取り、戦争は終結。

 人間種は残った異種族を束ね、世界を統一した。


 あれから1000年、世界は変わる事なく人間種が統治し、異種族は『物』として今は扱われている。

 世界を統一した人間種は異種族に対し、権利と権限の大半を剥奪。中でもこの世界の生命線とも言える、お金の所持を禁止した。


 人間種は世界の中心に巨大な都市ヴァルハラを設立し、ヴァルハラから世界に向けて紙幣、及び金貨を供給した。食べ物、道具や住居、様々な快楽や奴隷なども、この金さえあれば全て買う事が出来る。

 

 金さえあれば……。


 この世界で金の無い者は何も得られない、得る事を許されない。死ぬか、奴隷として生きるかの2択を選択せざるを得ない。


 座して死を選ぶのか。


 それとも生きて奴隷となり、生きて恥を晒すのか。


 否。


 至福を肥やした豚どもの下に死を選ぶくらいなら、生きて恥を晒し生き続けるくらいなら。


 この世界に抗う唯一の方法……。



 それは絶対的な力だ。


 

 〜〜ヴァルハラ歴1076年。


 首都ヴァルハラの居住区、貴族エリア。世界の中心に位置する巨大な居城ヴァルハラ城と、その周囲に居住を許された、かつて勇者と共に魔王を打ち倒した十二の世界貴族が巨大な12の柱を旗印に巨大な住居を構える。その周囲に大小様々な大小貴族が存在し、その下層部には数千万人の人々が暮らしている。

 そんな弱小貴族の一つ、カリオストロ家。先代党首ジョージ・カリオストロは、かつては十二貴族の1人である名主であったが、時の流れと共にカリオストロ家は衰退し、現在は若くして党首となった『アレク・カリオストロ』が治めている。


 煌びやかな外装と、華やかな庭園が立ち並ぶ貴族達の居住区に、一際目立つ朽ち果てた建物。

 庭園と呼ぶにはお粗末ではあるが、かろうじて形を成している庭。古惚けた外壁に、煌びやかとは言えない一時代遅れた内装の数々。

 建物の前を通り過ぎる者達は皆、畏敬と畏怖の念を抱く。

 そんなカリオストロの邸宅には、若干まだ17歳の青年党首アレクと、メイドには似つかわしく無いほど一際目を引くスタイルの『エルフのメイド』が住んでいた。


 「先日依頼した雨漏りの修理費用、どう見てもぼったくられたようにしか思えないな」


 ボロボロの椅子に腰掛け、黒髪の寝癖を手でとかしながら、男は修理の見積書を眺めてため息を溢す。


 「先日来た男、貴族の邸宅修理を専門としているようでしたが、身分はおそらく奴隷ですね」


 メイド姿でモップを手に持ち、修理したはずの天井から滴り落ちる水滴を拭き取る銀髪の女性。


 「『テーゼ』そこまで見抜いていたのに、修理の完了具合は見届けなかったんだな…」


 「『アレク様』こんな無駄にクソ広い邸宅で、何ヶ所もある修理箇所を全部チェックするなんて無理ですよ」


 メイドの辛辣な言葉に一瞬眉を顰める男。


 落ちぶれたとは言え、カリオストロ家は元名家。それが今や、先代が残した莫大な土地と屋敷に、金の無い名主とメイドが1人。


 「無駄に広い……確かにおっしゃる通りで…」


 アレクは落胆したように肩を落とし、テーブルの上に置かれたパンを一つ手に取る。


 「ところでテーゼさん?たまには食事にパン以外の食べ物を出そうと思う事は無いかい?」


 「そんな余裕はありません。パンが出て来るだけでも感謝するべきではありませんか」


 手に取ったパンは、パン独自の柔らかな感触など無く。石のように硬い廃棄寸前の状態で、ただ同然でテーゼが仕入れた物だった。


 「さっ、さようですか……。だっ、だけどたまには違うメニューも……」


 (ドンッ)


 テーゼはモップを地面に突き立て音を立てる。


 「冗談はよして下さい。明日パンが出て来るかも怪しい状況なんですよ!」


 「そっ、それは困りますね」


 「今まではアルス様の集めたきったないガラクタを売って何とかパンが買えていましたが」


 「ちょっと待って!それ行方不明の俺の魔道具!けっこう大事な物なんですが!」


 「メイドの給料も払えないのに、ガラクタ集めるのは止めいただきたい」

 

