歌を知らない世界で歌姫になる少女の話
とき兎
第1話 私を知らない世界
自慢じゃないけど、私は日本で人気の歌い手、
動画投稿サイトに歌ってみたや自分が作詞・作曲した歌を投稿している。
中学時代にたまたま投稿したオリジナル曲がバズり、SNS上で人気が爆発した。
その後、高校卒業と同時に、両親にちゃんと相談もせず上京。
それから三年が経ち、二十一歳になった今年に発表したオリジナル曲が大バズり。
日本の音楽シーンで最注目の新人アーティストとして一躍有名になり、その勢いで全国ライブツアーも成功させた。
そして、世界的に有名な音楽賞の一つ、「ワールド・ベスト・ディーバ」に見事ノミネートされた。今回の授賞式が偶然にも日本の東京で行われる。
ついに私の夢が叶うかもしれない。
“世界一の歌姫”になるという夢が――
季節は冬。時刻は九時過ぎ。遅めの朝を迎える。
冬の寒さに加え、低気圧のせいで朝はなかなか布団から出られない。
布団から腕だけを伸ばし、サイドテーブルに置いてあるスマホを取る。
そのままスマホを暖かい布団の中へとお招き。
スマホの電源を入れる。
【新着メッセージがあります。】の表示。
「
二十八歳、独身。本人曰く、仕事が彼氏?らしい。
中学時代にバズったオリジナル曲を聴いた瞬間から私のファンになったと言って、高校卒業と同時に今の事務所に所属できるようにサポートしてくれた恩人の一人でもある。
そんな朝比奈さんからのメッセージの内容はこうだった。
【おはようございます。朝比奈です。今日と言う日を迎えられたことが自分のことのように嬉しいですっ! いよいよ今日、いろはさんの夢が叶いますねっ! ところで、いろはさんのことだから、時間ギリギリまで寝ていらっしゃるかもしれないので、会場まで車でお送りしましょうか?】
朝比奈さんらしいなと思い、つい頬が緩んでしまう。
「ははっ。 夢が叶いますって、朝比奈さん気が早すぎでしょ」
でも、私の歌が好きと、出会ったころからずっと言い続けてくれている朝比奈さんのためにも絶対に選ばれたい。
「ワールド・ベスト・ディーバ」は、毎年、全世界でリリースされた楽曲を対象に選考される。まず選考員の投票により、複数名のアーティストがノミネートされる。
授賞式の当日は、全世界に向け生配信も行われ、生配信の視聴者からと授賞式の会場にいる観客からの投票結果で、受賞者が決まる方式。
選考員投票時点で日本からは私のみ。残りの候補者は全員が外国人で、私よりもずっとキャリアがあるアーティストばかり。
それでも私の歌は絶対に負けてはいないはず。
やっと、ここまできたんだ。
私が小さいころから夢見た、“世界一の歌姫”になれるかもしれない。
いや、私なら必ずなれる! 私は自分を信じている!
そう自分に言い聞かせると、今日はなんだか自分の足で行きたくなっていた。
朝比奈さんに、【迎えに来なくても大丈夫です】と、断りのメッセージを送る。
スマホの画面を閉じ、ベッドから降りる。
朝のモーニングルーティンの白湯を一杯飲み、身支度を開始。
最後に、お気に入りのお店に仕立ててもらった青色のドレスに着替える。
姿見の前に立ち、小さくガッツポーズをして、
「うんっ! 今日もかわいいよ、いろは!」
大事なときの前は、いつもこの言葉で自分を奮い立たせている。
自己肯定感マシマシで、さらに強くなった気分になれるから。
それに私がかわいいのは本当のことだしねっ!
