初戦①

 七瀬の表情は、専用競技場を包みこむ熱気とは対照的だった。


 エルドリッジが全てのチームの組み合わせを発表し、その場は解散となっていた。


 現在は緊張感から解放された候補生たちの高揚感が場内に満ちている。


 だが、七瀬はしばらく立ち尽くし、現実を受け入れることができずにいた。


(ジークと一緒に戦う……?)


 超えるべき壁であり、決着を望む相手。

 そのジークとチームを組む。


(何で、ジークと……)


 感情と思考がまとまらない。つい先日、感情に任せて衝突したばかりでもある。


 この状況をどう捉えればいいのか、答えが見つかる気がしなかった。


 もう一つ、気にかかるのはイーサンのことだ。


(運営側があの時のことを知ってるなら、ジークが俺を殴ったことも把握してるはず)


 もし七瀬の仮説通りであれば、このチームの組み合わせは、何らかの意図が隠されているとしか思えなかった。


(この展開を考えたやつ、絶対性格悪いぞ)


 七瀬は苛立ちを覚えながら視線をめぐらせる。


 周りの候補生たちはさっそく声をかけ合い、チームとしての連携を確認し始めていた。


 ついジークの方へ視線を向ける。彼もまた、七瀬と同じように立ち尽くしていた。


(……ジークから声をかけてくるのは、絶対ありえないよな)


 七瀬は眉をひそめ、こみあげる感情を押さえ込む。


 ジークへの怒り、運営側への苛立ち。

「何かもどうでもいい」と叫びたくなる衝動が湧き上がった。


 それでも心を鎮めるように、深く息を吐く。

 ここまでの努力を無駄にしたくはなかった。


「よし!」


 小さく気合を入れ、七瀬はジークの元へ向かう。表情は冷静を装っていたが、その足取りはどこか重たかった。


 七瀬の気配に気付き、ジークがゆっくりと振り返る。鋭い瞳には、隠しきれない敵意が宿っていた。


「……ジーク、一応よろしく」


 七瀬は冷静さを保とうと努めながら、声をかけた。


 返ってきたのは、たった一言。


「最悪だ」


 その言葉は、七瀬の胸に再び火をつけた。

先日のジークの浅はかな行動が脳裏に浮かぶ。


「最悪?それはこっちのセリフだ!お前、この前のこと、俺に謝ってないよな!」


 七瀬の怒りに満ちた声が、ジークを責め立てる。ジークの目つきがさらに険しくなり、威圧感が一段階高まった。


 二人の視線が交錯し、空気が張り詰めていく。


「おーい!」


 その緊張を、弾けるような明るい声が和らげる。七瀬が声の方に視線を向けると、ステラがこちらに向かって駆けてきていた。


「ステラ!?どうしたの?」


 七瀬が驚いて声をかけると、ステラは息を切らしながらも軽く手を振った。


「はあっ…はっ…!ナナ、今度はあんたとジークのチームの担当エンジニアになったわ。それで挨拶に来たの」


 息を整えながら、ステラはジークの方を向き直り、笑顔を浮かべた。


「エンジニアのステラ・ベネットです!よろしくね、ジーク!」


 ジークは意表を突かれたように一瞬目を見開いたが、すぐに険しい表情に戻る。


「……」


「ちょっと、返事くらいしなさいよ!もしかしてナナとまた揉めてるの?」


 ステラは不満そうに、二人の顔を交互に見比べる。七瀬は肩をすくめながら答えた。


「うーん。まあ……」


「チームになったんだから、仲良くしないと!そうだ、このあと三人でランチはどう?話したらお互いの誤解が解けるかもよ?」


 ステラは明るく提案する。二人の間に漂う重い空気を和らげようとしているようだった。


(ジークと……ランチ?)


