鬼人たちの挽歌
板倉恭司
八月二十三日 取り調べ(1)
「ちょっと聞きたいんだけどさ、僕ちんの脳が痛くなったら、ちゃんとお薬くれんの?」
とぼけた口調で言いながら、
もっとも、彼が手を突き出しているのは、
「薬だと? ふざけんじゃねえぞ」
睨みつける大下。彼は現在、二十八歳だ。職務に燃えており、血気盛んな部分も衰えていない。学生時代は柔道に打ち込み、文武両道を旨としていた。その
幼い頃より正義感が強く、学生時代には町で暴れていた不良少年の集団を相手に大立ち回りを演じ、全員を病院送りにしたこともある。そんな大下にとって、目の前にいるバカの見本のごとき喋り方をする少年は、ただただ不快な存在でしかなかった。
「別にふざけてなんかいないのよん。僕ちん頭の病気だから、お薬もらわないといけないのよね。薬飲まないと、脳がはちきれちゃうのん」
とぼけた口調で、譲治は言葉を返す。大柄で
大下は、譲治を睨みつけた。この少年、とても小柄な体格だ。身長は百六十センチもないだろう。Tシャツを着た体は細くしなやかで、無駄な脂肪はほとんど付いていない。サーカスの曲芸師か、プロのダンサーのような体つきだ。
長めの髪は茶色に染まっており、目鼻立ちの整った綺麗な顔である。小柄な体格と相まって、若い女たちからは「可愛い」と言われそうな風貌だ。額には大きな傷痕があるが、彼の容貌を損なってはいない。
もっとも、その表情には締まりがなく、口元にはニヤケた笑みがへばり付いている。体育会で長年揉まれ、警官として様々な事件を間近で見てきた大下から見れば、可愛いというよりガワがいいだけだ。
はっきりと本音を言うなら、見れば見るほど殴りたくなる顔である。大下は湧き上がる感情を押し殺し、平静な表情を作り口を開いた。
「もう一度、最初から聞くぞ。お前は三日前、社会福祉法人『ガリラヤの地』が運営するイベントに参加した。間違いないな?」
「んー、参加したような気がするね。僕ちん頭悪いし忘れっぽいから、定かではないけど」
ふざけた表情で答える譲治。大下の眉間に皺が寄った。目つきにも凄みが増す。
この二人は今、取り調べ室にて向かい合って座っている。両者の間には机が置かれており、譲治も大下もパイプ椅子に座っていた。室内は狭く、四畳ほどしかない。さらに、大下の後ろには若い刑事が控えている。立ったまま、無言で譲治を睨みつけていた。一方、譲治の背後はコンクリートの壁である。当然、逃げ場はない。
この状況、実は計算されたものだ。狭く逃げ場のない部屋の中で、こわもての刑事二人と対面している。しかも、こちらはたったひとりだ。取り調べを受ける側の、心理的圧迫感は凄まじいものがある。慣れていない者なら、聞かれてもいないことまでベラベラ喋ってしまうだろう。
ところが、譲治には何の効果もないらしい。リラックスした表情で椅子に腰掛け、楽しそうにこちらを見ている。
そんな譲治に苛立ちを覚えつつ、大下はなおも質問を続ける。
「そこで何が起きたんだ? 覚えてない、なんて言わせねえぞ」
「大勢の怖い人たちが来て、いきなり暴れ出したのよね。あそこはスマホ持ち込み禁止だったから、お巡りさんも呼べないし。だから、僕ちんは無我夢中で山の中を逃げたのん。もう、アジャパー! って感じだったね。だから、何にも見てないし何にも聞いてないのよね」
アジャパーの声を発する時、わざわざ両手を挙げ、おどけた表情をして見せた。本当にふざけた態度である。まだ十六歳だというのに、この度胸は何なのだろうか。
不良と呼ばれる少年たちは大抵、ひとりになると
ところが、譲治の態度は違っていた。虚勢を張っているわけではなく、心の底からリラックスしているのだ。しかも今回の場合、ただの不良少年が起こせるような事件ではない。
