都市熾天

第1話 ポータルに接続せよ

「──── ポータルに接続してください」

「条件が成立しました。ポータルに接続してください」

ガブリエルは繰り返して云う。

「ADAPT（アダプト）した」カラム=シェリムは応えた。

　いや 恐らく、ポータルに接続したこの瞬間からは

　　　互平（ごひら） 茉莉花（まつりか）　として応えたというべきであろう。

　瞬くことを拒む突き刺すような光が視界を奪うとその姿を抜写（ぬきうつ）す。

　鏡の中に隔離された世界の一つ

　Society4.0 ────　　それが我々、人が暮らす世界である。

「誰にも見られてはいない、ようだな」

辺りを見回しつつ、鏡に映る自身に呟く。茉莉花はこの成立ちに僅かな高揚感を抱いていたのは、その存在感も意識したからなのだろうか。

至然体（いぜんたい）はすぐ近くにある駅と列なるショッピングモール内を徘徊している事が確認されている、すぐにでも接触は可能だ。

階段を下り歩道に出た茉莉花は、数分にも満たないはずの初動に何故かそれ以上の時を経た過去から現在への移ろいを認識しはじめていた。

「実体化の弊害だな、わたしにはスピードが足りない」

茉莉花は確認するかの様に呟いた。

　──── それは更にその数分前の出来事だ ────

何の感情をも持ち合わせずに表れたガブリエルは笑顔で云う。

「伝令です。カラム=シェリム、貴方の低次での初任務です。

貴方が赴く地域は日本と称されている所です。人々が密集した場所が多く、行動の秘匿性には十分な配慮が求められます」

「ああ、そうなるのかもな」

そう答える事で取り繕ったつもりだったが、ガブリエルには聞こえたのか聞こえなかったのか　構わずに続ける。

「任務に必要なコーデックはこちらで準備しました。地域の装いは集積されたものから抜きだしてポータルに映る貴方自身にそのイメージを展着させてください」

付け加えてガブリエルは云う。

「至然体は滅さずに改修することが望まれます。

ですがもし、至然体が意向に背き抵抗や逃走を試みた場合、裁量は貴方に移譲されるのでその限りではありません」

「わかった」

──── カラム=シェリムは続けた。

「何て名乗ればいいんだ？」

「互平 茉莉花とでも名乗れば慣用的に捉える事ができるかと」

　ポータルの先に隔離された低次の世界が透けて見えはじめている。

誰もいない狭間を狙って抜写す、ただその瞬間を静かに待っていた。

　ポータルに映る茉莉花の出で立ちは、大量の画像や映像をコラージュしたかの様に雑多そのものである。茉莉花には時間軸や季節、トレンド、ましてやTPOなどの服装に系統の繋がりはなく概念でしか捉える事ができない。その姿はシンプルなナンセンスさを体現させていた。

恐らくそのちぐはぐさを認識する事は暫くは不可能であろう。

「—— ポータルに接続してください」

「条件が成立しました。ポータルに接続してください」

ガブリエルは繰り返して云う。

「ADAPT（アダプト）した」

茉莉花には任務と同じくらい大切な使命があった。そう、

──── 低次からの帰還だ。

< Society6.0 haven に戻るには全身が映る鏡が必要となる

あとは展着を解き接続の所作を以て haven に任せればよい >

実際に往き来した事はなくともそれを疑う余地などはない。

ショッピングモールに着いてすぐの事だ、至然体がエスカレーター脇のベンチシートに腰掛けているのを見つけた。

　概ね 27歳前後の男性、身長は175㎝程度で警察官の格好をしている

　データ通りの風貌

駅との連絡通路近くのためか人足が絶えることはない。

それにしても、ショッピングモールは概ねどこも似たような造りに、人と店。

コーデック様様ということなのだろうか、ここ（低次）は似たり寄ったりでありながらどれ一つ同じものではなく合理性に欠いて判別し難い、目の前のいた至然状態の男性以外は。

一人になったところを待って改修を為すとしよう、そう判断した茉莉花は死角から男性を観察していた。

つづく