ヒルダと憂鬱な戦争
加藤ともか
第1話 科学と魔法の交わる時代
「もしもし、こちら……」
「エリザベート皇后通り、24街区のテオドール・アイゼンシュタットへ。はよ繋がんかい!」
「し、至急お繋ぎ致します…」
電話を受けて、聞こえてくるのは怒声。こんなのは慣れっこだ。だが、快く感じる筈はない。
ヒルデガルト・コッホ、26歳。普段はヒルダと呼ばれる彼女は、トメキア帝国の首都フレスブルクで電話交換手をしている。18歳で上京した時、売春と軍との三択で相対的に一番マシだと思って選んだ仕事。電話が普及するに連れ、仕事も忙しくなる一方。今まで上流階級しか持てなかった電話を、庶民まで持つようになった分、質の悪い電話も増えた。
「うるせえな、彼女はもう俺と一緒にいたいって言っているぞ」
「ふざけるな! どれだけ結婚資金使ったと思っているんだ?」
ヒルダは怒声に
「もういい!」
何の進展も解決も無い3時間が終わる。ようやく交換台を元に戻せる。手元の
「はぁ、最悪だ」
外は暗い。ヒルダは
「あのー、すみません」
「お呼びですか?」
空の運び屋、乗合箒。
「市電のパトル停留所までお願いします」
「了解。落ちないように気をつけてね〜」
こちらが年下とは言え失礼な奴、とヒルダは感じた。御者はメーターを取り出し、ボタンを押す。数字がゼロになったら飛び立つ。失礼な奴だが、腕は確かだ。バランスを一切崩す事無く、颯爽と空を翔ける。気持ち良い! 空から見える景色は壮観。
「では、278ゴルトを……」
分かっていた事だが、高い。日給が600ゴルト、それでギリギリの生活を送る。278ゴルトは半分近い。市電なら定期券を持っているのに、疲れて乗りたくないとワガママ言っていたらこのザマだ。ヒルダは青ざめながら、財布から100ゴルト紙幣を3枚出す。御者は22ゴルトの釣銭を渡すと、飛び去っていった。
「はぁ……」
ヒルダは溜息をつくしか無かった。憧れていた華やかな都会生活。20代も後半になった頃は既に結婚して、子供も産んで、花屋とかお菓子屋とかで働いている……ここに来た時はそう思っていた。それが、どうだ。理不尽に耐えて、耐えて、ギリギリの生活だ。ボロボロの集合住宅の階段を上がる。
普段住む部屋に戻ると、そこはゴミが散乱した汚い部屋。ずっと前の食べかけのパンが腐ってハエが
「兵役……?」
ヒルダは兵役の通知を持った。この国、トメキア帝国では18歳から40歳までのどこかのタイミングで、全ての
ただ、女性に関しては規則が緩い。妊婦もしくは15歳以下の子供がいる場合、免除される。ヒルダはこの歳で妊娠すれば、丁度生涯免除になる。平時では、殆どの女性は一度も兵役に行く事は無い。ただ――
「……行くか」
ヒルダは静かに決心した。理不尽に耐えて身をすり減らし、ギリギリの生活を送るくらいなら兵役に行った方がマシなのではと。あのような話を聞いてしまえば、もう結婚生活など希望が持てない。
些細な揉め事はあるが、世界の国々は貿易を通じた相互依存で結ばれており、各国の君主は血縁で結ばれている。トメキア帝国皇帝と、最大の貿易相手国で世界の
ヒルダは兵役に行く事を決意した。グラズ暦825年、6月15日……自らを待ち受ける恐ろしい運命を知らぬまま……。
ヒルダと憂鬱な戦争 加藤ともか @tomokato
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ヒルダと憂鬱な戦争の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます