第28話 死に行く者への贈り歌
「何事だ……これは一体どういうことだ!?」
想像だにしていなかった事態にグラムは動揺する。口から漏れ出した言葉に答える声はなく、代わりに炎に焼かれた建築物が崩壊する音が響き渡り、その余波で生じた突風がグラムに現実を叩きつける。
「チッ!」
グラムは即座に千里眼の魔法を発動させた。
その魔眼が見つめる先はダイン帝国の最奥部、かつてグラムがルミナス達と初めて邂逅した場所である宮殿。
どちらか片方、或いはその両方が居るかもしれない。
その予想は見事的中し、宮殿を見定めるグラムの視界にはぼんやりとした人型のシルエットが一つだけ映った。
だが輪郭が不定形なシルエットが意味するのは、そこにいる人物の魔力量が何らかの理由で希薄になっているということ。
そしてシルエットから伝わってくる魔力の特徴は、ルミナスの魔力が持つソレと同じものだった。
「死に掛けか……面倒な!」
駆ける、ただ疾く、業火の中へ。
グラムは焦燥していた。転移魔法を使う選択すら思い至らぬほどに。
そこかしこに転がる死体の山、鼻腔を擽る肉が焼ける匂い、広場らしき場所で磔にされた串刺しの死体。すれ違う凄惨な光景からもたらされる情報は焦るグラムの脳を徐々に落ち着かせる。
(間違いない……これは聖教会の
グラムは混乱する。
それでも足は止まらず、火を断ち風を裂き、思考を乱す混乱を踏み砕くように瓦礫を超える。
間もなくグラムは宮殿まで到達した。宮殿とあって相当頑丈に作られているらしく、いくつか焼け落ちている箇所はあったが、灼熱の劫火に覆われても尚そこにそびえ立っていた。
「ルミナス!」
宮殿の扉を蹴り破り、グラムは叫んだ。
そして、発見した。
緋色に包まれたエントランスホール、その中心にうつ伏せで倒れているルミナスの姿を目撃した。
「ルミっ、おい虫けら!!」
グラムは駆け寄り、急いでルミナスの身体を仰向けに起こす。
「!!」
仰向けにしたことで全貌が明らかになったルミナスの肉体は、重傷という言葉では片づけられないほどに深刻だった。
肉体の一部は既に光の粒子となって消滅し始めており、全身に広がる火傷も深刻な状態である。特に目立つのは腹の傷で、下腹部からへその辺りに掛けて鋭利な刃物で切り裂かれたような深い傷があり、夥しい量の血がそこから流れ出している。
「おい虫けら!! 一体何があった!! この国で何が起きた!! その傷は!? 誰がやった!!」
途方もない不安と焦燥に駆られて、グラムは矢継ぎ早に問いかけた。
「せいきょうかい……」
「!!!」
ルミナスは掠れた声で答えた。
「
宮殿は再び崩落し始める。焼け落ちた瓦礫があちこちに降り注ぎ、あらゆる楽観が音を立てて崩壊していく。
「だーりんは、アイツらにつれていかれて…………わたくしも…………たったひとりの人間に、なにもできなくて……子ども、まで…………」
ルミナスは声を震わせて嘆く。その間にもゆっくりと、肉体の崩壊は進んでいる。
「どうして、こんな…………ひどいことになったの? わたくしが、まぞくだから?」
グラムは答えられなかった。
「わたくしは…………ただ、いきていただけなのに……!」
グラムは、何も答えられなかった。
「許せない……!」
嘆きはやがて、呪詛に転じる。
「わたくしから、だーりんをうばったアイツらが…………許せない!」
ルミナスが憎悪を発露させたその瞬間、グラムの奥底で眠っていた"破天荒"の人格が強く反応した。
「ッ!!」
憎悪にあてられたことで目覚めた破天荒の人格はグラムを支配せんと暴れはじめる。
────そうだ、殺せ。弱者を許すな。
割れんばかりの痛みがグラムの頭を打ち付けた。
(やめろ……!! 今お前が出てきたら、俺はいよいよ除け者になる!!)
