第20話 コヨリ、キレる!

「あ、ちょ……そこは……」

「ここが、いいの?」

「だめ……なのじゃ……」

「じゃあこっちは?」

「ひぅ……! もっと、優しく頼む……」


 薄暗い、宿屋の一室。

 締め切られたカーテンから漏れる光が、ふわふわと雪のように揺れる埃に反射して白く輝く。

 ベッドで横向きに寝転んでいたコヨリは、固く目をつむった。


 途端、ふわりと頭を撫でられる。小さくて、でも暖かい彼女の手がさらさらと揺れる。その手がつーっと移動して、コヨリの狐耳をじれったく撫で上げた。


「あっ……」


 思わず漏れ出てしまった声に、コヨリはかーっと顔を赤らめる。

 恥ずかしさのあまり固く口を結ぶと、今度は頬を撫でられた。


「我慢、しないで?」

「だめ、だめなのじゃ……これ以上されたら……我は……」

「大丈夫」


 降りかかるその優しい声音に、コヨリはおそるおそる目を開けた。

 相変わらずの無表情。でもその瞳が爛々と輝いているのがはっきりと分かった。


「ちゃんと優しくするから」


 股の間をねじ込むように彼女の真っ白な足が差し込まれる。そのまま彼女は膝たちのままコヨリに顔を寄せる。

 鼻先数センチ。人形のように整った顔立ちに、コヨリの心臓が跳ねた。


「もう、我慢できない」

「あ、だめ……イヴ……」


 イヴの顔がゆっくりと近付いてくる。

 コヨリは覚悟を決め、再び固く目をつむった。


 そしてついに――



「もふもふもふもふもふもふもふもふ!!」

「あひゃひゃひゃひゃひゃ! こらイヴ! やめるのじゃ! もっと優しくって……わはははははははは!」


 イヴは辛抱堪らんという感じで、コヨリのもっふもふな狐耳をこねくり回した。


「次はこっち」


 存分に狐耳をもふった後は、尻尾にターゲットを変更。コヨリのもっふもふな尻尾を両手で抱きかかえ、顔をぐりぐりと埋める。


「あ、ちょ……ふふふ、吐息がくすぐったいのじゃ……ってどさくさに紛れてどこ触って――」

「私は今日たくさんコヨリの相談に乗った。これくらいの報酬はあってしかるべき」

「だからって……。あ、根本はだめじゃ! 本当に! ちょっと待って、だめだって!」

「もふもふもふもふもふ」


 イヴの両手がコヨリの尻尾の根元に近付くにつれ、ぞくぞくと背筋に電流が走る。

 コヨリは思わず手でイヴを制した。


「はい! もう終わり! これ以上はだめ!」

「なんで?」

「な、なんでも! だめったらだめなの! 絶対だめなの!」

「…………」


 イヴは一瞬だけ考え込む様子を見せたが、即座に顔を上げた。不服そうな顔で。


「まだ全然足りない。だから、続行」

「え、ちょ……まっ……」


 手をわきわきとさせながらイヴが迫る。しかも無表情で。


「だめだってばあああああああああ!」

「問答、無用」


 コヨリの絶叫が、辺り一帯に響き渡った。



 ***



「ふぅ。満足」

「うぅ……もうお嫁に行けない」


 つやっつやのてっかてかのイヴに対して、コヨリは涙で枕を濡らす。

 情け容赦ないイヴのもふもふ攻撃にコヨリの体力は既に0だった。


「? 大丈夫。コヨリはかわいいし強いから、お嫁に行けるよ」

「……マジレスありがと、なのじゃ」

「どういたしまして?」


 コヨリはベッドから降りると閉め切られたカーテンを開け放つ。


(イヴが眩しいと言うから閉めたんじゃが……とんでもなくいかがわしい雰囲気になってしまったな……)


 お陰でやけに淫靡でインモラルでムーディに溢れる空間になってしまった。これでは家族(配下)がいない間に恋人を連れ込んでいるみたいではないか。


(……まぁ、テオとフラグが立つよりかは100億倍マシか)


 そう思考を切り替えて、コヨリは先程の痴態を相殺する。テオじゃなくてよかったと自分に言い聞かせた。……想像したら少し気分が悪くなった。


「もふもふも堪能したから、そろそろ帰る」

「ん、あぁ……そうじゃな」


(これだけ時間をかければ、流石にもうルーナ達も学院長室は調べ終えているじゃろ。後はイヴに気取られぬように合流するだけ……)


 そこまで考えて、コヨリは思考を再整理する。

 確かにルーナ達の情報を待つのが最善ではある。生徒失踪事件の犯人が分からぬ以上、確実な情報を待ってから行動する方がいい。


 だがコヨリの中では、イヴはもう99%黒だった。

 それはコヨリだけがイヴが作られた存在だと知っているから。


 今までのイヴの言動や行動と照らし合わせると、今回の件にイヴが噛んでいる可能性は非常に高い。


 そんなこと信じたくもないが……関係ないのだ。

 イヴが作られた存在である以上、彼女の意思とは関係なく命令には逆らえないのだから。


(ならば情報を待つなんてまどろっこしいことせず、ここで一気に片を付けるか?)


