【🎉カクコン10短編 参加作品🎉】その10センチを埋めたくて
🐺東雲 晴加🌞
その10センチを埋めたくて
仕事が忙しい彼が会えないかと連絡してきたのはお正月の三が日もとっくに過ぎた一月の十一日の事。
大学共通テスト目前のため、お正月気分などもうすっかり消え失せていた自分は「初詣に行きたいんだけど」と言った彼に今さら? と思わなくもなかったけれど、お正月返上で働いていた彼にしてみればやっと味わえる正月気分なのかも、と思っていいよと返事をした。
来週の週末はいよいよ運命を決める大学共通テストだ。
感染症も流行っているこの時期、本当は外を出歩くのもあまり宜しくないとは思うが、機会を逃すと忙しい彼とは本当に会う事が無くなってしまう。社会人と学生という関係はなかなかお互いの時間が合わないのだ。
防寒着をしっかり着込み、マスクをしてスニーカーのつま先をとんとんと地面に叩く。
「いってきます」
吐いた息は白かったけれど、地面を蹴る足取りは軽かった。
TVモニターの向こうで大勢の人に笑いかけたり泣いたりするのが職業の彼とは、大体が自宅で会うかリモートになり基本的に外で会うことは
彼に指定された神社は有名どころの神社ではなく、こじんまりとしていて一月も十日を過ぎれば人もまばらだった。鳥居の下にこちらもマスク姿の彼を見つける。
「おまたせ」
ごめん、待たせた? と彼に尋ねると、前回見た時より少し痩せたような気がする彼が相変わらず整った顔でにこりと笑った。
「全然。ごめんね、勉強の追い込みで忙しい時期に」
マスク越しではあるけれど、流石に自分の顔でお金を稼いでいる彼だ。笑顔の眩しさが半端ない。
二人並んで一礼して鳥居をくぐる。久しぶりに見る現実の彼をなんだか直視できなくて、自分のつま先を見ながらジャリジャリと鳴る玉砂利の二人分の足音に、なんだか無性に嬉しくなってしまう。
「……新春番組で神社で餅
ニヤけそうになる表情筋を誤魔化しながら、あれは初詣じゃないの? と彼に尋ねると「いや、まぁ初詣といえば初詣だけどさぁ……あれは仕事だから」と複雑そうな顔をして苦笑した。
「……今年は、
年上のくせに可愛げのある表情で唇を尖らせる。……それはズルくないだろうか?
あっという間に境内に着いて賽銭箱の前に立つ。一礼、二拍手、一礼をして五円玉を投げ入れ手を合わせた。
目を開けた瞬間に「なにを願ったの?」と聞かれる。
「……大学に合格します」
「合格します? 合格しますように、じゃなくて?」
彼が驚いて目を丸くした。
「……だって、別に普段から信心深いわけじゃないのに、こんな時だけ神頼みだなんて虫が良すぎると思って」
だから合格しますって宣言だけ。そう言うと彼は「
彼はひとしきり笑ったあと、
「オレも普段は神頼みとかしないけどね。でも今はなりふり構っていられないし、大事な咲のことだから」
そう言って
「はい。ここの神社の合格守、凄くご利益があるんだってさ」
咲は大丈夫って解ってるけど。試験の前に、どうしても渡したくて。
そう言って握らされたお守りと彼の手は温かかった。
「……ありがと」
素直じゃない自分は他の子みたいに笑顔でお礼なんか言えなくて、ただ顔を赤くして貰ったお守りを握りしめることしか出来なかったけれど、それでも彼は嬉しそうに笑ったから、本当に彼には自分の気持は筒抜けなんだなぁと思う。
となりに並んで元来た道を帰る。
大きな神社ではないから参道から入口の鳥居まであっという間についてしまった。
「お茶でも飲んでく?」
彼はそう言ってくれたけど、外で手がつなげるわけでもないし、カフェに入っても当たり障りのない話しかできない。それも承知の上で彼といるのだけれど。
それでも、いつも自分を喜ばせようとしてくれる彼に、なんとか一矢報いたくて。
「光」
周りに人目がないのを確認して、彼を鳥居の影に引っ張りこんだ。
少し背の高い彼に、つま先立ちでマスク越しにその唇に触れる。
「さ、ささささ咲!?」
突然のことに真っ赤になった彼の顔を見て胸がすいた。きっと、自分の顔も赤いけれど、してやったりだ。
「よし! お茶しに行こ!」
あたふたとする彼からさっと離れて鳥居をくぐる。
「ちょ……待って!」
彼は慌てて駆け寄ると、自分のとなりに並んだ。
神頼みはしないだなんて言ったけれど、一つだけ。……ずっと光のとなりにいられますようにってお願いしたことは、彼には内緒だ。
❖おしまい❖
2024.12.30 了
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