***
ふと見上げれば、どんよりとした雲が広がっている。
吐く息は白く、今年が終わろうとしている中、滑り込みで雪でも降りそうな天気。
私はこの寒さに耐えかね、家を出る前に羽織った厚手のコートの中に首を引っ込めながら最寄りの駅に向かって歩いている。
「さむっ……」
――やっぱり朝比奈さんに迎えに来てもらえればよかったかな…………。
ちょうど渡ろうとしていた横断歩道の信号が赤に変わってしまった。
両手もコートのポケットの中に入れて、寒さに耐えながら信号待ちをしていると、横断歩道の先にある公園からサッカーボールが転がってくるのが見えた。
「ウソでしょ……」
誰もが想像する嫌な予感がして、背筋が凍った。
――どうか、この予感が当たりませんように……。
しかし現実は、想像通りの結末へと動き出す。
私の視界に一気に飛び込んでくる最悪なピースたち。
公園からサッカーボールを追いかける男の子。信号は赤。さらにタイミングが悪いことに、左から男の子に気付いていないと思われる速度で走ってくるトラック。
やっとトラックが男の子に気付いたのか、甲高いブレーキ音が鳴り響く。
しかし、このままでは衝突は避けられない。
「ああ、もうっ…………!」
私はトラックと男の子が衝突する寸前のところに飛び込み、男の子を歩道側へ突き飛ばした。その直後、全身に強い衝撃が走り、私は道路を転がる。
「…………ッ……!?」
全身がひどく痛み、力が入らない。
ぼやける視界の端に、大泣きする男の子が見えた。
泣いてはいるものの、特に大きなケガをしているようには見えない。
――あっ、やばい。早く会場に行かなきゃ…………っ。
しかし、私の体が、まるで地面に打ち付けられているかのように全く動かない。
――ああ。こんなことになるなら、やっぱり朝比奈さんに迎えに来てもらえばよかったよ……。いやでも、それだと、あの少年は助かってはいないわけで…………。
さらに意識が遠のいていく。
もし私が世界一の歌姫に選ばれたら、もう一度、両親とちゃんと話し合いたいと願っていた。両親とは私が上京してからずっと会ってないし、連絡も取っていない。
まだ舌っ足らずな幼い子どものころから、テレビから流れる歌をよく歌っていた。
両親はいつも笑顔で私の歌を聴いてくれていた。その笑顔が今でも忘れられず、私は“世界一の歌姫”になることを諦めずにやってこれた。
――だから、私は、行かなきゃならないの…………っ。
そう思うも、私の意に反し瞼は重くなり、そして目の前が真っ暗になった。
***
強い光を感じ、瞼が刺激される感覚。ゆっくりと目を開ける。
視界はぼやけていて、よく見えない。
――ここは、どこ?
確か、トラックに轢かれそうになっている男の子を助けて、代わりにトラックに轢かれたんだっけ?
天井からぶら下がっている電球が見える。
背中からは、ふわふわとした感触があり、体には毛布のようなものが掛けられている感覚があった。
――ということは、ここは病院?
看護師さんを呼ぶため、ナースコールを探すため体を動かそうとするが、思うように動かせない。
――あれ? 事故の影響で体が動かせないのかな?
近くに誰かいるかもしれないし、声を出して呼んでみることにした。
「あぅ、あ……あゅ?」
――えっ? な、なに、いまのっ!?
赤ちゃんのような、というか赤ちゃんそのものの声だった。
すると、いきなり視界に見知らぬ女性の顔が現れた。
「ねぇ、アドルド! いま、ステラちゃんが何かしゃべったわよ!」
――だ、誰っ!? ていうか、ステラちゃん……?
「ああ、聞こえてたよ! オリヴィア!」
今度は見知らぬ男性も顔を出す。
どちらも見知らぬ人であり、明らかに日本人ではない。
外国人ともちょっと違う容姿をしている。
女性のほうは、きれいな水色の長い髪で端正な顔立ち。やわらかい笑顔と少し垂れた目元がさらに柔和な印象を与えている。
男性のほうは、無精ひげを生やしていて、茶色の髪を短くそり上げている。キリッとした目つきで金色の瞳が目を引く。
「ちょっと色は濃い気もするけど、髪色はオリヴィアに似てるかな?」
「そうね、私に似たのかも。目元はアドルドにそっくりね。同じ目の色で、ちょっとつり目なところが。フフッ」
オリヴィアという女性は、くすくすと笑う
アドルドという男性は、頭を掻いて照れ笑いをしている。
――この二人は夫婦だろうか?
