第26話 小手調べ

 あと15分も走れば、だいわ神社につく頃、ミカがいう。


【なんかいるよね。】

【暗くて寒い。あのぬえが持ってきた空間みたい。あれほどではないけれど。】とカエデ。

【悪霊域界というやつね】ミカが答えた。

【ミト。私たちの周辺に穢れはいない?】

ミカがテレパシーする。

ミトから返事が来る【少し待って】。

【海に灰色に広がる空間がある。南にいた穢れが北上したんだ。ミカ達に近づく感じ】ミトの返信。


モリヒコは往路で立ち寄った展望駐車場に車を入れる。

幸い一台も駐車場に車はない。

「運転していては何もできないので。」

モリヒコは神楽にそういうと車を止めた。

 ガシャポンの3人のカバーをとる。

 「神楽さん、車の後ろに隠れてください。」

そういってモリヒコは手のひらをガチャポンに近づける。

 3人が手のひらに乗る。

右手でドアを開け外に出る。海に近づく。


 逃げるという選択肢はないようだ。神楽は外に出たが、車の後ろにはいかず、モリヒコの隣に来て掌を出す。

 フミカが神楽の右手に乗る。

モリヒコの右手にカエデ、左手にミカ。

【くるわよ】オープンチャネルでミカがいう。

レベルアップしたオープンチャネルだ。おそらくミトやタケミ女王、此花このは、イチキシマ王妃、軍団長達にも声だけでなく画像も届いているだろう。

説明が省ける。緊迫感なくモリヒコが思った。


 西日の中うねりが輝く。夜に向け海が途方もなく大きく怖い存在になっていく瞬間である。前方の水平線が妙に粘性のある感じになっている。まだ残暑なのに急激に寒くなっていく。


 「皆さ……」モリヒコガ言うより早く、3人は目を閉じていた。ミカがゆっくり両腕を広げる。二人のオオナと3人のスクナビコナの空間が温まる。その時前方の黒い海が凍り始める。海中にできた悪霊域界の一端が黒い魚雷のように一直線でこちらに迫る。10メートルに迫ると、波は海面を割って立ち上がる。黒い波がモリヒコたちの頭上高く持ち上がる。波でできた蛇、妖気を放つ波の大蛇は一気にモリヒコたちの頭上に落ちてくる。


カグラの手にいるフミカが両手両膝をついて波を見つめる。

瑠璃色の瞳がひときわ輝き竜巻が生まれ、波を飛沫しぶきに変える。漆黒の瞳がひかり、海が槍のようにやってきた波を包み前方の悪霊域界ごと包み込んでいく。


ミカの両腕で囲われたわずか3-4センチメートルの空間から発する神域界が数十メートルの凍った海を溶かす。

状況を見守っていたカエデが、右手を水平に上げる。

その瞬間、前方の悪霊域界と思える黒い海は、オレンジ色の太陽光を反射し夕方の海に戻っていた。


【!……浄化されたよ。】

疾風が感知したのだろうミトのテレパシーが聞こえる。


 2人も膝をつく。フミカはうつ伏せにカグラの掌に横になる。

 身長5センチメートルのスクナビコナから放たれた力は、20メートルある水の穢れを退け浄化していた。


「今のは何?」神楽がいう。【わからない】ミカが答える。

 モリヒコも神楽も体が重くなる。スクナビコナ族を落とさぬようふらつきながら車のシートに座った。


【「気」をもらった。】カエデが言った。

「気?」

【エネルギー見たいな。疾風がミトに渡したようなことかな】

フミカが言った。

「龍の力は大変なエネルギーを使う。補給が必須なのですね。モリヒコさんは2人前ね。」神楽が言った。

「僕の?大丈夫かなぁ。」モリヒコがいう。

【急に気分が悪くなった!】カエデが言った。

「気」とはなんだろう?どうやって補充するのだろう?モリヒコの新しい課題が出た。


 数分そこにいた。太陽はもうほとんど山に隠れつつあり、海は黒々としていた。

 「戻ります。」モリヒコが言った。車は帰路についた。

 あの穢れの槍も、あたると血煙になってしまうのだろうか?モリヒコは考えていた。

 それにしても、わずか身長5センチメートルのスクナビコナ族の持つパワーとは思えない。

問題は彼女達の体力の消耗。命に係わるかもしれない。

でもモリヒコは、この問題にワクワクしていた。

つくづく課題好きである。


 一方、とんでもない経験をしたと神楽は思っていた。

穢れにあったこともない彼女にとって今日の経験は衝撃的だった。

いや朝の巴家を訪ねてからずっと驚きの連続だった。


 その頃、だいわ神社奥の院。

 【あの形はおそらく妖怪のウミヘビ 「ラウ・ウル」。】

 イチキシマ王妃がいった。

【イズモの伝説にもある「南の海」からくる穢れです。強くはないですがオオナに恐怖を十分に与えられる穢れです。】 

3人の戦いは、モリヒコが思ったように、生中継で王国民に届いていた。

 これはこれで今後注意が必要だった。

とにかくテレパシーの到達範囲が広いからだ。


【ラウ・ウルは海への恐れが集まって現れるものです。海はその大いなる生命の場であると同時に、生物を呑み込む恐ろしい存在です。その畏怖の念が恐怖となった時、穢れが発生します。

少し前の大雨台風にエネルギーを得たのが穢れのチカラの原因かと。どこでも生まれうるものです。

そして犠牲者を出して、恐怖の現実を人々に認識させて波と消えます。……しかし何者かがその穢れのエネルギーを集合させなければ、あのような悪霊域界は発生しないと推測します。】


 【……それにしても、見事なものでした。】

イチキシマ王妃が続ける。

 【探知、神域界空間の発生、穢れて海蛇となった波を崩す風と水の力、光の浄化。正直恐ろしい位】。


 モリヒコの車が奥の院隣りの、巴家私邸に着いて、カエデ達は仮の王国の書庫に入る。

 王国民は彼女たちを喝采で迎えた。


 カエデ、ミカ、フミカのテレパシー範囲は、ミトの応答範囲を越え10キロメートル離れた海岸の大岩、

 13キロメートル離れたラーメン屋。 

それに車を降りたモリヒコがカエデの神圧で転んだところまで、 王国民、コノハ、イチキシマ王妃に、しっかり届いていた。


 神楽は、戦闘に興奮し、王妃への報告は要領を得ない。

【神楽、ラーメンはおいしかったですか?】

王妃が笑いながら落ち着かせた。


 何故南の海の穢れが北上したんだ?帰宅後、イチキシマ王妃の話しを聞いてモリヒコは思う。 温暖化?。何者かが呼んだ?


 そのころ、東京山奥。

大蛇おろちよ、気にすることはない。力があるのはわずか数人のスクナビコナだ。屠る機会は必ず来る。

土蜘蛛つちぐもおに族や生あるものを襲い力を蓄えよ。ヤマトに気づかせるな。


 西東京の山の中、人間には感じ難い、漆黒の寒い空間で、大蛇おろちは遥かな地に封印された主の想いに感応する。

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