少年は終末世界で何を想う

とろろ

第1話 あなたに幸あれ


『人類よ、聞け。我は魔王である』


 20XX年、魔王を名乗る宣戦布告が、全人類の脳内に轟いた。

 同時に、全世界で不可解な地殻変動が起きる。

 本来動くはずのない地殻があらぬ方向へ動き、出来上がった地面の裂け目から、得体の知れない怪物が這い出てきたのである。

 人知を超える現象に、ファンタジーが現実となったようだと世界は騒然。

 間もなく、各地で怪物による大量虐殺が発生した。

 しかし、各国の首脳は事態を正確に捉えられず、最善の対応を講じることができなかった。

 首脳らにとって予想外の事実が、判断を鈍らせる原因となったのだろう。


『我は、我が率いる魔王軍を以て、人類を滅ぼすことにした』


 魔王軍に現代兵器が通用しなかったのである。

 結果、魔王軍は僅か2ヶ月でアメリカ大陸を始めとする6大陸を攻め落とし、国としての機能を保った国は幾つかの島国と、日本だけとなった。


『降伏すれば、痛みのないまま殺してやろう』


 魔王軍は北海道沖に出現。

 そのまま北海道、東北地方を掌握。

 自衛隊の努力も虚しく、戦線を留めることができず、魔王軍は進軍。

 戦線は南下し続け、遂に東京にまで迫る。


『どうだ、慈悲深いだろう?』


 はじめから、人類に勝ち目など、なかったのだ。




 以上、服毒遺体の傍らに転がっていた手記より。

 ◇◆◇

 20XX年、1月26日、東京都。



「姉ちゃん! どこまで行けばいいの!?」


「いいから走って! あいつらが見えなくなるまで!」



 僕は、姉に手を引かれて、ただ走っていた。

 4車線の道路は、事故を起こした車が折り重なり、火の手をあげている。

 いつ爆発するかも分からないが、姉と僕は横を通過していった。


 上空から金切り声が聞こえる。

 そこに目をやると、黒い人型の翼が生えた生物がいた。



「キャャャアアアアアアァァ!!!」



 その人型の口元がキラリと光る。

 直後、高層ビルを爆発が覆った。

 崩落するビルを横目に、僕らは走り続ける。



「姉ちゃん、あれがテレビで言ってた“魔王軍”ってヤツらなの…!?」


「わかんない… わかんない!!」



 絶え間なく続く爆発音、それに伴う悲鳴。



「た、助けてくれえェェェ」



 横の路地から男性の声が聞こえた。

 反射的に目を向けると、丁度、金色の鎧を纏った骸骨が、2メートルほどの大剣を、人間に突き刺す瞬間が目に映った。



「う、うがあ"あ"あ"ぁアアアァァ!?!?」



 腹を剣で貫かれた男性は叫び声を上げ、藻掻き、突き刺された大剣を掴むが、金鎧の骸骨はぐっ、とその大剣をさらに深くまで押し込んだ。

 男性の体がビクンと震えた後、事切れる。

 骸骨は大剣を抜き、次の獲物を探す。

 骸骨の真っ黒な眼窩の中、赤く揺れる目がこちらを捉えた気がした。

 蛇に睨まれたようにその光景に目を奪われていた僕に対し、姉が呼び掛ける。



「いいから走って!!」



 姉は僕の手を強く引き、走る。

 しかし、長く走り続けた僕の脚は限界に近かった。



「姉ちゃん、もう限かい…『ドガァァァァン!!!』」



 吐こうとした弱音は爆発に巻き込まれた。



「ヨウ!!」



 吹き飛ばされ、倒れ込む。

 バラバラと崩れる瓦礫と同じように、自分も。


 体が言うことを聞かない。

 手足の感覚もない。

 どうやらさっきの爆発で吹き飛んだみたいだ。

 顔を動かすこともできない。

 子供ながら、「あぁ、もう永くないな」と。

 そう悟った。



「ヨウ、そんな。だめ。駄目!」


「姉ちゃん… 」


「”神の加護を与えよリアクティブヒール“」



 姉の、回復魔法を唱える声は震えていた。

 その声で、何度も、何度も。



「“神の加護を与えよリアクティブヒール”」


「姉ちゃん… もう… 」


「”神の加護を与えよリアクティブヒール“ “神の加護を与えよリアクティブヒール” 神の… 」


「僕は…… 」


「喋らないで!!」



 凄まじい剣幕で回復魔法を唱える。

 しかし、自分から何かが抜けていく感覚は収まらない。

 頭の後ろが温かくなってきた。

 そのうち姉は、思い出したように自分の首飾りを外し、僕の首にかけた。



「いい? あなたは何としてでも生きるの。あなたが…  …になるの」



 爆発の音や建物が崩れる音が姉の声をかき消す。



「この首飾りは炎龍の… …必ず幸運に… …代償として、あなたの… …きっと、あなたならできる… …私の弟だもの」



 炎龍…? 幸運…?



「神の御加護がありますように。」



 最後に、魔法ではなく。

 ただそう言って姉は視界から消える。

 待ってと言おうとしたが、すでに口も喉も正常に動かず、喉から息を噴き出すので精一杯だった。


 目の前に青空が広がる。

 …こんな時でも、空はこんなに綺麗なのか。

 神がいるなら僕らを助けてほしい。

 どうか、どうか。



「ギィィィィィィィイイア"ア"ァ"ァ"!!!」



 僕の願いに呼応するように聞こえたのは化け物の叫び声だった。

 ははっ…

 僕に見向きもしないような空の色に、自嘲の念と、少しの不快感を覚えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎週 水曜日 00:00 予定は変更される可能性があります

少年は終末世界で何を想う とろろ @sushitororo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