第24話 飛び出した世界

 翌朝、低気圧のせいでなかなか起きられない体を無理やり起こす。

 ベッドから出て、出発の準備を始める。


 すっかり伸びた長い青髪をくしでかし、サイドで一つに束ねて結び、前に垂らす。

 フリルやレースを使った肩出しのトップス、ショートパンツにベルトを通して、長めのソックスを履き、絶対領域をチラつかせていく。

 最後にブーツを履いて、姿見の前に立つ。


「うんっ! 今日もかわいいよ、ステラ!」


 ――うんうん! 女冒険家みたいでいいじゃんっ!


 この世界に来てから初めての外の世界へ行く。


 去年、野外学習でモスヴェールの森へ行っているが、あれはロワンレーヴ魔法学校の“鏡の間”にある〈鏡の扉ミラージュ・ドア〉を通って一瞬で行けてしまっているため、あれはノーカン。

 ロワンレーヴ魔法学校よりも遠い場所へ行くのが初めてでワクワクが止まらない。 


 部屋を出る前に、大事な“マイク”を腰のベルトにつけたホルダーへ大事にしまう。

 

 そして、前日に準備したカバンを肩にかけ、一階へ降りる。

 オリヴィアがキッチンに立っていて、降りてきた私に気付くといつもの笑顔で言う。


「あっ。おはよう、ステラちゃん」

「おはよう、お母さん」


 アドルドもテーブルに座っていて、何やら書いている。


「ああ、ステラ。おはよう」

「おはよう、お父さん。何を書いてるの?」

「ん? ああ、これか。これは、ここから南部のほうへ行く馬車に乗るための乗車券に記名してるんだよ。これがあれば、南部の港まで馬車に乗れて安全に行けるぞ」

「えっ? わたし、自分で歩いて行くよ?」

「…………えっ?」


 アドルドは、きょとんとした顔をして、すぐに驚愕の表情へ変わった。


「えええっ!? いやいやっ! そんなのダメだッ! というか、ここから南部までどれだけ距離があると思ってるんだ!?」

「いや、知らないけど、せっかく旅に出るんだし、自分の足で行くのが冒険って感じがして良くない?」

「そ、そうかもしれないが、道中、魔物に襲われたらどうするんだ!?」

「んー。なんとかなるでしょ」

「ステラ、もう少し危機感を持ったほうがいいぞ……おい、オリヴィア。キミからも何とか言ってくれよ」


 そう言ってアドルドに言われ、キッチンに立っているオリヴィアはこちらを振り返る。


「別にいいんじゃない? 『かわいい子ほど旅をさせよ』って言うじゃない?」

「オ、オリヴィアまで…………」


 オリヴィアも反対するとばかり思っていたようで、アドルドは肩を落とし、うなだれてしまった。

 わたしはそんなアドルドの肩に手を置き、言う。


「まあまあ。お父さんが言うように、魔物が襲ってきたら、すぐに逃げるよ。足の速さなら自信あるよ、わたし」

「う、ううっ……」


 オルケラの町周辺は魔物はいない。

 しかし、アドルドが心配するように、今回は私たちがいるオルケラの町と反対側の南側へ行くのだ。

 道中、魔物に遭遇しないとは言い切れないのも確か。

 それに、私はロワンレーヴ魔法学校の卒業式に自分の魔法の杖をもらっていない。

 練習用に借りていた杖も卒業式前に返却している。


 杖無しで魔法は使えなくはないが、私のように魔法を少しかじったような人間が杖無しで魔法を使っても、ちゃんと発動しなかったり、暴発して自滅することもあるらしい。

 霧の魔女やカーリン先生、あとリズ先生……のような魔法使い以上の実力がなければ、杖無しで魔法を使うことは不可能に近いというわけである。


 そんな状態の私を心配するアドルドの気持ちも理解できる。

 でも、せっかく異世界に来ているのに、冒険しないのはもったいないと思う自分もいる。


「心配しないで、お父さん。ちゃんと帰ってくるから、ねっ?」

「ああ、そうだよな。ステラもいつまでも子どもじゃないんだよな……」

「そういうことっ」


 そこへキッチンからオリヴィアが近づいてくる。


「でも、ステラちゃん。いい? 魔物にも気を付けるのも大事だけど、ほかに森や山には、盗賊も潜んでいるのよ。できる限り人目の付きやすい道を選んでいくのよ?」

「盗賊もいるんだ。なるほど、わかった」


 アドルドは椅子から立ち上がり、馬車の乗車券の代わりに一つの巻物を差し出した。


「ステラ、これを持っていきなさい」

「これは?」

「東の大陸の地図だ。俺もこれを頼りにドワーフの国を行ったり来たりしていたんだ」

「へぇ~。ちなみにドワーフの国はどの辺にあるの?」


 私が聞くと、アドルドは地図の上に指を置き、その指をスライドしていく。


「オルケラの町を北として、ドワーフの国は、王都がある中央の大陸寄りの……この辺りの西側にある。ステラ、もしかして、ドワーフの国も行くつもりなのか?」

「そうだね、南の大陸でマホガニーを手に入れたら、作りたいものがあるからさ」


 アドルドとオリヴィアが作ってくれてた“マイク”の作り方を教えてくれるほどの技術があるんだ。きっと“ギター”も作れるはずと思っている。


「そうか。じゃあ、俺の師匠の“ドンゴロ”を訪ねるといい。彼ならきっと何かいいヒントをくれるかもしれない」

