モノクロームの初恋

 メイが相手にも聞こえるように店長が来たと告げた。川瀬は慌てて席を立つと、エプロンをして、引っかかった黒髪をくくり直し、紙の帽子をショーケースで確かめながらかぶった。

 メイが両手を合わせるようにして彼を追い出して、川瀬も曖昧な笑みで見送った。

 慌てて店内へ戻ると、待てど暮らせど店長は来ない。しばらくしてメイが吹き出した。

「店長来んで」メイは中指を立てた。「わたしの堪忍袋の緒が限界かなと」

 あんなものが成功するのか。そもそもケーキ屋で働いているアルバイトに売っているケーキをプレゼントして喜ぶと思うのかな。

「オシャレですやん」

 メイは言いかけて吹き出した。後ろを向いた彼女の金髪が揺れていた。

「メイそん、笑わんといてくれる?」

「笑いませんよ」もう笑ってる。

「お付き合いしたことないねん」

「好きな人はおるん?」

「好きな人はおるんかな。ずっと片思い」

 川瀬は同級生を追いかけて同じ大学を受けたのだと話した。でも相手はそんなことはまったく知らずにいるのではないかとも話した。

「えぐっ。南海クオリティ?」

「阪急も乗ってるよ」

「南海は否定せんのや」

「今朝も一緒に学校行った気がする」

「気がするて」

「わたしね、マジな話。告白されてへこんでるねん。うれしいない。高校生のときの初恋が汚された気がして悲しいねん。わたしね、高校のときに写真のモデルしてんけどね。見る?」

「ぜひぜひ。モデルになるわなあ」

「そんなんやないねん。写真部の人が文化祭に出すための作品なんやけど、わたしらの学校は文化部で協力しあいしてるねん」

 ポケットからスマホを出した。結局エプロンに入れてあるのだ。フォトでキャンバスに向かう少女の後ろ姿を見せた。

「おお?」メイは驚いた。「これワッセ?」

「うん」

「なるほどなるほど。大きさは?」

「200✕150センチくらい」

「でか。てかこのときから好きなん?」

 川瀬はスマホをポケットに入れた。もしわたしのことが好きかどうか聞いて、思う答えでない場合、わたしは囚えられたままだ。

「予想以上に芸術しててビビったけど、何となくワッセの言いたいことわかる」

「撮影が朝一番の光で撮るから付き合うことになってん。でも何となくしばらく続くんやろうなと思うてたら、不意に終わってん」

「不意に?」

「わたしね、涙止まらんかってん。今でもうまいこと言われへんのけど。変かな」

「それは恋というですわ」

「近鉄沿線では恋?」

「八尾では恋ですわ」

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