「お前な、アジャパーじゃねえんだよ。ことの重大さがわかってるのか? 大勢の人間が死んでるんだぞ。そんな説明で、納得できるはずないだろうが。お前は何を見て何をしたのか、全て正直に話せ。でないと、家には帰さねえぞ」
そう、この事件では大勢の人間が死んでいる。
三日前の八月二十日、山奥の小さな村で、社団福祉法人『ガリラヤの地』主催のイベントが開かれた。
この『
そもそもは、事実上の廃村となっていた集落『
それだけではない。現地には精神科のカウンセラーやスポーツ関連のインストラクターなどもいて、きちんとした指導を受けられる。ここで学べる技能は、かなりの数に及ぶ。さらに、希望者には就職先も紹介している。まさに、至れり尽くせりだ。中には集落での生活が気に入り、そのまま居着いてしまう者もいるらしい。
期間は一週間から十日ほどであり、一年に何回か開かれている。参加費は無料であり、食費なども全て施設側が賄う。一日三回の食事の他に、希望者には間食も与えられる。もっとも、現地で用意できるものだけだが。必要なのは、行き帰りの交通費のみだ。
保護司からの評価も高く、罪を犯し保護観察期間の少年らに、このイベントへの参加をさせるケースも少なくない。中には、わざわざ北海道や沖縄から参加させる親もいるという。
もっとも、このイベントには新興宗教の『ラエム教』が関与しており、参加者の中には後に勧誘された者がいたという噂もあるものの、それ以外に悪い評判はなかった。
また周辺に基地局がないため、スマホが通じないという問題点はあるが、職員らは無線で連絡を取り合っているため不便はない。現地には医師もいるし、簡易診療所もある。これまで事故や事件が起きたことはない。
三日前にも、問題ある数人の少年少女らが鬼灯親交会に参加した。彼らは、職員の運転するバスに乗り集落に到着する。
ところが、その最中に原因不明の火災が発生してしまった。
集落に建てられていた家屋のほとんどが木造の平屋であり、少年たちの寝泊まりしていた寮も古い木造の家を改装したものである。そのため、火災に対しては非常に脆かった。燃え上がる炎は、周辺のものを全て焼き尽くす。結果、五十人以上が死亡した。もっとも死者の正確な人数は、未だに判明していない状況だ。
それだけではない。警察が詳しく調査すると、さらなる奇妙な事実が浮かび上がった。身許不明の焼死体が、現場にて多数発見されたのだ。施設の職員と集落の住人たち、さらにイベントに参加した少年少女らを除いても、二十人以上の身許不明の死体がある……これは異様な状況だ。
その上、僅かに焼け残っていた所持品などから、焼死体の中に広域指定暴力団『銀星会』の構成員が含まれていたことが判明する。しかも、周囲からは本物の拳銃や弾痕なども見つかる始末だ。何者かが、村で拳銃を発砲したのは間違いない。
銀星会の構成員が、山の中にある青少年更生のためのイベント会場に来た挙げ句、火事に巻き込まれて死亡した。しかも、銃撃戦の痕跡まである……こうなっては、警察としても詳しく捜査しなくてはならない。
だからこそ大下は、生存者のひとりである桐山譲治を取り調べているのだ。
そんな大事件の関係者にもかかわらず、譲治の態度はふざけたものだった。
「んーなこと、僕ちん知りましぇん。見たまんまを話してるだけっスから。事件を調べるのは、お巡りさんの仕事なのん。一般人には関係ないっスね」
言いながら、譲治は天井を向いた。
大下は、ぎりりと奥歯を噛み締める。とことんふざけた奴だ。ならば、別の角度から揺さぶりをかけてみよう。
「ところで、話は変わるが……お前は十二歳の時、同級生を殺しているな」
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