第10話 九尾の力

「コヨリ様……! ここは私が――」


 ルーナが短刀を構えながらコヨリの前に躍り出る。

 だが、赤目の男はつまらなそうに吐き捨てた。


「やめときな。そっちのちっこい嬢ちゃんならまだしも、あんたじゃ相手にもならない。分かるだろ?」

「くっ……」


 ルーナは苦虫を嚙み潰したように顔を歪ませる。ルーナだって分かっているのだ。彼我の戦力差を推し量れない程、彼女は弱くない。


「ルーナ。そういうことじゃ。我に任せておけ」

「コヨリ様……」

「我は最強無敵美少女のコヨリぞ?」


 コヨリがにやりと笑みを浮かべると、ルーナは目を伏せ、短刀を下した。


「申し訳ありません、コヨリ様。私が至らぬばかりに、コヨリ様のお手を煩わせてしまうだなんて……配下失格です」

「なに、気にするな。お主の潜在能力はこんなものではない。これから先、強くなってゆけばよいのじゃ」

「つきましては、この私にどうか罰を。なんでも致しますゆえ」

「お、おぉう……乙女が軽々しくなんでもとか言うもんじゃないぞ……? でもそうじゃな、どうしてもと言うなら帰ったら肩揉みでもしてもらうかの」

「全身全霊を持って、揉ませていただきます!」


 謎に気合を見せるルーナにコヨリは苦笑する。

 そんなコヨリの耳に、刀を抜く音が聞こえてきた。


「そろそろいいか?」

「すまんの。待たせたようじゃな。存分に戦り合おうぞ。ルーナ、少し離れておれ」


 男は刀を構えた。

 コヨリは仁王立ちのままじっと男を見つめる。


 緊迫した空気。息が詰まりそうな程の静寂の中――


 先に動いたのは、男だった。


 音もなく、男の姿がかき消える。

 いや違う。目にも止まらぬ速さで駆け出したのだ。


(速いッ!!)


 コヨリの動体視力を以てしてもギリギリ捉えられるかどうかというスピード。

 一瞬の内に肉薄され、袈裟斬りに刀が振られる。

 コヨリは半身逸らして刀を躱すも、返す刃が超速でコヨリの眼前に迫って来た。


(反応速度も英雄級じゃな……!)


 上体を逸らすことで、コヨリは刀を躱す。

 ぱらっ、と斬られた幾本の髪の毛が宙を舞った。


 間髪入れず、コヨリは攻撃を繰り出す。

 ただの攻撃では反応されてしまう恐れがある。だからこそ意表を突くやり方で――


 コヨリは上体を逸らしたまま、くるりと体を捻り、尻尾を男の顔面に叩きつけた。


 ガキィンと甲高い金属音が鳴り響き、男の体が後方へ吹き飛ばされる。が、空中で体を一回転させると、何事もなかったかのように地面に降り立った。

 刀でコヨリの攻撃をガードしていた男は、握っていた手を離すとぷらぷらと揺らす。


「すっげぇ威力だなぁ。手が痺れちまった」

「あれを防ぐとは、これが魔眼の力か」

「まぁ、そういうこった。動体視力の向上。それがこいつの能力でね」


 真っ赤な右目を指差す男に対して、コヨリは自分の尻尾を優しく撫でる。


(魔力による防御のお陰で、斬られてはおらん。だがしかし……厄介じゃな)


 あの魔眼がある以上、こちらの攻撃は当たらないと見ていいだろう。

 戦闘経験はあちらの方が遥かに上回っているし、長引けばボロが出てこちらが不利。


「一筋縄ではいかぬようだな」

「それはこっちのセリフだ。流石は九尾族ってこと……かッ!」


 肉薄する男の攻撃を、コヨリは後方に跳躍して躱す。

 ゴミ捨て場を囲う建物の外壁に足をついて、追ってきた男の刀を尻尾で防ぐ。


 二人は目にも止まらぬ速さで、縦横無尽に空間を駆けた。

 地面が、外壁が、ゴミが、ばらばらと崩れて宙を舞う。


「はっや、マジでなんも見えねぇ」

「でもきっとアニキが圧倒してるに違いねぇ!」

「頑張れアニキぃ!」


 コヨリの耳に、微かに聞こえる外野の声。

 そして、悔し気に唇を噛んでいるルーナの姿が視界の端に映った。


 きっとルーナには、この攻防が見えていない。だからこそ、自分の実力不足を痛感しているのだろう。

 コヨリを支え、付き従う配下として存在しているのに、今この場においては彼女の出る幕はない。

 それが口惜しくて、悔しくて、許せないのだろう。


(なればこそ、ボスとしてみっともない姿は尚のこと見せられないな)


