第15話 真実の世界

 「答えてくださいっ! リズ先生っ……!」


 〈魅惑の水晶〉を使い、ミアを深淵の沼アビス・ホックへと引きずり込もうとしていた黒いローブの女の正体が、リズ先生だったなんて…………。


 リズ先生は、まったく悪びれることなく、肩をすくめ言う。


「あーあ。あと少しだったのに~」

「何が、『あと少し』ですか!? あと一歩でミアはっ……!」


 霧の魔女がいなければ、間違いなくミアは、深淵の沼アビス・ホックへと沈んでいた。


「それでいいのよ、それで」

「は……?」

「だーかーら~、それでよかったの。最初からその子を殺すことが目的だったんだから」

「――ッ!?」


 ――この人は、いったい誰だ……!?


 私の知る、いや、ロワンレーヴ魔法学校のみんなが知っている、リズ先生じゃない。あんなにも生徒のことを第一に考えていた人が、まさかその生徒を殺そうとするはずがない。


「リズ先生……あなたも誰かに雇われていたり、もしくは操られていたり、してるんですか……?」

「はあ?」

「だ、だって、私の知るリズ先生が、こんな、こんなことするはずがないっ!」


 私は目の前のことが信じられず、悲痛の思いを吐き出した。

 しかし、リズ先生の言葉に、私の心はさらに抉る。


「アハ、アハハハハハッ! あなたの理想を壊しちゃったのなら、謝るわ。ごめんなさい、これが本当の私。あなたが見ていた私は偽りの私よ」


 私は喉の奥が詰まった感覚になりつつも、何とか言葉を絞り出す。


「……そ、そんな…………ど、どうして…………?」

「どうして? そんなの決まってるじゃない」

「えっ…………?」

「ヴェルド様の創る世界にはいらない存在だからよ」

「な、なんですって!?」


 ヴェルドという名は聞いたことがある。

 その名は、東の大陸と呼ばれるこの地で、恐れられている魔人の名前。


 ――でも、ヴェルドって確か…………。


「そんなはずない。かつての人間と魔族の戦争で死んだはず……」

「そうね、そう言われているわね。でもね、今は違う」

「えっ……? ま、まさか…………っ!?」

「そう、ヴェルド様はすでに復活されているのよ!」


 ――復活……!? そんなことがあり得るのか?


 リズ先生は、興奮気味で話を続ける。


 「確かに、かつての戦争で瀕死の状態になったわ。それでも、さすがはヴェルド様! たった数センチの肉片から復活なさったのよ!」


 リズ先生は、両手を広げ、何かの祝福を受けるかのように天を仰いでいる。


「ただ、今はまだ力を蓄えているところなの。完全なる復活を遂げるにはまだ時間がかかりそうでね。だから、ヴェルド様がお目覚めになられる前に、そこにいるミアちゃんのように、近い未来、邪魔になりそうな魔法使いを殺しておこうと思ってね」

「そ、そんなことのために――」

「そんなことってなによっ! あなたにヴェルド様の何がわかるって言うのっ!」


 リズ先生がこんな風に怒るなんて、だれが想像できただろうか。

 敵意剥き出しで、丸眼鏡の奥の眼が血走っている。

 リズ先生もまた、魔物になってしまったのか……?


「あなたのような子どもにはわからないでしょうね」

「ど、どういう意味ですか……?」

「そのままの意味よ、汚れた“ウタイビト”め……」

「なっ…………!?」


 ――リズ先生も、“ウタイビト”のことを知っている……!?


「もうお話はこれくらいにしましょう。私も時間が限られているからっ!」

「――ッ!?」


 リズ先生は一方的に話を終わらせるように、深淵の沼アビス・ホックを飛び越え、気絶して倒れているミアへ襲い掛かる。


「ミアッ!?」


 叫ぶ私の横を黄色の閃光が走る。


「霧の魔女……!」


 霧の魔女が再び、【ライトニング・ゲイル】を放っていた。

 光の槍は、ミアとリズ先生の間に突き刺さる。


「ちっ……!」


 リズ先生はいったん距離を取るように横へ飛び、躱していた。


「……ゴルドと一緒にステラちゃんも殺す予定だったのに、それも邪魔されたし。ホント、あなたはいつも私の邪魔ばかりするのね」


 さっきもそうだったが、リズ先生は霧の魔女のことを知っている口ぶりだ。

 

 しかし、霧の魔女は、


「んー? 前にどこかで会ったことあったかしら?」


 霧の魔女の言葉に、リズ先生は首を横に振りながら返す。


「いいえ、覚えていないのなら、それはそれでいいのよ」

「あらそう? ごめんなさいね、私、物覚えが悪いみたいで」


 そう、霧の魔女は物覚えが悪い。というか、記憶のほとんど抜け落ちていると言ったほうが正しいのかもしれない。

 私と出会ったとき、霧の魔女は自分の名前すら、覚えてはいなかった。

 魔法は覚えている。あと霧の中でしか存在できないこと。それ以外の自分の名前や今までどうやって生きてきたかを霧の魔女は何も覚えていなかった。


 霧の中で出会った魔女だから、“霧の魔女”と私が名付けたのだった。


「ステラ。あの子を連れて早くここから離れなさい」

「わ、わかった……!」


 霧の魔女に言われるがまま、ミアのもとへ駆け寄る。


「そうはさせないよっ!」

「――ッ!?」


 リズ先生が腰から短剣を引き抜き、私のほうへ突進してきた。

 すると、突進してくるリズ先生の前に霧の魔女が現れる。


「あなたの相手は私よ」

「くっ……!?」


 リズ先生は突進をやめ、霧の魔女から距離を取った。


「ステラ、今のうちに」

「う、うん……!」


 霧の魔女がリズ先生の相手をしている隙に、私は一気にミアのもとへ駆け寄った。


 しかし――


「……ミ、ミア? ねえ、ミア……ッ!?」


 私の異変に気付き、霧の魔女が声をかけてくる。


「どうしたの、ステラ?」


 私は血の気が引いた。


「…………ミ、ミアが……息、してない…………」

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