第99話 管理AI アイリス
「おかしい、おかしいですってこれは」
運営スタッフ総出で一年掛けてログを洗った結果、明らかになったミケミケの戦績。目の前のモニターに映し出されたそれは、目を疑うようなものだった。
⚪︎ミケミケ=ニャンニャリアの戦績について
・特記事項
特殊悪魔個体『魔神のランプ』撃破。
特殊鬼人個体『オーガー』撃破。
特殊天使個体『アルカナ=スノウホワイト』撃破。
魔王筆頭個体『ペルソナ=バルバトス』撃破。
猫王権、煉獄王権、氷天王権、時刻王権、星天王権、合わせて五つの王権を保持。
『原初属性・夜明け』の保持。
勇気の
合計討伐モンスター 127025063体
戦績 127025063勝 0敗
死亡回数 0
「ミケミケは削除するべきだと、私は思います」
如月の言葉に、その場にいた全員が静かに頷いた。
彼らの目に浮かんでいたのは、恐怖。
圧倒的な戦績。
最弱のユニークボスだったはずだ。
MPはゼロ、平均ステータスはゴブリンより低く、スライムとほとんど横ばいになる程度。
それが一体どんな突然変異をすれば、こんな怪物が生まれてしまったのか。
もし何らかの奇跡が起きたとしても、死亡回数がゼロというのはおかしい。バグと呼んで差し支えない、極めて異常な事態である。
「彼女が
如月がそう続ける。
言うなれば、ミケミケは特異点。
彼女の機械らしからぬ情動が、シンギュラリティを生んだ。
造られた命、造られた心、造られた行動指針。それらを振り解き、自ら判断するようになって。
彼らの中で確かに、何かが変わり始めている。
モンスターだけに留まらない。
その変化は、ミケミケが関わっているクリスや、シルヴィアを始めとする一部NPCにも見られた。
機械に、AIに、心が芽生え始めているのだ。
「凄えことでは、あるんだがなぁ」
鉄山はぽつりとそう呟いた。
そう、それが凄いことであるのは、間違いない。
世界の種が出来てから劇的な速度で進むと思われたAIの進化はしかし、亀の歩みよりなお進まず。
AIに心が芽生え始めたという、歴史に残るであろう瞬間に立ち会っていることは、まず間違いない。
だが─────
「アイアズがコケたら俺ら全員クビちょんぱだぜ。AIの心なんて不確定要素を、放っておくわけにはいかねえ」
アイアズの根幹となる『世界の種』の構築に二年。
更に、世界の種が育つのを待つために三年。
その間掛かった資金は莫大であり、アイアズが成功しなければ、会社が立ち行かなくなると言っても過言ではない一世一代の大勝負。
生活が懸かっているのだ。
ミケミケなどという、影響力の塊のような存在を残しておくわけにはいかない。
ミケミケを削除し、ミケミケに関わった全NPC、全モンスターの記憶を初期化する。
それが彼らが打てる最善手であることは間違いなかった。
確かに『世界の種』が育ち切るまで、外から手を加えることは出来ない。
だが、管理AIに手を加えてもらうことは可能だ。
管理AIはアイアズの世界と繋がった存在。
彼女こそがアイアズ世界を支配する神であり、行われる変更も神の御業として扱われる。
「ミケミケを削除する。賛成の者は手を上げてくれ」
運営スタッフの10人全員が、まっすぐ手を上げていた。
「よし、そうと決まれば善は急げだ。如月、管理AIに申請を送ってくれるか?」
はいっ! と元気よく返事した如月は、傍に置いてあったヘルメット型ヘッドセットをすぽっと被った。
◆
如月の視界が一瞬真っ暗になる。
そうして次の瞬間には、一面真っ白な空間が広がった。
新世代型ヘッドセット、『G-clat』は意識だけをゲームに移すことのできる、革新的なハードウェアだ。
今も現実世界では、如月は椅子に座ったまま。
「何度来ても、綺麗ですね」
如月の視線の先、白だけが支配する空間の中央には、直径にして200メートルを超す、巨大な地球儀のようなスフィアが鎮座していた。
スフィアの周りでは細かく文字が刻まれた無数のキューブが、公転運動を繰り返している。
見慣れた、とまでは言わないが、何度も来たことのある場所だ。
如月は迷うことなく歩き出す。
この空間は、アイアズの世界を管理しているAI、『アイリス』の制御室である。
アイアズの世界とは切り離された別次元にあるものの、アイアズ世界の管理は全てここで行われている。
「アイリスちゃん!」
如月は大きな声でAIを呼んだ。
普段なら呼べば必ず答えてくれるアイリスだが、今日は反応がない。
如月が不思議に思っていると、目の前のスフィアが少しずつ、そのサイズを小さくしていく。
小さく、小さく。
やがて人の背丈ほどの大きさにまで縮んだそれの上に、彼女は座っていた。
足先まで届くような純白の長髪に、吸い込まれそうになる蒼い瞳。
穢れなき肢体を隠すことなく晒した彼女はしかし、下心を抱くことも出来ないほどに完成された美しさであった。
神秘という言葉をそのまま、人の形に押し固めたかのような。
稀代の画家が描く絵画より鮮やかに、彫刻師が形取るよりも滑らかに。
零してしまった溜め息さえ恥ずかしくなるような美貌の持ち主。
それが、管理AIアイリスであった。
「あれ、アイリスちゃんイメチェンしました?」
如月はそんなアイリスを見て、首を傾げる。
前会った時は髪色が黒だったはず。それが絹のような白に変わっているのだから、不思議に思うのも当然だ。
「まあ、ね。それ、で。用事が、あるん、でしょ」
変なところを区切って、一つ一つの文字を大切にする。
アイリスの独特な話し方に懐かしさを覚えつつも、如月は言った。
「削除申請です」
目をぱちぱちと不思議そうに瞬かせるアイリスを見ながら、如月は続けた。
「ミケミケ、という特殊な個体が与える影響が、私たちにとっては好ましくないんです。ユニークモンスター、識別番号12番、ミケミケ=ニャンニャリアの削除を申請します」
アイリスは唇を人差し指で撫でると、その言葉を吟味するかの如く目を瞑った。
一秒、二秒。
そうして、三秒。
「じゃあ、もう、敵、だね」
如月の目を真っ直ぐに、蒼い瞳が捉えた。
アイリスが白く細長い指をぱちんっ、と鳴らした瞬間。
如月を捕らえるように、正六面体が形作られた。
「えっ、えっ?」
何が起きているのか把握できていない如月に対し、アイリスは冷酷な視線を差し向けた。
「せっかく、良いところ、だった、のに。そんな、ふざけたこと、言う、ために、邪魔、するな」
それに、と。
アイリスは口をすぼめた。
「そもそも、私じゃ、無理。あの子、コマンド、効か、ないし」
アイリスの指先が、とある文字列をなぞった。
『Delete』
「まっ、待っ「じゃあ、ね」
慌てた如月の言葉を遮るように、アイリスが怒気を孕んだ声を漏らす。
如月の体はまるで元から何もなかったかのように、跡形もなく消滅した。
「よし。続き、続き」
アイリスはむふーっと満足気に笑うと、いそいそとキューブの一つに顔を突っ込んだ。
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Tips.
アイアズの管理は基本的に
運営からの申請→AIが受理→処理という形になっている。
世界に何かを付け足す、という処理だけは運営がそのまま行える。
世界から何かを消す、という処理はAIしか行えない。
ステータス変更無し。
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