浄化の道標(再生への五つの扉)

三分堂 旅人(さんぶんどう たびと)

1章 囚われを解く(心の浄化)(前編)

 佐倉陽平さくらようへいは、重い足取りで歩道を進んでいた。頭の中には、失敗続きの仕事のことが渦巻いている。


「どうして俺ばかり……」


 自問しながらも、心の奥底では分かっていた。自分の実力不足だと。それでも、同僚たちの冷たい視線や上司の無関心さに心が押しつぶされそうだった。


 都会の喧騒が耳にじんじん響き、信号待ちの間にすれ違う人々の笑い声がザワザワと胸の奥をかき乱すように感じた。胸がギュッと締め付けられ、息苦しさが増していく。


 陽平は、ふと足を止めた。目の前に見えるのはいつもの喫茶店。しかし、扉に手をかける気力も湧かず、そのまま歩き出す。目を伏せ、心の中で誰にともなく叫ぶ。


「誰か……俺を助けてくれ」


 そんな陽平の目に、路地裏へ続く細い道が映る。まるで現実から逃げるように、その道へと足を踏み入れた。


 そこは昼間だというのに薄暗く、しんとした静けさが広がる別世界だった。自分の足音がコツコツと響き、狭い道の奥に古びた看板がぼんやりと見えてくる。


草薙書房くさなぎしょぼう


 木製の看板は所々剥げているが、何とも言えない威厳があった。陽平は自然とその扉を押していた。


 カラン、カラン。


 風鈴のような澄んだ音が響き、静寂な店内が現れる。棚いっぱいに詰まった古書の山。その中に漂う、どこか懐かしい紙の香りがフワリと鼻をくすぐる。


 陽平は店内をゆっくりと歩き始めた。視線の先には、他の本とは明らかに違う存在感を放つ一冊の本があった。古びた装丁に、金の箔押しで「浄化の書」と記されている。


 なぜか目が離せない。陽平はその本に引き寄せられるように近づき、そっと手を伸ばした。


 触れた瞬間、本が微かに光を放った。その光は柔らかくも力強く、彼の心に直接語りかけてくるようだった。


「その本、気に入ったのかい?」


 カウンターの向こうから、店主の低い声が響いた。


「あ、はい……なんとなく」


 陽平が本を棚に戻そうとすると、店主が首を振った。


「その本は売り物じゃないんだ。不思議な出会いだね」


 店主はなつかしむような目で本を見つめ、温かな笑みを浮かべた。


「持つべき人が手にするのかもしれないね」


「え? でも……」


「気にしないで。今度は君が必要としているんだろう」


 静かな声音こわねに、何か確かな重みがあった。


 陽平はその本を持ち帰り、自室の机の上にそっと置いた。


 一息ついて椅子に腰を下ろすと、ふと本の表紙が目を引いた。金の箔押しで「浄化の書」と記されたその文字が、どこか神秘的に感じられる。


 おもむろにページを開くと、薄い光がフワリと漂い始めた。


『……僕は、自分を変えたい。自信がなくて、何をやってもうまくいかなくて……でも、変わりたいんです。』


 陽平は、心の中で呟いた。


 すると、どこからともなく声が聞こえてきた。


🌟✨:・゚* 『ならば、道を示そう。ただし、試練は己が力で越えるべし。我は道を照らすのみ。』 *:・゚✨🌟


 陽平は驚いて辺りを見回した。声の主を探そうとしたが、誰もいない。ただ本が、わずかに輝き続けているだけだった。


「……幻聴?いや、本が……」


 困惑しながらも、本の表面に小さな紋様が浮かび上がる。それは、心に秘めた傷が次第に明らかになり、それを解く鍵が目の前に提示されているかのようだった。


 映像の中で、小学生の陽平が机に向かって一人泣いている場面が映し出された。宿題がうまく解けず、親に叱られた記憶が鮮明によみがえる。


「こんなこともできないなんて、お前は本当にダメな子だね……」


 その言葉に、今でも胸が痛む。陽平は唇をかみしめながら、本の光に問いかけた。


「……これが……囚われってことなのか?」


🌟✨:・゚* 『そう。汝の心を縛る言葉が過去から響いている。それを解き放つために、立ち向かうべし。』 *:・゚✨🌟


 陽平は拳を強く握りしめた。


---


▢▢▢ 次回予告 ▢▢▢


 陽平は「囚われ」と向き合う中で新たな一歩を踏み出す。次に浄化の書が示す試練とは――次回、「身体の声を聞く(身体の浄化)」をお楽しみに!


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