 コヨリが地面に降り立つと、男は追撃せずに少し離れた場所で刀を構えた。


「……なぜ魔法を使わない?」

「ここはゴミが多い。火事にでもなったら大変じゃからな」

「なるほどな……それは随分と殊勝なお考えで。だが、俺は手加減しねぇぞ?」


 男は刀に向けて手をかざす。すると突然、刀が真っ赤な炎に包まれた。


「でたぁ! アニキの炎刀だぁ!」

「こいつは勝負あったな!」

「炎刀のザンキ! ついにきたぁぁ!」


 ハシャぐ外野に、男は大きなため息をついた。


「おい、その小っ恥ずかしい二つ名はやめろって言ってるだろ」

「ふふ、お主……炎刀のザンキと呼ばれておるのか。ぷふっ……かっこいいではないか」

「くっ……だから嫌なんだ。二つ名なんてあっても碌なことにならん」

「いやいやザンキ殿。まっこと素晴らしい二つ名だと思うぞ? もっと誇ってよい」

「てめぇが俺を馬鹿にしてるってことは、よーく分かった」


 ピリついた空気が流れる中、コヨリは小さく笑った。


「ザンキ殿。このままやっても埒があかん。次で終わりにしようではないか」

「それは、嬢ちゃんもついに魔法解禁ってことか?」

「いや、我は魔法は使わん。使わずに、お主を倒して見せよう」

「舐められたもんだな。嬢ちゃんは確かに強い。だが、このまま魔法なしなら俺の勝ちは確実だ。……分かるだろ?」


 ルーナに問うた時と同じように、ザンキは言った。


「あぁそうだな。、ならな」

「……言っておくが、腕の一本や二本は覚悟してくれよ。九尾族相手に手加減はできん。ちゃんと後で治癒師の所に連れてってやるからよ」

「気遣いは無用じゃ。お主は強い。確かに強い。……だが我は最強種族、九尾族の生き残りじゃ。……分かるじゃろ、小童?」


 挑発するようにコヨリは不敵な笑みを浮かべる。

 それどころか手のひらを上に向けて、くいくいと煽る様に手招きをした。


「あんまり大人を……舐めるなよッ!!」


 今までで最も速い超人的なスピードでザンキがコヨリに迫る。

 だが、コヨリの笑みは崩れない。


 刹那とも言える時間の中で、コヨリは呟いた。


「切り札は、最後まで取っておくものじゃ」


 コヨリはその膨大な魔力を拳に集中させる。

 ザンキの顔が驚愕に染まるのが見えた。


 だが、もう遅い。


 尻尾が一本だった時より何倍にも膨れ上がった魔力を一点に集中させ、コヨリはザンキの鳩尾に拳を叩きこんだ。


「がっ……はっ……!!」


 たった一撃。

 だが、あまりにも重い一撃を受けて、ザンキはあっけなく地に伏した。


「は……? アニキ……?」

「嘘だろ……アニキが……負けた……?」

「そんな、そんなまさか……」


 コヨリは地に伏したザンキを見下ろす。


「お主は魔法ばかり警戒していたようじゃが、それは間違いじゃ。九尾族が最強たる所以はただ魔力が大きいからではない。獣人の誇る圧倒的なが合わさってこそ、九尾族は最強なのじゃ」


 既に気を失っているため、返事はない。

 コヨリは残った三人に不敵な笑みを向ける。


「まだやるか?」

「「「ひいいいいい!!」」」


 とっくに戦意を喪失していた三人は脱兎の如く逃げ出した。

 ザンキを置いて。


「え、ちょ……行っちゃった……」


(意外と人望ないんじゃな……炎刀のザンキよ……)