 「なっ!」


 カリオストロ家が栄えていたのはかつての栄光。今や貯蓄は一切無く、そればかりか先代からの借金による請求書や催促書で屋敷は溢れかえっていた。


 「満たされぬ空腹と、湧いて来る請求書と催促書。終わりの見えない地獄のエンドレスループだ……」


 嘆くアレクを他所に黙々と床を拭きながらゴミを片付けるテーゼ。このやり取りは毎日の日課のようであったが、この後が少し違った。


 「…ところでテーゼ気になってたんだが、『ソレ』は何だ?」


 アレクはいずれ彼女の方から言うだろうと言い出さなかったが、一向に言う気配のないテーゼを見かね、部屋に入った時から気になっていた、ソレに向けて指を差した。


 「拾いました」


 「拾いました?」


 テーゼの後に隠れるようにしていた少女は、アレクの視線を感じひょっと顔を出す。


 「今朝、貧民街で『ゴミ処理』をしていたところ、偶然その場に居合わせたこの子を拾ったのです」

 

 「拾ったって猫じゃないんだからな」


 身を隠す少女を注視すると、アルスは違和感を感じる。


 「……奴隷紋か、この紋章はヴァルハラの外から連れてこられたみたいだな」


 少女の胸の位置に、焼き付けられたような独特な紋様が浮かび上がっていた。


 「どうするつもりだ?まだ幼いようだが」


 「わかっています。ですがあの場に置いて来るわけにはいかなかったですし」


 「それに……」


 「それに?」


 テーゼが言いかけた刹那、アレクは一瞬自身に向けられる凄まじい殺気を感じ取る。


 「止めなさい!」


 瞬きにも満たない刹那、アルスの首元に少女の握ったナイフが紙一重で止まっていた。


 「なるほど、こりゃ置いて行ったら駄目だわな」


 「武器を下ろしなさい。その方はこの家の主人、当主アルス様です」


 少女はゆっくりとナイフを下げ、アルスに向けられた冷たい目線を離さないまま、テーゼの元へと下がった。


 「……僕はアルス。アルス・カリオストロ。君の名前を教えてもらえるかな?」


 「……」


 少女の見た目若干10歳程度だろうか、奴隷特有のボロボロな服とズボンを身につけて、髪は整う事なくだらしなく伸び、肌は痩けている。


 どこで覚えたのか、素早い身のこなしと溢れる殺意。しばらくしてアルスに向けられていた視線は、やがて無気な眼差しへと変わり、少女は少し俯いてから話し始める。


 「……ゼシカ」


 「そうか、ゼシカ。それが君の名前か」


 刃を向けられたにもかかわらず、優しい微笑みで返すアルス。


 「ゼシカは、どうしたい?」


 「?」


 「君はね、持たざる者として世界に売られたんだ」


 「……持たざる物?」


 「そうさ、この世界はお金が無いと生きていけない。君はそのお金に変えられてここまで来たんだ」


 「……」


 「また奴隷としてあの場所に戻りたい?それともこのまま俺達と一緒にいたい?」


 「……わっ……わたし…は」


 (ドンッ!)


 声を振り絞る少女を遮るように、正面玄関の大扉を蹴破り男達が数人傾れ込むよう現れた。


 「見つけたぞ1049番!」


 屈強な男達を従え、偉そうな髭を生やした中年の男が、ゼシカを指差し声を上げる。


 「この男、どうやら奴隷商のようですね」


 「貴様は報告のあったメイドだな?部下が何人か貴様にやられたようだが…」


 「ちっ、どうやら殺しそこねた雑魚がいるようですね」


 いつの間にか複数の男達によって、アルス達は取り囲まれていた。

 男達は剣やナイフで簡単に武装しており、今にも襲い掛からんと武器を突き付ける。


 「お招きしたつもりは無いのですが、ご用件は何でしょうか?」


 「そこにいる奴隷の娘、それは大事な私の商品だ」

 

 「メイドが連れ去ったと聞いて、周辺の者から情報を買い、ここへ連れ込まれたと知ったのだ」

 