 今のコヨリの力ならイヴに負けることはまずないだろう。形勢は五分――いや、イヴの能力を知り尽くしている点を加味すればこちらに分がある。

 ならばここでイヴを倒し、その裏で糸を引く人物を吐かせれば――


 一瞬の内に思考を整理し終えたコヨリは、


「待て」


 部屋から出ようとしたイヴを呼び止めた。


「なに?」

「まだ時間はあるんじゃろ? なら、この前の勝負の続きをせんか」

「……随分と急だね」

「そういう気分なんじゃ、とはぐらかすのは簡単じゃが一々回りくどいのも面倒じゃ。はっきりと言わせてもらおう」


 コヨリは真っ直ぐにイヴを見つめる。


「生徒失踪事件の犯人はお主じゃろう? ?」


 イヴの瞳が、一段深く濃い闇に染まる感覚をコヨリは覚えた。


「凄いね。そこまで知ってるんだ」

「我は最強無敵美少女なのでな。で、だ。素直に教えてはくれんか? 面倒事は嫌いでな」

「言えない」

「まぁ、そうじゃろうな」


 コヨリは肩を竦める。


「なら、お主を倒して聞き出すとしよう」

「それも無理」

「自信満々じゃなぁ、イヴ」

「違う」


 イヴの態度に疑問を抱くコヨリ。何か、嫌な予感がした。


じゃあ、どう足掻いてもあなたには勝てないから」

「なっ! お主まさか……!」


 それはコヨリにとって想定外の答え。事態の深刻さはコヨリの想像を超えていた。


「お仲間は、もう再起不能。だから時間稼ぎはここまで」

「ちぃ……!」


 コヨリは炎を身に纏いイヴに向けて跳躍する。

 だが、もう遅い。


「私の方が、一枚上手。ばいばい、コヨリ」

「イヴうううううううう!!!!」


 コヨリがイヴに触れる直前、イヴの体から真っ白い閃光が漏れ出し――



 氷雪をまき散らしながら、爆発した。



「ぐっ……!」


 炎があがる訳でも、凄まじい衝撃を与える訳でもない。

 その効果は凍結。


 コヨリの部屋は真っ白に染まり、その全てが氷に覆われていく。

 それはコヨリ自身も例外ではない。


「くっ、そ……」


 徐々に体が氷に侵され、身動きが取れなくなる。

 足が、腕が、髪が、顔が、体が、どんどんと氷に覆われていく。


「イ……ヴ……」


 その呟きを最後に、コヨリは完全に静止した。

 ぽつんと佇むのはコヨリの氷像。イヴの捨て身の攻撃は、コヨリの命を奪うに十分な威力だった。


 その、はずだった。


 ぴき、と氷像にひびが入る。同時に氷がどんどんと溶けだした。


「イヴうううううううううううう!!!!」


 氷は完全に砕け散り、コヨリの咆哮が辺りに響き渡る。

 体中から炎が吹き上がり、その瞳はめらめらと怒りの炎に揺れていた。


「随分とコケにしてくれたのぅ、イヴよ。ふっ、ふふふふ……お主だけは、絶対に許さん!」


 尻尾を4本顕現させ、一気に魔力を爆発させる。コヨリを中心に広がる魔力の波動は、容易くイヴの居場所と配下たちの居場所を突き止めた。


 イヴは王都のスラム街を移動中。一緒にいるのは……シャーロットだ。

 配下の3人は訓練場。イヴに氷漬けにされている。


「全く……世話のかかる配下じゃな」


 イヴのことは一先ず放置だ。まずは配下の救出。その後イヴを追う。


「これで勝ったと思うなよ。我はしつこいんじゃ」


 コヨリから噴出する炎が部屋中を覆う氷を溶かしつくす。ぽたぽたと垂れる水もたちまち蒸発していった。


「約束の勝負。絶対に受けてもらうからな!」


 窓から跳び出し、コヨリは一目散に訓練場へと向かった。

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