グラムは頭を押さえ、飛び出そうとする破天荒の人格を抑え込もうとした。
「「お前は人間を憎んでいるのか?」」
二つの人格が重なり合った状態で、グラムはルミナスに問いを発した。
「……わからない」
その問いに対して、ルミナスは僅かな葛藤を滲ませた。悩んでいるような、躊躇っているような、そんな顔をしている。
「だけど、もうだめなのよ……! だーりんはもう、どこにもいない……だってアイツらに、人間に殺されたから!」
「…………ガビルともち女も、人間だ。お前が人間を憎めば、お前は自分が愛する男や親友すら憎むことになるぞ…………お前はそれでいいのか?」
グラムは痛む頭を強く押さえつけ、意識が飲み込まれそうになるのを辛うじて耐えた。そうした作り出した僅かな猶予に全てを託し、ルミナスの説得を試みる。
「……いいわけ、ないでしょ」
説得が通じたのか、憎しみに濁ったルミナスの瞳に正気の光が戻った。
グラムは一縷の望みを見出すが、それも束の間だった。
「でも……シャルル達には、わるいけど」
正気の光は淡い望みと共に焼け焦げて、憎悪の濁りは蘇る。
「わたくしはアイツらが許せない……!」
説得は失敗した。
グラムは歯を食い縛る。意識が闇に沈んでしまう前に、この先に待ち受けるであろう最悪の事態と向き合う覚悟を決めた。
「契約よ、グラム…………いや、"破天荒"!」
「!!!」
ルミナスは最期の力を振り絞り、頭を押さえるグラムの手を強引に引き寄せ、強く掴んだ。
「何もかもあなたにさしだすわ…………魂でもなんでも、あなたに全部捧げるから、わたくしに代わって……」
ルミナスの瞳に灯った怨嗟が、一瞬だけ消え去る。代わりに一滴の涙がそこから零れ落ちた。
「聖教会を道連れにして」
涙と共に紡がれたその言葉が引き金となった。
なってしまった。
「良かろう」
次の瞬間、緋色の魔方陣が二人の足元に出現した。
承諾したのはグラムではない。
破天荒だ。
「弱者の願いなど叶えてやる義理はないが、お前にはリンゴを教えてもらった借りがある。その借りを返すことについては俺も
言いながら破天荒はルミナスの手を握り返した。
「望み通りにしてやるさ、ルミナス・オブスキュラス。その魂に免じて、代償もまけてやる」
ルミナスの肉体は緋色の光に包まれ、魂と共に光と化していく。
光と化したルミナスの魂は破天荒の肉体に吸い寄せられ、その中に入り込んだ。
魔力、記憶、感情など、ルミナスが持つあらゆるものが嵐の如くなだれ込む。それらは全て、破天荒の糧となる。
破天荒の背中から三対六枚の漆黒の翼が飛び出した瞬間、緋色の魔方陣は消滅した。
「チッ」
立ち上がろうとした破天荒は再び頭痛に襲われる。その痛みに顔を顰め、頭を押さえながら舌打ちした。
「俺ともあろう者が腑抜けやがって……弱者と共存? そんな馬鹿げたことは、この俺が絶対に許さん」
破天荒はゆっくりと立ち上がる。
闇の様に黒い黒目黒髪。人相は悪いが顔立ちは整っており、背丈は高い。総合すると強面な美青年といった風貌だが、その背中には三対六枚の巨大な黒い翼があり、翼には黄昏色の眼が無数に開いている。
放つ気配は悍ましく、立ち姿を見ただけで人はその男の恐るべき本性を悟るだろう。
邪悪なる黄昏の大魔族・破天荒の降臨だ。
「…………そう意気込んだはいいが、俺の本心は強者たる矜持を放り出してでも弱者と共存したいらしい。不愉快な話だが、その本心に反する俺はじきに消滅するだろう」
破天荒は淡々と独り言をつぶやく。誰に言うでもなく、状況を整理するために。
「それでもいいさ…………どうせ今からもち女との契約を破ることになる。罰がどのタイミングで下るのかは知らんが、どの道死ぬなら生に固執する意味も無し。ならば最期の悪あがきと行こうじゃないか」
嘆息を吐いた破天荒が前髪をかきあげた刹那、その漆黒の瞳の中心に裂け目が生じた。裂け目はすぐさま広がり、その下に隠された恐ろしいものが明らかになる。
現れたのは化物という言葉がよく似合う悍ましい瞳だった。一つの眼球の中に小さな黄昏色の瞳が幾つもひしめいていて、形も大きさもバラバラで統一感がまるで感じられない。
この世のものとは思えないほど、冒涜的で恐ろしい瞳だった
「ククク……ハハハハハハ! まるで新しく生まれ変わったような気分だ! 間もなく死ぬと言うのに清々しい、こんなときには歌でも一つ歌わなければ!」
久遠の時を生きるかの者は魔族にして魔族に非ず。
天上天下唯我独尊、暴力を貴び平和を嘲る無法者にして、邪知暴虐な破壊の暴君。
犯してきた所業の数々はいずれも前代未聞。
故に人々はかの者を「破天荒」と呼ぶのである。
「ハッピーバースデートゥミー! 今わの際だがおめでとう!」
宮殿が崩落するそのときまで、高く弾む再誕者の歌声は響き続けた。
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