※ 第29話 タイマン
「痛くないか?」
「大丈夫だよー」
午後10時、水城邸の一角……修練場にて。
動きやすい服に着替え、芽衣を椅子に座らせて手足を革の枷で縛り付ける。
「本当に動けない?」
「うん。流石にね」
「じゃ、これ」
「え、猿轡は聞いてな……むぐっ!?」
芽衣の口にハンカチを詰め込み、手ぬぐいで吐き出せないように押さえ付ける。
悪いとは思うけどこれからやる事を考えるとな。
「じゃ、撮るぞ」
「んん……っ」
スマホで拘束された芽衣を撮って、その写真を添付したメールを1通送る。
「ふぅ〜……」
怖いし、緊張する。
でもだからこそ、決意が鈍らない内に行動に取り掛かるべきだ。
「此処かしら?」
「……!?」
修練場の扉が開いて現れたのは……薄っすらと汗を流している水城 海里。
「これ、天王寺さんが? 私は貴女達のお遊戯に付き合ってあげられる程暇ではありませんのよ?」
水城は手に持ったスマホをヒラヒラと見せながら、やれやれと首を振る。
拘束された芽衣の写真を添付した『芽衣を返して欲しければ修練場に来い』というメール。
内心はどうあれ呼び出す事には成功した。
「水城、私と決闘しろ!」
そう言ってボクシンググローブを投げ付ける。
……悲しいかな、半分の距離も届かずボスッと鈍い音を立てる。
それを見た水城は呆れたように溜息を吐いた。
「今ならその戯れ言も聞き流して差し上げますわ。さっさと帰りなさいな」
「芽衣がどうなっても……」
「好きになさい。殴るなり犯すなりどうぞご自由に」
「うぅ……っ」
これは……どうなんだ?
あのメールを見て駆け付けてきたって事は、芽衣に対して多少なりとも情がある筈。
けどこの態度って事は、芽衣がどうなろうと本当に構わないのか?
「水城……お前は芽衣の事をどう思ってるんだ?」
「前にも言ったでしょう? 数居る下僕の一人に過ぎない……それだけですわ」
「それなら取り返したいとは……」
「黙りなさい」
「……っ!?」
急にプレッシャーが重くのしかかる。
敵対する水城 海里はこんなにも恐ろしいものなのか……!?
「まず、こうして対話に応じている事が慈悲であると理解しなさい。
実際に拳を交えるとして……貴女が私に勝てる訳がないでしょう?」
「や、やってみなきゃ分からないだろ……!」
「そんなに震えて何を言うかと思えば……そもそも何故それ程までに無謀な決闘を望むのかしら?」
「私が勝ったら言う事を一つ聞いてもらう」
「話になりませんわね。それなら私が決闘に応じるメリットは0ですもの。
私、弱者を嬲る趣味はございませんことよ?」
「だったら……私が負けたら水城の言う事何でも聞いてやる!」
「……へぇ?」
空気が、変わった。
怒りや苛立ち……そういった物から一転して、まるで獲物を前に舌舐めずりするような……
そう、アレは……捕食者の眼だ。
「貴女が負けたら、何でも言う事を聞くと……?」
「そ、そうだ!」
「例えそれが人の誇りを、尊厳を、矜持を踏み躙るものであったとしても?」
「従う! お前が勝ったら奴隷にでも下僕にでも……何にでもなってやる!」
「……そう。それならこの決闘ごっこに付き合う意義はありますわね」
水城はポケットから髪留めを取り出し、長く艶やかな黒髪を一つに纏める。
こっちに歩み寄りながら、途中のボクシンググローブを拾い上げた。
我ながらとんだ約束をしてしまったと思うが、弱者と喧嘩したがらない水城をその気にさせるには敵対するかメリットを示すしか無いからな……
「バンテージはありまして?」
「え、あぁ……」
「どうも」
バンテージを受け取った水城は手慣れた様子で拳に布を巻き付ける。
一人で巻けるのか……私は芽衣に巻いてもらったのに。
それにしても……見た目は清楚で麗しいお嬢様なのに、バンテージを巻くその姿が実に様になっていて……
「あ……」
「なにか?」
「あ……い、いや……何でもない」
マズイマズイ。見惚れてる場合じゃない。
これから殴り合うってのに……
「さて、始めましょうか。開始の合図は?」
「え、あ……は、始めっ!」
拳を顔の前で構える。
あぁ、だけど……また水城に呆れの溜め息を吐かれた。
「一応忠告して差し上げますけど……痛い思いをしたくないなら降参なさい。
今なら優しく可愛がって差し上げますわよ?」
「降参なんてするか! あああああああっ!」
先手必勝の精神で、雄叫びを上げながら接近して右ストレートを水城の顔面に叩き込む。
だけど、自覚出来る程に弱々しい私のへなちょこパンチは……僅かに水城の顔を傾けさせるだけに留まった。
「……はぁ」
「うわっ!?」
水城は私の胸元に右手を当てて、押し出した。
ただそれだけで、私の身体が簡単に吹き飛ばされる。
「う……く、うぅ……」
「手加減しましたわね? えぇ、致し方のない事です。
素人とそうでない者の違いは理解していまして?
本気で人を殴れるか否か……その覚悟すらない貴女はそもそも勝負の舞台にすら立てていませんのよ?」
「う、うるさい!」
立ち上がって再びパンチ。
今度は突進の勢いに乗せて、手加減しようの無い一撃。
「あ、が……っ!?」
けれどそのパンチは空を切り……腹部に鈍い衝撃が走った。
骨が軋む音が頭の中で鳴り響き、まるで鋼鉄の槌で内蔵を殴られたような衝撃が瞬時に身体を突き抜けた。
「ぅ、あぁ……っ」
膝が勝手に折れて地面へ崩れ落ちる私の身体。
息を吸おうとしても肺が動かず、空気を求めて喉が虚しく鳴った。
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