とにかく言葉が出せない。体も自由に動かせない。いったいどうすれば……。
何の気なしに、自分の両手を上げた。
すると――。
目の前には自分がよく見ていた手ではなく、短くて小さな手。
――えっ!? ウ、ウソでしょ!?
両手を上げたまま開いたり閉じたりしてみる。私の意思通りに動く。
信じたくはないが、この小さな手は確かに私の手だった。
その右手と左手のそれぞれから握られた感覚が伝わってくる。
「はーい、ママですよぉ。ステラちゃーん」
「おーい。こっちは、パパだぞー」
ママと名乗るオリヴィアと、パパと名乗るアドルドの顔を交互に見る。
――これってまさか、漫画やアニメでよく見るやつ!? ってことは私、異世界のどっかの赤ちゃんに転生しちゃったってこと……っ!?
***
月日はあっという間に流れ、転生してから三年が経過。
現代に生きる人たちは、異世界転生にすぐ慣れる傾向がある。
特に日本人はその傾向が強い。私も例外ではなかった。
しかし、漫画やアニメのように異世界の知識が勝手に頭に入ってくることはなかった。そのため、私はまさに幼子の如く、この世界の共通言語や生活習慣を一から覚える羽目になった。
――まあ一応、高校までは出ているわけで。
私は、すぐに言語の規則性を見つけることに成功。
やっとペンを持てるようになり、三歳の誕生日を迎えるときには、完璧に読み書きができるようになっていた。
私がやっとの思いで知り得た情報と言えば、この世界は私の知る世界ではないということ。その証拠に、この世界には【魔法】があるということ。
私がいるこの町は、オルケラと言う町ということ。
たったこれだけを知り得るのにかなり苦労したが、私の成長をそばで見守るアドルドとオリヴィアの笑顔が好きになり始めていて、家にある本を読み漁るのが楽しくなっていた。
何不自由ない、第二の人生。
だが一つ、この世界に来てからずっと違和感を抱いていた。
その違和感に気づいたときから、まさかそんなはずはないと思うようにしている。
転生してからこの家の敷地の外へまだ出たことがないから確かめようがない。
この違和感を払拭するかのように、私は色鉛筆を持ち、夢中で絵を描いていた。
「ステラちゃん、何を描いているの?」
「今日、パパの誕生日でしょ? だから絵をプレゼントしようと思って」
「そっか~、きっとパパも喜ぶわよ」
「うんっ!」
今の私の母親であるオリヴィアに笑顔で返事をする。
――よしっ、アドルドが帰ってくる前までには仕上げられるだろう。
いま描いているのは、私がマイクを持って歌っている姿を見ているオリヴィアとアドルドが笑顔になっている絵。
――この絵を見てアドルドも喜んでくれるといいな。
***
その夜、アドルドが仕事から帰宅し、アドルドの誕生日会が始まった。
テーブルに次々へとオリヴィアの手料理が並べられる。
そして、お待ちかね、オリヴィアの手作りケーキの登場。
さまざまな料理が並ぶテーブルの中心、そこへケーキは置かれた。
私がケーキの上に一本ずつ、ろうそくを立てていく。
最後にオリヴィアが、ろうそくに火を灯す。
「お誕生日おめでとう、アドルド~!」
そう言うオリヴィアに続き、私は誕生日会ギリギリでなんとか完成した絵をアドルドに渡した。
「おめでとう、パパ! はい、プレゼント!」
「おおっ、ステラからのプレゼント! ありがとう! ……ん? これは――」
「さあ、アドルド。 ろうそくの火を消して」
「あ、ああ……」
「あっ、待って!」
私の絵を見て、アドルドが何かを言いかけたような気がしたが、それよりも、ろうそくの火を消される前にどうしてもしたいことがあり、私はアドルドを制止した。
「ん? どうした、ステラ?」
「せっかくのお誕生日なんだし、〈アレ〉を歌わなきゃでしょ?」
私はスゥッと息を吸い――
『ハッピー バースデイ トゥー ユ~』
私は定番のバースデーソングを歌い始める。
こうやって人前で歌うのは転生してから初めてで、どこか懐かしい感覚だった。
――やっぱり歌を歌うのは楽しいなぁ。それも私の新しい家族をお祝いする日だもんね。余計に気持ちが入っちゃうよっ!