 広大な首都ヴァルハラだが、その分住民の数は多く、住民達の監視の目というのは奴隷商にとっては金で解決する監視カメラのようだった。

 さらには貴族エリアで変に目立っているカリオストロ家については、別の意味で住民達からの注目の的であり、情報を得るのは簡単であった。


 「まだ幼い彼女を、連れ帰ってどうするつもりですか?」


 「何度も言わせるな!それは商品だ、買い手もすでについてある。物好きな変態貴族のジジイの下にな!」


 奴隷商の言葉に恐怖を感じたゼシカは、恐れるようにテーゼの後ろに隠れた。

 無理も無い。奴隷紋を刻まれた奴隷は主人に逆らえない。言葉は全て抗えない恐怖となって体を支配する。


 「ゼシカ、もう一度聞くよ」


 「!?」


 「君はまたあの場所に戻りたいのかい?それともこのまま、僕達と……」


 「黙れ落ちぶれ貴族が!この娘に選択権など無い!当然貴様らにも、この商品を扱える権利は無い!」


 「……いや……だ……」


 「何だと!」


 「もう痛いのも嫌!知らない人を沢山殺すのも嫌!」


 ゼシカは胸の奥に押し殺していた思いを全て大声で吐き出した。


 「くっ!きっ貴様!」


 「ならば君を雇おう!そして僕が君に、持たざる者が抗える唯一の方法を君に見せる!」


 「テーゼ!」


 「かしこまりました。ご主人様」


 テーゼは男達に指先を向け、静かに詠唱を始めた。テーゼの足元に詠唱による複雑な魔法陣が現れる。


 「魔法の詠唱!?させるな!魔法の詠唱は時間がかかる!詠唱が終わる前に女を殺せ!」


 「遅い!」


 間も無くして、テーゼの指先から放たれた無数の光の矢が、男達を次々に貫く。 


 「馬鹿な!?詠唱速度が速すぎる!」


 抵抗する間も無く的確に急所を貫かれ、無惨に倒れる屈強な男達。あまりの一瞬の光景に恐怖を感じた奴隷商の男は、目的も忘れてその場から一目散に逃げ出す。

 逃げ出す男に向かって、アレクはどこから取り出したか、雷を帯びた剣を取り出し構える。


 「残念だが、お前はここから逃げられない」


 奴隷商の男は玄関に向かって全速力で、ここに来た目的も忘れて無我夢中で走る。


 「よく見ておくんだゼシカ。持たざる者が奪う者へ対抗する唯一の方法、それは……」


 「だっ誰か!誰か助けてくれ!」


 奴隷商の男は必死に走る。出口は目の前、外にさえ出てしまえば、待機させていた仲間達と合流が出来る。


 しかし……。


 「誰にも奪わせないための!絶対的な力だ!」



 奴隷商の男が玄関から飛び出そうとした瞬間、常人の目では追えないほどの閃光の一太刀が、男の体を半分に切り裂いた。


 「アルス様の持つロストアイテムの一つ、雷帝の剣。古に失われた古代の遺物である雷帝の核を宿した剣による神速の一太刀……」


 ロストアイテム。古に失われた技術によって生成された、現代では再現不可能なロストテクノロジー。

 アルスの持つ剣は雷帝の核を宿し、半永久的に力を発現可能で、所有者に爆発的なスピードと、剣による一太刀が瞬時的に超火力を発現する事が可能な、ロストアイテムの中でも希少な代物だ。


 「アルス様は、手に入れたこの世の全ての武器やアイテムをペナルティ無しで使用可能な『逸脱者』」


 「……逸脱者」


 アルスは雷帝の剣を胸へと収める。彼はこの世界に存在する全てのアイテムと武器を使用可能なのと同時に、一度手に入れた物であれば、己にストックする形で全てを好きなタイミングで出し入れ可能である。


 「ようこそゼシカ」


 アルスはゼシカに手を差し伸べる。


 「我がカリオストロ家へ」


 ゼシカは強くアルスの手を握り返す。男の言葉に少女は胸を激しく高鳴らした。それはこの時思いもしない、いずれ世界をひっくり返してしまう男との出会いであり、彼女の目に彼が鮮烈に焼きついた瞬間であった。

 

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