 七瀬は顔を思わず引きつらせる。

 ジークは、白けた目でステラを見ていた。


「俺に構うな」


 ジークは冷たく言い放つと、背を向けてそのまま歩き去る。


「あ、ちょっと待って!どこ行く気よ!話まだ終わってないんだけど!」


 ステラは声を張り上げるが、ジークは振り返ることなく、遠ざかっていく。


「はぁ?あいつ何なの?」


「気持ちは分かるけど、落ち着いて……」


 怒りをあらわにするステラを、七瀬がなだめる。胸の中では同じような苛立ちがくすぶっていた。


(こんな状態で、上手くやれるのか……)


 不安がじわじわと心の中を占めていく。

 そんな時、聞き慣れた声が耳に届いた。


「ナナ、ステラ!早速なんかあったのか?」


 ノアがこちらまで歩み寄ってきていた。


「ちょっと聞いてよノア!ジーク、すごい失礼なんだけど!」

「ノア、やっぱりあいつ最悪だよ」


 ステラと七瀬は口々に不平をぶちまける。

 ノアは苦笑していた。


「はは、なかなか苦労しそうだな。そんなとこ悪いけど、二人に話しておきたいことがあるんだ」


 急に真剣な表情になったノアに、二人は口をつぐむ。


「イーサンの件をコーチに報告したのは、俺だ」 


 その一言に、七瀬は体を強張らせた。


「ノアが?……何で?」


「俺は、ああいう卑怯なやつが許せない。あいつみたいなのは、必ず同じことをやる。だから、ちゃんと罰を受けるべきだと思った。プログラムの脱落とは思わなかったけどな……」


 ノアの声ははっきりしていたが、その表情には苦しげな色がにじんでいた。


「ジークも、イーサンに挑発されたとはいえ、ナナを殴ったのは事実だ。見て見ぬふりをするのは、俺にはできなかった」


「ノア……」


「ナナ、すまない。お前の気持ちを踏みにじった」


 ノアは深刻な表情で視線を落とした。


 七瀬がジークとの再戦を望み、そのためにジークを庇ったことを指しているのだろう。


(何でだよとは、思う。でも……)


 ノアの行動の理由は理解できた。この正直さと正義感こそが、ノアの魅力なのだ。

 

 七瀬はノアの目をまっすぐ見た。


「ノアのしたことは間違ってないよ。イーサンは俺も許せなかったし、ジークの感情任せなとこはムカついてる。罰が必要だって思うのは、当たり前のことだよ。だから、気にしないで」


「ナナ……すまない」


 ノアはほっとしたように息をつく。


「いいって。結果的にだけど、ジークはお咎めないみたいだし」


「そうだな。ジークのことは、イーサンが完全に悪いとは報告したから、何もなかったのかもしれない」


 それを聞いた七瀬は、先ほど立てた仮説を自嘲気味に言う。


「俺と揉めたのを知ってて、ペナルティ代わりにペアを組まされてたりして」


「それはないな。はっきりいって、ジークとナナのペアは脅威だ。圧倒的攻撃力のジークに、戦略のナナの組み合わせ。正直、不公平だとすら思ってる」


 ノアは断言するように否定した。


「たしかに、もし二人が噛み合ったら、とんでもないことになりそうよね」


 ステラの言葉に、七瀬は一瞬言葉に詰まる。

「噛み合う」という言葉を意識しないようにしながら、口を開いた。


「ノア、ステラ。それはさすがに過大評価しすぎだって」


「お前がどう言おうと、俺はそう思っている。だからといって、みすみす負ける気はないからな」


 ノアは力強く言い切ると、少しだけ表情をゆるめた。


「それにナナも大変だぞ。ジークのおかげで勝てても評価されないからな。お前は自分の力を証明しないといけない」


 彼は心配するような視線を七瀬に向ける。


「……確かに、そうだね」


 七瀬は顔をしかめた。ジークとの関係性ばかり気にしていたが、ノアの言葉が新たな現実を突きつける。


(もしかして、ジークを負かすよりも大変なんじゃ……)


 あのジークを上回る活躍を求められる。


 その試練の重さを想像すると、七瀬の背筋を冷たい感覚が走った。


「ナナ。大変だろうけど、頑張れよ。ただし、試合で当たったら遠慮なくいくからな」


 ノアは笑いながら言ったその言葉に、七瀬は少しだけ肩の力が抜けた気がした。


「ああ。俺もノアに負けるつもりはないよ」


 七瀬も自然と笑みを浮かべ、言葉を返す。

 

 ジークのチーム戦。

 波乱の幕が、今まさに上がろうとしていた。

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