 どうしたものかと悩んでいると、


「コヨリ様。流石でございました。あれがコヨリ様の、九尾としてのお力なのですね……」


 片膝をついて、ルーナがこうべを垂れた。


「まぁ、二本目が出せるようになったと気付いたのはついさっきだったがな」


 噴水広場で魔力を解放した時点で、コヨリは気付いていた。自分の力が一段階進化したことに。

 孤児院を出てから魔力操作をたくさん行ったから、きっとそれのお陰なのだろう。

 コヨリはふりふりと揺れる二本の尻尾に目をやる。触る。ふわふわだ。顔がにやけた。やはりのじゃロリ狐っ娘はこうでなくては。


 だが流石に常に二本あると九尾族だと一発でバレてしまうので、魔力をコントロールして一本に戻した。この辺の調整も自由自在だなんて、九尾族は便利である。


 そんな風に自分の尻尾と戯れているコヨリに対して、ルーナは苦々しそうに体を震わせていた。


「やはり私程度の力では……コヨリ様にお仕えすることなんて……」

「あぁいや、そんな気に病むことではないぞ。ルーナがいて、我は本当に助かっておるからな」


 ルーナがいなければ、のんびり食堂でスクランブルエッグを食べたりできない。だから彼女の存在はとても大切だ。あと可愛いヒロインは側にいるだけで癒しなのだ。


「しかし……」

「それならあれじゃ。こやつの夢でも食ったらどうだ? 結構な魔力量じゃから、かなりパワーアップできるぞ」


 コヨリがザンキに指を差すと、ルーナは眉をへの字に曲げた。


「うわ、めちゃくちゃ嫌そう」

「コヨリ様を手にかけようとした、しかも男の夢なんて……あぁでも、コヨリ様にお仕えするためにも……いやでもやっぱり……」


 ルーナは面白いくらいにころころと表情を変えて、しかし悶々と悩む。

 それだけザンキの夢を食うのが嫌なのだろう。恐らく正確にはコヨリ以外の夢を、だが。


「別に言ってみただけじゃから、嫌なら無理せんでも――」

「あぁ、良いこと思いつきました」

「良いこと?」


 ルーナはザンキに近付くと、その背中に手を当てる。

 すると明らかにルーナの魔力量が増大した。恐らく夢を食っているのだろう。


 しかしそれだけだ。他に、特に変わった所は見られない。


「うん、これでよし」


 一分程で離れたルーナに、コヨリは首を傾げる。


「何かしたのか?」

「ふふ、ちょっとした悪戯です」


 小悪魔っぽい笑みを浮かべてウィンクするルーナに、コヨリは思わずドキッとする。普通に可愛くて困ってしまう。


「それで、この男はどうします?」

「ここに放置でいいじゃろ。その内目を覚ますじゃろうし」

「衛兵には引き渡さないんですか?」

「別にそれでもいいんじゃが……」


 コヨリは「くわぁぁ……」と大口を開けてあくびをかました。


「どうやら消耗しすぎたようじゃ。むちゃくちゃ眠い」

「それは一大事です。早く休息を取りましょう。さぁどうぞ、私の背中へ!」


 ルーナは身を屈めて両手を後ろにぴんと張り上げる。


「お、おぉう……」


(なんかやけに気合入っておるな……)


 恐らくザンキとの戦闘では役に立たなかったから名誉挽回を、とか考えているのだろう。

 そんなこと全く気にしなくていいのだが、ルーナのためにもここはお言葉に甘えることにした。


 彼女の背中はとても温かくて、すぐに眠気が襲ってくる。


「帰りましょうか」

「うむ。エルフ探しは、また明日……じゃな……」

「はい。私にお任せください」


 こくりこくりと船をこぐコヨリを、ルーナは背中に負ぶさる。


「必ずや、コヨリ様のお役に立ってみせます」


 ゆらゆらと小気味よく揺れる背中の中で、コヨリは夢の世界へと旅立った。



 ***



 そして朝。宿屋の部屋にて。

 コヨリは頭を抱えていた。


「これはどういう状況じゃ……ルーナ……?」

「はい。コヨリ様がお望みの、のエルフでございます」

「んー! んー!」


 そこにいたのは、猿轡をかまされて手足も縛られた状態の、袴を着た金髪エルフの女剣士――


 ヒロインの一人、ミズキだった。

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