第2章

第1話 のじゃロリ狐っ娘の宣戦布告

 テオはそわそわと落ち着きのない様子で壇上を眺めていた。

 今彼がいるのは、アラド学院の大ホールだ。煌びやかな装飾に包まれた豪華絢爛なホール内には、大勢の生徒、先生、そして保護者の方々が集まっていた。


 何を隠そう、今日はアラド学院の入学式。4月を迎え、テオはついにアラド学院の正式な一員となったのだ。テオの周りには真新しい制服に身を包んだ1年生が期待と不安に満ちた表情を浮かべていた。

 そして、そんな彼らを見て後ろにいる2、3年生が微笑ましそうに笑う。ガチガチに緊張した下級生を見て、自分も昔はああだったと懐かしく思っているのだろう。



 だが、テオがそわそわしているのは、胃痛がするくらいに緊張しているのは、そんな新生活に対してのあれやこれやではない。


(頼むから、普通に出てきてくれよ……コヨリちゃん……!)


 コヨリが何かしでかすのではないかという不安に、心が押しつぶされそうになっていた。


 テオが抱くのはただ何事もなく平和に終わってくれというささやかな願い。

 それが99.999%実現されないであろうことは分かっているが、それでも願わずにはいられなかった。


 これから始まる学校生活が平穏無事に過ごせるかどうかは、この一瞬にかかっているのだから。


 程なくして、スーツに身を包んだ一人の男性が壇上に上がる。

 中空にふわふわと浮かぶ星型の音声増幅用魔道具に向けて「あーあー」と声を出すと、咳払いを挟んだ。


「諸君、入学おめでとう。私が学院長の……と言いたい所だが、学長は今日もふらふらと遊び歩いて――いや多忙なため、副学院長のテスタが代役を務める。全く……連絡もつかないし急にいなくなるしで困ったものだよ。これなら私が学院長になった方が余程……」


 ぶつくさと愚痴をこぼし始めたテスタに、上級生から「本音漏れてますよー!」と野次が飛んだ。

 気を取り直したテスタは、祝いの言葉やら学校生活における注意事項やらアラド学院の生徒としての秩序と誇りがどうたらやら、有難いお言葉を並べ始める。


 そのどれも、テオの耳には入って来なかった。

 テオはただ胸の前で手を組んで祈りを捧げていた。神頼みだった。


(何事もありませんように、何事もありませんように、何事もありませんように)


「あー、私の話はこれくらいにして……次は新入生代表の挨拶だな。シャーロット=セレスディア――」

「はい!」


 最前列にいた、薄紫色の長い髪の少女が勢いよく立ち上がった。


「――の予定だったのだが、滑り込みで入って来た途中入学者が成績トップだったので代表者を変更する」

「えぇ!? き、聞いてませんですわそんなの! どういうことですの!? ちゃんと説明しなさい!」

「……話を続けるぞ。新たな代表者はコージ村出身の――」

「そんなどこの馬の骨とも分からない田舎者に、このワタクシが負けるはずありませんわ! ワタクシは由緒あるセレスディア家の――」

「みんなも知っているだろう。先日この王都を魔物の手から救ってくれた英雄――コヨリだ」

「なっ、なんですって!?」


 喚き散らすシャーロットを尻目に、舞台袖から悠々と姿を現したのは――


(き、来た!)


 ふさふさの狐耳に一本のふわふわな尻尾。背丈は140cmにも満たないであろう子供の外見ながら、見る者を魅了する不思議な妖艶さを醸し出す美少女。


「我が名はコヨリ! 最強無敵美少女にして天衣無縫の九尾族の生き残り! 不老長寿の法を求めて旅をする――ただの、のじゃロリ狐っ娘じゃ! みなの者、よろしく頼むぞ! わーはっはっはっは!」


 九尾族にしてテオの師匠である、コヨリだ。

 その背後には、これまたとびきりの美少女が二人。


 一人はそのセミロングの髪も、肌も、何もかもが白い。それでいて不健康な印象は全く受けず、神秘的な雰囲気を醸し出している。コヨリの一番の配下にして夢食い族ドリームイーターと人間とのハーフ、ルーナ。


 もう一人は長い金髪を靡かせたエルフの麗人。普段の袴姿から制服姿になったことで印象が異なるが、その鋭い眼光はまさに武人。スカートの上からベルトで無理矢理に留めた腰の刀も相まって東方の侍を彷彿とさせる。コヨリの二番目の配下にしてお酒に目がない、ミズキ。


 二人は何を言うでもなく、ただ黙ってコヨリの背後に控えていた。


 コヨリの発言にざわざわと辺りが騒がしくなっていく。


「コヨリって、あのすっげぇ火魔法使ったっていう?」

「九尾族って本当なのかな。狐獣人にしか見えないけど」

「あんな小っちゃい子供が魔物を全滅させたって……嘘くせーな」


 否定的な意見を見せるのは貴族の子息だ。コヨリの街での働きを直接見ていない者が多かったため、懐疑的な目を向けている。


「でも実際に見たって人、結構いるよね」

「私がよく行くカフェの店員さんも、コヨリ様に助けられたって言ってたよ」

「俺、実際に見たぜ。尻尾が3本あってさ。あの魔力は凄かったな」


 反対に、地方から来た村出身の子や、昔から王都に住んでいる生徒は肯定的な意見を上げていた。


「ワタクシは、絶対に認めませんわ!」


 そんな中、一際大きな声を上げるのは元新入生代表シャーロット=セレスディア。

 テオの位置からでも分かる程に、肩をぷるぷると震わせていた。


(あああ……トラブルの予感……)


 テオの脳内で、もうこれは穏便にはいかないぞ、という予感がどんどんと強まっていく。勘弁してほしい。そんなの全く望んでいない。


 だが、現実は非情だ。


「あなたのようなちんちくりんが、入試成績でトップ? ありえませんわ! お馬鹿も休み休み言いなさい!」


 ギロリ、とルーナとミズキの射殺すような視線がシャーロットに突き刺さる。それでも彼女は臆することなく憤りを露わにしていた。


(胆力あるなぁ、あの子。……ってそんな場合じゃない!)


「ふむ……確かに、ぽっと出の我に疑問を抱く者もおるだろう。だからこそ、ここで一つ宣言しておこう」


 その時、テオはコヨリと目が合った。

 テオは思わず手でばってんを作って、無言で抗議の声を上げる。これ以上場をかき乱すのはやめろと。頼むからもう大人しくしていてくれと。懇願するかのように首を思いっきり横に振った。


 だがそんなテオの必死の抵抗も虚しく、コヨリはにやぁっと粘っこい笑みを浮かべた。そして無言のサムズアップ。

 寒気がした。ぞくぞくと背筋を這い回る悪寒に血の気がさーっと引いていく。


(あ、終わった)


 事ここに至って、テオは潔く諦めた。


 コヨリは腰に手を当てて、胸をふんすと張り上げる。


「我はここに、このアラド学院を乗っ取ることを宣言する! これは宣戦布告じゃ! 邪魔する者は生徒だろうと先生だろうと、誰であろうと叩き潰す! 覚悟しておくのじゃな! わーはっはっは!」


 静まり返った大ホールに、コヨリの笑い声が響き渡った。

 生徒も先生も保護者も、一様に口をぽかんと開けていた。


(どうしてこんなことになったんだっけ……)


 テオは一人、ぼーっと天井を眺める。

 さながら現実逃避をするかのように、ぼんやりと数日前の記憶を思い返していた。 

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