「“ドンゴロ”さんね。うん、わかった。覚えとくね」


 アドルドにもらった地図をカバンにしまう。


「じゃあそろそろ行くね」


 私はそう言って、家の扉を開け、外へ出る。

 すると、アドルドとオリヴィアが一緒に外へ出て、私を見送ってくれるようだ。


「本当に気を付けるんだぞ、ステラ」

「体には気を付けてね。あと、ステラちゃん、これ」


 そう言ってオリヴィアが私に近づき、金色の腕輪を差し出してきた。


「これ、なに?」

「ウフフッ。ただのお守りみたいなものよ」


 私はオリヴィアから金の腕輪を受け取り、左手に着ける。


「お守りね。うん、キレイでいい感じ! ありがとう、お母さん」


 オリヴィアはニコッと笑顔になる。


「じゃあ、行ってきまーす!」


 私は二人にそう言い、まだ見ぬ、世界へと歩き出す。

 アドルドとオリヴィアは私の姿が見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。




      ***




 目的の南の大陸へ行くためには、私がいる東の大陸の南、貿易の窓口でもある港へ行き、そこから船に乗らなくてはならない。


 私が生まれ育ったオルケラの町は、東の大陸の中では北寄りに位置し、目指す南部の港まではなかなかの距離を移動することになる。


 私が今までに調べた情報によると、この世界には五つの大陸がある。

 東西南北に一つずつ大陸があり、その四つの大陸に囲まれる大陸が中央大陸と言い、ミアやマルクスたちが通っている魔法学園がある大陸でもある。


 東の大陸は自然が豊かであり、数多くの森や山が存在し、南部の港までそのいくつもの森や山を越えなくてはならない。 

 そのため、オルケラの町から南部の港まで早くても三日ほどかかる。

 

 しかし、それは馬車での話。

 徒歩だと、十日以上かかるとか何とか。

 前世で言うと、東京から大阪まで歩くイメージになるのかな?


 オルケラの町を出て、三時間くらいが経っていた。

 ロワンレーヴ魔法学校もとっくに過ぎている。

 

 私は今、見知らぬ山を登っている。


 そして、


「ハァ、ハァ、ハァ……ッ……や、やっぱり……お父さんの、言う通りっ……ハァ……馬車に、乗れば……よかった…………ッ」


 しっかりと後悔していた。


 ――こんなこと、前にもあったような……?


 ヘトヘトになりながら、山道を歩いていると、横の茂みから何かが飛び出してくる。


「わっ!? ま、魔物!?」

「キュゥン?」

「……えっ? う、ウサギ? いや、イタチ? ……どっち?」


 飛び出してきたのは、真っ白で、顔はウサギだが、首から下は胴長で尻尾も長く、イタチっぽい。


 ――動物? いや、たぶん、魔物の類な気がするなぁ……。


 数秒間、私とその魔物は見つめ合う。


 ――どうしよう。めちゃくちゃかわいいんだが?


「おいでおいで~」


 気づけば私はしゃがみ込んで、手招きしていた。


「キュウ~ン」


 魔物(?)がそう鳴きながら、私のほうへ駆け寄ってきた。

 手招きしていた私の手にすり寄り、甘えた声でまた鳴く。


「キュ~ン、キュウ~ン」

「あはははっ、くすぐったいよぉ~」


 ――もふもふしてて癒される~。


「あなた、お名前は何て言うのかしら?」

「キュゥン?」

「あははっ、あなたに聞いてもわかんないよねー」


 すると突然、この子が飛び出してきた茂みから声が聞こえる。


「そいつは、“ラビーゼル”っていう魔物さ」

「――ッ!?」


 茂みのほうを見ると、二人の男が現れた。


 ――ホ、ホブゴブリンッ……!? いや、人間……!?


 一見、ホブゴブリンと見間違えるほどの体格をしている。

 二メートル以上はあるだろうか。

 よく見ると、二人は兄弟、というか双子みたいだ。


「嬢ちゃん、悪いが、そいつは俺たちが追ってた魔物なんだ。こっちへ渡してもらおうか?」

「そうだそうだ! ホブ兄の言う通りにしなッ! でねーと、痛い目に合わせんぜ!」

「おいおい、コブ。そんな焦んな。まずは話し合いだろ?」

「さすが、ホブ兄だッ! できる盗賊はやることがちげぇ!」


 ――名前まで、ホブとコブて……。


「さあ、嬢ちゃん。俺たちにそいつを渡したほうが身のためだぜ?」

「…………」


 私はラビーゼルを抱きかかえる。


「キュ、キュゥン…………」


 私の腕の中のラビーゼルは震えていた。


「大丈夫だよ。あなたは渡さないわ」

「キュン?」


 ラビーゼルの青色の瞳に私が映る。


「……おい、嬢ちゃん。よく聞こえなかったんだが?」


 ホブのほうがそう言った。

 私はもう一度はっきり言う。


「聞こえてたでしょ? この子は渡さないわ」

「…………まあいい。それなら話が早い」


 そう言うと、ホブとコブは腰に下げたシミターを同時に引き抜いた。


「ここからは本当の盗賊のやり方で行くぞッ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る