第八話 『呪われた鎧と消えた王子』 その42/穴の底


「は、はい! うう、指が、引っかからないいいっ」


「ロンドリ、な、ナイフを使うんだよ!」


「う、うんっ!」


 焦っているからか、それとも、ここでかつてどんな悲惨な殺人が行われたのか、想像なんてしてしまったからか。


 ナイフを使うなんてコトさえも、思いつけなかったんです。


 ……ヨハンソン兄弟の血で染まった床は、今ではすっかりと……乾いたホコリだけしかなくて。あるのは、アルベルト・ヨハンソンがたまにやってきたと思える、痕跡だけ。


 その痕跡がない床石……ホコリをキレイに掃除してしまっているその場所を、ビーグルの仔犬のちいさな足がポンポン踏みつけていました。


『ここだ! 引っぺがせ!』


「は、はいいいいい!!」


 ナイフを突き立てる。床石の継ぎ目に……奥まで、奥まで挿入していき。引っかけるようにして、こじ開ければいいんだ……っ!!


「ひ、開いた……っ。うあ、重いっ」


『貧弱な!!』


 ゾーギさんが仔犬の身でありながら、ボクを押しつぶしそうになっていた床石を押してくれる。おかげで、つぶれなかったけれど……ボクたちだけじゃ、パワー不足だった。


「た、助けてええっ。ローズちゃああんっ!」


「わかった。た、助けるっ!」


 三人がかりで、どうにか床石を押し倒した!


「はあ、はあ。ありがとうございますうっ」


『ロンドリ、もっと、鍛えておけっ。男として、情けないと感じるべきだぞ? 古いのか? そういう考えってのは?』


「い、いえ。ごもっともだと思います」


 筋肉があって困るコトなどない。筋トレする姉たちを見ていると、すごく……そうだと思いました。変な目線で実の姉たちを見ているわけがないじゃないですかっ。


「……これ」


 暗がりに立つローズちゃんが、床下に隠されていた『穴』を見下ろしていました。そこに何があるのかまでは、ボクは想像もつかない。


 だから。


 怖いのに。知的好奇心でしょうか。シデン・ボニャスキー先生。ボクは、床を両手両足を使って這いずりながらも、その『穴』へと近づいていきます。


 腐臭を感じました。


 そして、理解します。


「こ、この……ドロドロの液体は、も、も、もしかして……っ」


「血だよ。い、生贄の儀式の血」


「アドルフ・イェーガーさんの、悪行の!?」


『違うぞ。そんなものは、とっくに時が……乾かしているんだ』


「た、たしかに……」


「これは、さ、最近の血だよ。つまり、アルベルト・ヨハンソンが、あ、あいつが、仲間たちの血をここに捧げていったんだ」


「う、うううっ」


 ゲロを吐きそうになる。酸っぱい唾液が、お口のなかにいっぱいでした。吐いては、いけない。吐くべきじゃない。ここは、悲しいけれど、死者たちがたくさん生まれてしまった現場というか……ああ。無理でした。


「おげえええええ……うえええ……うげ、うげえええええ!!」


 どうにか。


 血だまりのなかにゲロを吐きつけたりするコトは避けれました。死者の、呪いの何かしらに、嘔吐するとか、さすがに人として最低でしたから。ギリギリで、セーフだったと思います。


『根性ナシめ』


「す、すみませんっ。よく、言われます。でも……でも、さ、さすがに、こ、こんな血のニオイがいっぱいだと、キモチワルイですうっ」


 追加の嘔吐衝動が、ボクのお腹のなかで暴れていました。でも、たえられます。とっくに、吐くべきものは吐いてしまっていたからです。


「……何人も、何十人も。あ、あいつは、仲間をここに連れて来ては、仲間に自殺させていったんだ」


「わ、わかるの……?」


「うん。ね、ネクロマンサーだから。わかるよ。み、みんな、すごく……あいつを信じていたんだ」


「か、革命の礎になるからって、喜べている……そ、そんなの、本当に……あるのか」


『覚悟の次第では、個人的な願望を超越して、国家や大儀に命を捧げられるものだ』


「それって、し、幸せなのかな?」


『嬉しいという感情を、死者どもが持っているのなら、幸せと呼んでやっていいだろう』


 すごく、その言葉って……。


 きびしさがあるような気がします。


 でも。ゾーギさんからすれば、いや、アドルフ・イェーガーからすれば、間違いではなかったのかも。彼らは、みんな、同じニオイがするから。みんな、自分を殺している。自分の命を捧げて、自分の倫理観に抗いながら……自分の感情を押し殺して、人としての本能にさえ抗いながら、それぞれの祖国のために。


 正しいのか。


 間違っているのか。


 ボクにはわかりません。


 ただ、言えるのは、壮絶な必死さがそこにはあったんだという事実だけ。


『アドルフ・イェーガーならば、言うだろう。「我らが国とは別の、英霊たちだ。敬意をもって、撃滅するぞ」……我々は、勝たねばならん。ルクレートのためでもあるし、連邦からファーガルと名を変えて国の民も、争いは求めないだろう。何よりも、レオンハルトたち仲間のために、成さねばならんのだ』


「うん。わ、わかった。血の底より……出てこい。ネクロマンサー、ローズマリー・ガトウの名において、悪霊どもに命じる」


 魔法を使う。天才であるローズちゃんが、強大な魔法を……。


 ボクは、ただ見守るコトしかできないから。ついでに、祈る。より良い結末が、ボクたちの冒険に訪れますように……っ!



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