第八話 『呪われた鎧と消えた王子』 その8/最小限の痛みで


 ビーグル犬が、ゆっくりと歩く。


 我々全員に見守られながら、クンクンと鼻を使い始めた。


「魔導書のくせに、犬の真似がやれるのか?」


『やれるさ。たぶんな。混沌神に、改造された気持ちだ。ページのあちこちに、卑猥な落書きをされたら、こんな気持ちになるのかもしれん。自分自身を、台無しにされた気持ちだ!』


「何というか、うちの混沌神が申し訳ない」


『いいさ。魔神なんぞ、気まぐれで、この世界は連中にとって『ハンティング・フィールド』なんだから……はあ、ほんと……くそめ!』


「ダーリン、邪魔をしてやるなよ」


「うん」


 がんばってほしい。エリアス王子さまの死体を、さっさと見つけてやりたいからな。


 それに、『犯人』もだ。


 この死体泥棒が『手段』なら、政治的な陰謀か何かに違いないだろう。


『くんくん。王家の血の、ニオイ……なのか?』


「見つけたか」


『……ああ。どんどん、そうか……『弱くなっている』んだなあ。始祖の血から、代を重ねるごとに、ルクレート王国のストラウスの血は、弱く、みじめに、衰えている』


「密偵が怒るような言葉を言うなよ」


『ふん。真実を口にして、何が悪いというのか。『地獄の番犬』の力を得て、ようくわかった。ストラウスの血を、復活させるべきかもしれんとな。これでは、戦もやれなくなる』


「平和ってものも、いいらしいぜ」


『それを保障するのは、いつだって暴力だろう』


「まあ、そうかもしれんが」


『くんくん。薄くなる。古い墓の方が、まだマシだ。弱く、みじめな……はあ。嫌になるよ。こんな力をあたえられるべきじゃなかった』


「嘆くな。仕事をしてくれ」


『……わかったよ。犬らしく、働くとする。わんわん!』


「自虐するなって」


 あつかいづらい年寄りみたいな仔犬は、それでもエリアス王子さまが入っていたはずの棺桶まで向かう。


『よっこらしょ!』


 棺桶のなかに入ると、棺桶のニオイを嗅ぎ始める……。


「エリアス王子殿下の、し、死体のニオイを、覚えているのだろうか?」


「犬だから、そうなんだろう」


『……くんくん。本当に、ストラウスの血としては、過去最弱なほどに薄い……彼個人の責任ではないが、早死にしてくれたのは、王国にとって資するな』


「暴言だぞ」


「さすがに、その態度はない」


『……甘っちょろい現代人のガキどもめ。強い王がいてこそ、国はまとまる。弱い王のせいで、皆が争い合うようになるのだ。それが、歴史が証明した人の持つ普遍的な傾向のひとつだ』


「……歴史なんぞに、興味はねえよ。王子さまの死体を、王さまに返してやりたい。親子の愛ってもののほうが、歴史よりも普遍的な大切なものじゃないのか。そういうものを失ってまで、歴史を重ねる意味もない気がするぞ」


『甘ちょっろいが、まあ、悪くはない言葉だ。アドルフ・イェーガーの孫よ。お前は……うん。なんで、お前…………』


「どうした?」


『…………ああ。そうか。そうだったな』


「はあ?」


『うん。気にするな!』


「気にしないハズがねえだろうが」


『冒険者とやらの悪癖だぞ。何にでも興味を持つのが、良いコトとはかぎらん』


「そうかね」


『仕事の方は、進展があるぞ。この弱い血の……ではなく、偉大なるエリアス王子殿下サマのニオイを嗅いでいると、アタマに浮かぶのだ。光景がな』


「光景……王子さまの、いる場所か?」


『いる。いい表現だ。人道的だな。ある場所と言ったほうが事実だが』


「性格が悪くなり過ぎだ」


『王子は、東だ。東にいるぞ。レフトン連邦との国境線あたりか』


「レフトン……なんだ、それは?」


『かつての敵対国も、すでにないか』


「魔王戦争時代よりも前に、滅びた国だ」


 密偵のひとりがそう教えてくれた。アドルフ・イェーガーの時代は、強敵だったのかもしれないが、今は違うらしい。


「今は、ファーガルだ」


「なんだよ、ファーガルのコトか」


『勉強しろ』


「そっちもな、物知り魔導書。今は、ファーガルって言うんだぜ」


『すでに魔導書は引退し、尊厳なき仔犬となった。わんわん。わんわん。ハハハハ! バカバカしい!』


「とにかく、ファーガルとの国境線に、エリアス王子殿下のご遺体がある?」


『そうだよ、聖騎士のお嬢ちゃん』


「国境線なんて言われても、ちょっと広すぎるだろ?」


『古い砦がある。それに、山脈の形にも見覚えがある。アドルフ・イェーガーが、そこでレフトン連邦の首脳の息子たちを拉致して、殺したんだ』


「はあ!?」


『最高の暗殺者だぞ。レフトン連邦への政治的な攻撃も、たくさんしている。ライバル国家を攻撃しない密偵など、クズだ。ああ、現代っ子たちは知らないよ、『マジで!』』


「あんたらも、そういうのやってるのかよ?」


「……答えられると思うか?」


「いいや。教えてくれないほうが、気分良く生きられるかもしれん」


『安心しろよ、レオンハルト・ブレイディ。それほどの暗殺を成し遂げられる者はなかなかいないし、密偵という組織は、勝手に動くときもある。王の命令でなくとも、自主的に』


「じいちゃんは、それをやってた?」


『連邦を弱体化させるために、卑劣な政治工作をしたのだ。連邦の首脳のライバル勢力、そいつらが首脳の息子たちを誘拐して、処刑したように見せかけただけ』


「だけ……って、軽く言うなよ」


『そこから先の歴史は、よく知らん。敵に内乱の火種を作っていたら……ルクレート王国内部の闘争が始まったから』


「……自業自得のようにも聞こえるぜ」


『どこの国でも、こんなコトはやっている。権力争いに由来する内乱で、およそほとんどの強国は滅びた。レフトン連邦は、どうなったんだね、アドルフ・イェーガーの後輩くん?』


 密偵のひとりは、教えてくれた。


「あちらは内紛のあげくに、分裂。弱体化してくれた。アドルフ・イェーガーの行いは、『いい仕事』だったと言える。連邦が強さと結束を保っていれば、魔王戦争時代の前に、ルクレート王国は連邦の侵略を受けて、滅ぼされていたかもしれない」


『いい暗殺だったわけだ。まだ十才と、八才の男の子たちだったが、殺しておいて良かったな。おかげで、この王国は、まだ平和だったらしい。歴史に、アドルフ・イェーガーがくれてやったプレゼントのひとつだ』


「……ガキを、殺しただと?」


『ちゃんと、慈悲深く。痛みも恐怖も、最小限に。最小の犠牲で、多くを救った。お前の祖国が豊かな理由の、ひとつだぞ』


「罪深すぎて、吐きそうだ!」


「ダーリン……」


「粉屋の一族の血も引いていて、良かった」


『そうかい』


「そのハナシ、お袋にするんじゃないぞ」


『そうしよう。嫌われたくないからね、今は、ブレイディ家の飼い犬なんだ』



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