『ハッピバースデー ディア パパ~』
『ハッピバースデー トゥー ユ~』
そのまま最後まで歌いきると、部屋に静寂が広がっている。
――あれ? 二人ともどうしたんだろ?
オリヴィアもアドルドも不思議そうな顔つきでお互いの顔を見ている。
まるで初めて見たものをどう解釈するべきかというような顔だ。
「ママ? パパ? どうし――」
私がそう言いかけたところで、不自然にろうそくの火が揺らめく。
さらに大きく火は揺らめき、そして、ろうそくの火の中から燃える髪を靡かせる小さな妖精たちが突如として現れた。
「わあっ!? な、なに!?」
「フ、フレイムフェアリー!?」
私は突然のことで驚いた。
アドルドも驚愕の表情で、炎の妖精たちの名前を叫んでいた。
――す、すごい……っ!
部屋中を飛び回るフレイムフェアリーたち。
燃える羽からは、火の粉がキラキラと舞う。
その火の粉に触れても、不思議とまったく熱くない。
私は、まさに幻想的というべき光景に圧倒されていた。
すると、私の顔の前に一人のフレイムフェアリーがやってきた。
そのフレイムフェアリーは笑顔で人差し指を立てている。
私はその意味がなんとなく理解できた気がして、聞いてみる。
「も、もう一回、歌ってほしいの?」
私がそう聞くと、フレイムフェアリーは笑顔で大きく頷いた。
その反応に私は素直にうれしくなって、自然と口角が上がる。
――オッケー。アンコールには、ちゃんと答えないとねっ!
「じゃあ、もう一回いくよっ!」
私はもう一度、『ハッピー・バースデー・トゥー・ユー』を歌った。
もちろん今度も、『ディア、パパ~』にして。
フレイムフェアリーたちが現れたことに最初こそ驚いたが、これも異世界の醍醐味かもしれない。そう思うと、さらに気持ちを込めて歌った。
フレイムフェアリーたちは私の歌に合わせて踊ってくれている。
私の体も自然と左右に揺れていた。
電気を消した部屋が暖かい光に包まれている。
浮かび上がる私たち家族の影も踊っているように見えた。
幻想的な光景はあっという間に終わりを迎える。
歌いきると、フレイムフェアリーたちは、ろうそくの火の中へと戻っていく。
最後のフレイムフェアリーが火の中へ飛び込んでいく寸前、私のほうへ振り返り小さく手を振ってくれた。
私も手を振り返し、フレイムフェアリーたちを見送った。
「ふぅ。 ……ねぇ! いまの見た? いま、妖精さんたちが――」
最後まで言い切る前に、アドルドとオリヴィアが駆け寄ってきた。
「ステラ!? い、いまっ! まままま、魔法を使ったのかっ!?」
「えっ!? ま、魔法……?」
「すごいわ、ステラちゃんっ! まさか魔法が使えるようになるなんて!」
「ああ! 俺たちの娘だから、もしかしたらとは思っていたがっ!」
ここまで興奮している二人を見るのは初めてで、私は困惑した。
「ちょっ、ちょっと、待って! わ、わたし、魔法なんて使ってないよ? わたしは、ただ、歌を歌っただけだよっ!?」
私の言葉に二人はまた顔を見合わせ、きょとんとした顔でまた私を見る。
「ステラ、その〈ウタ〉って何だい? もしかして、いまのフレイムフェアリーたちを操っていた呪文みたいに言っていたやつのことか?」
「ママも気になったわ。ステラちゃん、〈ウタ〉?って、なぁに?」
「えっ…………!?」
私がこの世界に来てから、ずっと抱いていた違和感がこの瞬間から現実となってしまった。そんなことあるはずがない、きっとこの世界にも当然のようにそれは存在すると思っていた。思っていたかったのに……。
でも、二人の自然な反応を見れば一目瞭然。
――この世界には、私の大好きな〈歌〉は存在しない。
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