真相(1)

「あ、あなたが三村大翔ミムラ ハルトさんですか」


 大下は、驚愕の表情を浮かべ目の前の少年を見ていた。

 それも無理もない話だ。事前の調査によれば、三村大翔は引きこもりのニートだった。中学生の時にひどいイジメに遭い、不登校になる。

 以来、十六歳になるまで引きこもっていた。当時の写真や画像などを見ても、線の細さと気弱そうなおどおどした目つきが印象的である。顔立ちそのものは悪くないが、自信の無さが画像からも見てとれる。魅力的とは、お世辞にもいえない。

 父の勧めで鬼灯親交会に参加したものの、火災に遭い行方不明となっていた。それから一年近くが経過し、いきなり姿を現したのだ。


 間近で見る大翔には、イジメに遭い引きこもっていたニートという雰囲気はない。精悍な顔つき、Tシャツ越しにもわかる筋肉質の引き締まった体、野生味あふれる鋭い瞳……軽量級の有名格闘家か、若きエリート兵士といった雰囲気を醸し出している。

 何よりの大きな違いは、内面からにじみ出ている圧倒的な自信だ。人は、僅か一年足らずでここまで変われるものなのだろうか。




「こんな時にお邪魔して、本当に申し訳ありません。ですが、あなたには是非とも話してもらいたいことがあるんです」


 大下は、額の汗を拭いながら言った。すると、大翔は苦笑しつつ立ち上がった。


「この暑いのに、わざわざここまで来るとは。あなたは、本当に仕事熱心なんですね」


 そう、ここまで来るのに、大下はかなり苦労したのだ。

 ふたりがいるのは、三村家の別荘である。白土市の山の中に建てられており、途中で急な階段を昇らなくてはならない。しかも夏真っ盛りの八月では、じっとしていても汗が出る。

 日頃から鍛練を欠かさない大下も、この暑さにはまいっていた。普段なら、頼まれても来たくはない。

 だが、この三村大翔には絶対に会っておかねばならなかった。


「こんなものでよければ、飲んでください」


 言いながら、麦茶の入ったグラスを差し出す大翔。大下は頭を下げて受け取り、即座に飲み干した。


「いや、ありがとうございます。お陰で、生き返りましたよ……あ、すみません。こんな時に、不謹慎でしたね」


「いえいえ、お気になさらないでください。家族の件を、いつまでも引きずってはいられませんから」


 大翔は、ニッコリ微笑んだ。

 確かに、今の発言は不謹慎だ。大翔の父・三村一樹と母・麻美アサミ、そして兄・健都ケントは、二ヶ月ほど前に車の事故で亡くなっていた。

 事故の一月後、行方不明になっていた大翔が都内の派出所に出頭する。鬼灯村火災で行方不明になっていた少年が、一年近く経ってから姿を現した……このニュースは、一時期テレビやネットなどで話題となる。マスコミは、こぞって取材を申し込んだ。しかし、返ってきたのはこの言葉だけである。


「何があったのか、全く記憶にありません。気がついたら、森の中を歩いていました。ホームレス同然の暮らしをしながら、どうにか生きていました」


 後は、取材を完全にシャットアウトする。マスコミも最初のうちは大翔をしつこく追い回した。しかし、彼らの興味や関心はすぐに別の人物へと移る。有りがちな話だ。

 だが、大下だけは違っていた。彼もまた最初のうちは断られたが、諦めることなく何度も連絡した。時には、彼の行く先を独自に調べて待ち伏せたりもした。

 最終的に効果があったのは、この言葉だった。


「私は、桐山譲治くんを事情聴取しました」


 この一言を発した途端、大翔は会うことを承諾したのである。




「刑事さんは、僕に何が聞きたいのです?」


 親しげな口調で、大翔は聞いてきた。


「まずは、あの日、あなたが何を見たのか……それを聞かせてください」


「鬼灯村事件ですか。あなたは、既に気付かれているのではないですか?」


 その言葉に、大下は苦笑した。


「どうでしょうね。まずは、あなたの話を聞かせてください」


「あれはね、いくつかの偶然が重なった不思議な話なんですよ。まず初めは、ラエム教が絵図を描いた単純な計画でした。ガリラヤの地が主催する鬼灯親交会ですが、そもそもはラエム教への高評価と信者の獲得を狙ったイベントだったんですよ」


 それは、大下も知っている。だが、黙ったまま彼の話を聞くことにした。目の前にいる少年は、この事件に深くかかわっている。恐らく、全ての真相を目の当たりにしてきたのだろう。今まで身を隠していたのも、そのせいだ。


