あの日を境に⑩




天汰の言葉に美空はハッとした。


「・・・あ、そっか! でも罪を犯している気分なんだよねぇ・・・」

「いや、犯している気分どころか完全に犯罪だよ。 ぶっちゃけ圭地と発想の根本は同じだ。 でもこんな状況じゃ背に腹は代えられない。 現実かどうかもよく分からないしやれることは全てやらないと」

「元の世界へ戻すのが先決ということね」


しばらく車を走らせる。 今のところは異変は起きていない。


「細かいルートが分からないや、美空は憶えているか?」

「ならナビを設定してあげるよ」

「できるのか?」

「スマホじゃなくて車でもできるよ。 ・・・変な感覚だけど元カレは年上で免許も車も持っていたから。 アタシがいつも設定していたんだよねー」

「・・・そうか」

「結構というか、車の運転がかなり荒い奴でさー。 横入りとかされたらまぁ喚く喚く! ・・・あれ、やっぱりあんな奴のどこがよくて付き合っていたんだっけ・・・?」

「時に優しい一面を見せるとか?」

「うーん、まぁそういうところもあったかもしれない・・・。 見た目は結構好きだったんだけどね」


美空の話ぶりからするともう過去の話で現実へ戻ったら別れるつもりなのだろう。

向こうからしてみたら突然の別れ話となり可哀想だとも思うが、天汰自身親友との関係に疑問を感じていたため何とも言えなかった。

流石に家族とどうこうするつもりはないが、現実へ戻った時に今まで通り接することができるのか自信がない。 美空がナビを設定し他愛のない会話をしながら目的地を目指す。


「俺は女子とまともに付き合ったりしたことがないからなぁ」

「ふーん?」


それからは特に言葉を交わすこともなく静かな時間が流れていった。


「・・・ねぇ、天汰はさ」


しばらく車を走らせて交差点を抜けた辺りで突然美空が口を開いた。 チラリと美空を見ると彼女は窓の外を向いている。


「どうした?」

「アタシみたいなギャルってどう思う?」

「は?」

「深い意味はないんだけど。 ・・・一人でギャルしているのも何だかつまらないな、って」

「ギャルに対して特に何かを思ったことはないけど自分の好きなことなら貫いていけばいいんじゃないか?」

「はは、そうだよね。 まぁギャルになったのも自分に自信を持ちたくて始めたことだし好きなことでも何でもないんだけど」


そう言うと先程コンビニで買ったナイフを手に取った。


「何をする気だ?」


聞く間もなく美空は自分の長い髪をナイフでバッサリと切り落とした。


「おい!」

「大丈夫、後悔なんてないから。 今の状況で何かあった時に長い髪は邪魔でしょ?」

「確かに動きやすいかもしれないけど・・・」

「それにこの世界が現実なのか幻なのか戻った時に分かると思うから」

「・・・なるほど、確かにその考えは面白いかもな。 俺にもそのナイフを貸して」

「いいけど、何をするの?」

「美空だけに押し付けるわけにはいかないから」


天汰は信号で止まるのを見計らい自身の前髪部分をバッサリと切った。


「えぇ!? それは流石におかしいでしょ!」

「女子の髪って大事なものだろ? ならこれくらいしないと釣り合わないと思って」

「・・・でも流石に変過ぎ。 戻ったら綺麗に整えてもらいなよ?」

「あぁ、このままだったらな」

「・・・でも少し嬉しかったかも。 それにおでこを出しているのは悪くないと思う」

「あ、あぁ」


そんな感じで車内の空気が緩やかに変わったのを合図にしたかのように美空が声を上げる。


「・・・え、何あれ!?」


ミラーで美空は何かを発見したらしい。 天汰も合わせて見ると猛スピードで一台の車が近付いてきている。


「ま、まさか・・・!?」


そこで気が付き慌てて車を発進させた。 まだ信号は切り替わってはいないが横から車が走ってくる様子はない。


「捕まってろよ!!」


急発進したため車体が酷く揺れた。 ただそのおかげもあって交差点で事故ることはなかった。


「本当に来たの!?」


天汰は運転中のためよそ見はできない。 美空が代わりに後ろを見ている。


「圭地が車で追いかけてきてるよ!!」

「どうしてここが分かったんだ? タクシーである程度距離ができていたはずだろ!?」

「圭地は勘がいいからアタシたちと同じことを考えたのかもしれない」

「なら丁度いい。 三人の目的地は同じっていうことだな」

「流石に車同士なら直接危害を加えられないから大丈夫そうね」


そう言って安堵した瞬間だった。 大きな音がドーンと鳴り響く。


「な、何!?」


美空は慌てて後ろを見る。 天汰もミラー越しで見ると圭地はクロスボウのようなものを持っていた。 どうやらトランク部に命中したらしい。


「何あれ!? どこで見つけたの!?」

「マジかよ・・・ッ!」


逃げるために真っすぐなルートをあえて曲がる。


「圭地オープンカーじゃん! ハンドルを握っていないけど自動運転でも付いてるの!?」

「美空、危ないからあまり身を乗り出すな!!」


距離を取るようスピードを更に上げる。 まさか映画でしか見たことのないカーチェイスをやるなんて思ってもみなかった。 そもそも天汰はペーパードライバーで運転自体得意ではない。

今は車が少ないため何とかなっているが、このような速度でハンドルを右へ左へ切るような展開になったらと思うとゾッとする。


「くそッ、また赤信号か」


行けるなら行きたいが普通に車が行き交い流石に通れない。 貧乏揺すりをしながら青になるのを待つ。 その時背後から再び大きな音が聞こえた。


「二人共、待て!!」


圭地の荒い声に正気を失った目。 口からは軽く泡を吹いておりやはり様子がおかしい。 ただ流石に完全に理性を失っているわけではないのか車でそのまま突っ込んでくることはなかった。

車を停車させて降りるとクロスボウを撃ち込んできた。


「おいおい、マジかよ・・・!」


撃つことに慣れていないのか命中率は低い。 それでも車の後部には何度も当たりバックライトの破片が飛び散っている。 恐らくタイヤを狙っているのだろうが今のところ命中はしていない。

ただもし直接当たれば簡単に死んでしまうだろう。


「完全に本気で殺しにきてんじゃんッ!!」



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