第10話 氷姫イヴ再び!


「ちょっとお尋ねしたいことがあるのですが、隊舎までご同行願えますか?」


 顔はにこやか。だがその目の奥に潜む剣吞な雰囲気をコヨリは見逃さなかった。


(あれ、これ……もしかしなくとも、職質されてる……?)


 流れが完全にそれと同じだ。

 一体なぜ。ただテオをからかって遊んでいただけだというのに。


「……一応理由を聞いてもよいか?」

「今の自分達の行動を省みたらどうですか?」


 言われてコヨリは、顎に手を当てて考える。

 一日中デート中の男女を尾行し、ちょっかいをかけ、店先の看板の裏に身を潜める3人組。


「ふっ……どこからどう見ても変質者じゃな」

「なんで偉そうなんですか、あなた……」


 考えるまでもなくやべー奴だった。


 しかしまさか衛兵ではなく王立魔法師隊に職質されるとは。

 この街の衛兵は大体コヨリ様万歳派閥なので、大抵のことは大目に見てくれるのだが王立魔法師隊ではそうはいかない。


 どうしたら穏便に済ませられるかなぁ、とコヨリが悩んでいると、ふとした疑問が降って湧いた。


「ところでお主、イヴは一緒じゃないのか?」

「え? 何言ってるんですか、隊長なら隣に――」


 ミラーは隣を見やる。だが当然そこには誰もいない。


「え、あれ!? いない!?」


 きょろきょろと忙しくなく辺りを見回す。


「なんで!? さっきまで一緒にいたのに……あぁもう、すぐ勝手にいなくなるんだから!」

「……お主も苦労しておるんじゃな」

「そうなんですよ! 隊長ってば気付いたらすぐいなくなるし、書類はみんな私に押し付けるし、尻拭いは全部私……はぁ……もっとお給料上げてくれなきゃやってられないですよ」

「ミラー、給料に不満?」

「不満だらけですよ! 仕事量に全然見合ってません! いっそのこと陛下に直訴でもしに――」


 そこで、ミラーが固まった。

 隣にいるのは肉の串焼きを両手に持って小首を傾げている銀髪の美少女。


 イヴがそこにいた。


「たたたたた隊長!? いつの間に!?」

「束の間に。これ、ミラーの分」


 そう言ってイヴは無表情に串焼きを一本ミラーに手渡した。


「え、あ……ありがとうございます。というか今の聞いてました?」

「聞いてた。でも陛下に直訴は止めた方が良いと思う。まずは私に相談」

「え、いや……あの、あれはちょっとした愚痴というか……はい……なんでもないので気にしないでください……」

「そう」


 イヴは興味を失ったようにもちゃもちゃと串焼きを頬張っている。

 その宝石みたいに綺麗な瞳がコヨリに向いた。


「うぐっ、んむ……久しぶり。九尾の、えーっと……」

「コヨリじゃ。そう言えば名乗ってなかったな」

「コヨリ、よろしく」

「え、隊長。この人達と知り合いなんですか? というか今コヨリって……」

「前に一度だけ会った。王都に出現した魔物を倒した、九尾の強い人」

「えぇ!? この子が!?」


 コヨリは「ふふん」と胸を張った。とてもさっきまでストーカー行為をしていたとは思えないほど偉ぶっていた。


「だから隊舎には連れて行かなくていい」

「え、でもストーカーしてたのは事実で――」

「相手はコヨリの友人。そう名簿に書いてあった。だからいい」


 そう言ってイヴはぐいぐいとミラーを引っ張って行く。


「え、ちょ、ちょっと隊長!? どういうことですか!?」

「またねコヨリ。次は尻尾もふもふさせてね」


 最後に意味深なことを言い残して、イヴとミラーは去って行った。


(名簿……? なんのことじゃ……? それにまたねって……)


 イヴの言っている意味がさっぱり分からず、混乱するコヨリ。

 しかしまぁ考えても仕方のないことだ。イヴのお陰でしょっ引かれずに済んだので、これで心置きなくテオの尾行が再開できる。


 と、思ったのだが――


「何してるの、コヨリちゃん」

「んえ?」


 テオとシャーロットが、そこにいた。

 テオは困り顔で、シャーロットは顔を俯かせてぷるぷると震えている。


「な、なぜお主らが……」

「なぜってあんだけ目立ってたらそりゃ気付くよ」

「むっ……」


 盲点だった。イヴと接触したことでどうやら相当に目立っていたらしい。


「なに、我らは少し散歩していただけ――」

「あ、あなた達のせいでしたのね!!!」


 突然シャーロットが怒鳴り声を上げた。


「さっきの話聞いてましたわよ! 私達をつけていたって……つまりは、あ、あれも、これも……全部あなた達の仕業だったのでしょう!?」


 顔を真っ赤にして、今にも泣きそうな感じで、シャーロットは肩を震わせる。羞恥と怒りで完全に情緒不安定のようだ。


「な、何を言っておるのじゃ。確かに気になって後はつけたが、それ以上は何もしておらん。ただ我らは二人のデートが上手くいけばなと」

「デ……っ!? なっ、ちがっ……! デートなんかじゃありませんわ!」

「そうだよコヨリちゃん。シャーロットさんと僕はただの友達――」

「あなたと友達になった覚えもありませんわ! あなたはただの倒すべき相手! 敵! ライバルです!」


(しまったのう……作戦は失敗か……)


 怒り心頭のシャーロットを見るに、修復は不可能のように思える。せっかく良い感じの所までいったのに、これでは台無しだ。


 その時、ミズキがぽつりと呟く。


「宿敵と書いて友と呼ぶ……か」

「なっ――」


 必死に否定するシャーロット、慌てた様子のテオ、にやつくルーナとミズキ。

 コヨリは考え直した。これはこれで、意外と親密度は上がったのかもしれないと。


「よし、せっかくじゃ。ここはみなで盛大に焼肉パーティでもするかのう!」

「それいいね。シャーロットさんも行こ」

「またドラゴンの肉があるといいのだが……あれは美味かったな」

「では早速先に行って席を確保して参ります」

「ちょ、ちょっと待ちなさい! ワタクシはまだ行くなんて一言も――」


 最近は不老長寿だネメシスだなんだと気を張っていたので、少しくらいこういう日があってもいいだろう。

 セレスディア家と懇意になれば学院長と連絡が取れるかもしれないし、そうでなくとも取れる選択肢は増える。


 だがそんな尤もらしい理由をつけなくたっていいのだ。

 シャーロットは同じクラスメイトで、親睦を深めることになんら違和感なんてないのだから。



 ***



 次の日。学院に登校したコヨリは口を開けて固まっていた。コヨリだけじゃない。クラスの誰もが、みな一様に驚愕していた。

 教卓の前にいるのは副学院長のテスタだ。それともう一人――


「あーという訳で、担任だったカワソ先生は一身上の都合により提携先の学院へ転勤となった。ので、この方が君達の新しい担任だ。全く、急な引継ぎ業務が発生しても学院長は連絡一つよこしてはくれない……いい加減私が学院長になった方がよっぽど――」


 テスタの言葉が、全く耳に入らない。それもそのはず。

 だってそこにいるのは――


「王立魔法師隊隊長のイヴ。よろしく」

「「「え、ええええええええええええ!?」」」


 昨日意味深なことを言って別れた、あのイヴだったのだから。

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