「ところが、コストがかかる割に思った程の効果が出ない。そこで彼らは考えました。鬼灯親交会は、今年をもって終わりにしようと。しかし、ここまで上手くいってきたものを中止させるには、それなりの理由が必要です」


 それも、大下は知っている。付け加えるなら、ラエム教とガリラヤの地の関係がこじれてきたのも理由のひとつだ。もっとも、その事実を指摘する気はなかった。今は黙ったまま、彼に話させよう。


「そこに絡んできたのが、銀星会です。奴らは、石野怜香の母親から娘の殺害を依頼されていました。保険金殺人ですね。銀星会は、山の中での事故に見せかけ怜香さんを殺害する計画を立てました。そこで、銀星会とラエム教の利害が一致したわけです。事故が起きたとなると、鬼灯親交会も中止せざるを得ないですからね」


 銀星会。

 日本屈指の広域指定暴力団であるこの組織は、事件に深くかかわっている。石野怜香の母親である石野明美の愛人は、銀星会の構成員だった。ふたりは、実の娘である怜香に生命保険をかけての殺害を企てる。それもまた、既に調査済みだ。

 ただし、大翔がその点に行き当たっていたとは意外だった。この少年の調査能力は侮れない。 


「さらに浮上してきたのが、千葉拓也さんです。拓也さんは、両親とラエム教徒である保護司の勧めで鬼灯親交会に参加しました。彼にも生命保険がかけられていましたからね。二人を事故死させれば、ラエム教も銀星会も得するわけですよ」


 驚きだった。まさか、大翔がここまで知っていたとは。探偵でも雇ったのだろうか。少なくとも、素人がネットで調べた程度では掴めない情報のはずだ。

 そんな大下に向かい、大翔は語り続ける。


「しかも、何の偶然か桐山譲治まで会に参加することになりました。僕の予想ですが、彼の参加を知り、計画は変更となったのでしょう。二人を事故死させるよりは、殺人の前歴がある譲治が殺した……という形にした方が自然だと考えたのですよ」


「なるほど」


 大下は、思わず相槌を打っていた。桐山の参加は偶然であるのは間違いない。が、その参加により連中が計画を変更させた……有り得る話だ。二人が事故で死ぬよりは、かつて殺人を犯したことのある少年に殺された、という形にした方がつじつまは合う。


「彼らのシナリオは、こうです。まず、適当な理由をつけて譲治を反省室に入れる。その後、ボランティアのナタリーさんが反省室の鍵をかけ忘れ、譲治が脱走する。凶暴化した譲治が二人を……いや三人を殺し、ガリラヤの地の職員が取り押さえて警察に突き出す予定だったのですよ。実際には、職員が三人を殺して、その罪を譲治とナタリーさんに押しつけるのですがね」


「三人? 二人ではないのですか?」


 思わず、話の途中で聞いていた。すると、大翔は頷く。


「ええ、彼らの標的は三人だったのです。まあ、それについては後でお話しますよ。ところが、ここで偶然に偶然が重なり、計画に大きな狂いが生じました。まず、彼らは譲治をあまりにも甘く見ていました。譲治はね、職員たちの手に負えるような人間じゃなかったんですよ。彼らは譲治を取り押さえることに失敗し、まんまと逃げられました。結果、彼のお陰で僕たちは村を脱出できたのです」


「では、あなたは見たのですか?」


 ここで、ようやく本題に入った。鬼灯村火災のことも知らねばならないが、それ以上に知りたいのは桐山のしたことだ。


「見たって、何をですか?」


「桐山が、人を殺すところです」


「直接は見ていませんが、彼が襲撃してきた者を殺したのは間違いないですね。でも、あれは正当防衛ですよ。僕たちの命を守るためにしたことです」


「それは無理ですね。あれだけの人が死んでいては、正当防衛は成立しません」


 その言葉に、大翔は目を逸らし下を向いた。一方、大下は語り続ける。


「私はね、あの事件の直後に桐山を取り調べました。衝撃を受けましたよ。あの男はモンスターです。心のどこにも、人間らしい光や影が感じられない。それどころか、快楽殺人犯の可能性もある。桐山を放っておいたら、大変なことになります。是非とも、警察署で見たまま聞いたままを話してください。あなたの証言があれば、奴に逮捕状が出るはずです」


「なるほど、そうですか。あなたの目的は、桐山譲治を逮捕することだけなのですね。まあ、想像通りでしたが」


 顔を伏せたまま、大翔は言った。大下は、深く頷く。


「そうです。桐山を、自由の身にしておいてはいけない。あなたの協力があれば、奴を逮捕できます」


 その時、大翔は顔を上げる。不敵な表情を浮かべ、口を開いた。






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