第七話 『雷竜の棲む森』 その55/そう思い込める力の下に


『すぐに、おいつけますよ!』


『まだ、とおくにいっていませんから!』


「ああ。頼む、アオ、ハル!」


「……ミーシャ……っ」


 祈る。戦女神ロカよ。お願いだから。あの子供が、ムチャをしませんように。アオとハルは必死に走ってくれた。あいかわらず、本当にいいヤツらだ。


『み、みつけましたよ!』


『みーしゃさんですね!?』


「ひ、ひえええ!?」


 ミーシャがいた。水でも飲もうとしていたのか、あるいは……毒でも、水にまいて我々に嫌がらせでもしようと企んでいたのか。古すぎて、ボロボロになった井戸の前に、あの子は立っていた。


 我々の接近に、とてつもなく驚いている。


「ば、バケモノ馬!?」


『ちがいますよ』


『せいぎのものです』


「う、嘘つきやがれ!! 魔族だ、ぜーったい、魔族だあああ!!」


「失礼なコトを言うんじゃない。スケルトンな馬であったとしても、正義の心を宿していれば、その瞬間から騎士のように気高いのだ」


『く、くれあさんっ』


『かんどうですっ!』


「わけわかんねーよ!」


「だとしても、こっちには用がある」


「な、なんだよ」


 アオから降りて、ミーシャに詰め寄る。


 何かを隠そうとした。毒だろうか? いや、プラナの財布だ。


「これは、返さないぞ……返せないっ。オレんだ! もらったし、オレが……生きるためには……」


「それでは、足りん」


「う。うるさい。中身、知らねえくせにっ。けっこう、あるんだ」


「足りない。何日か、何週間か、生きられたところで、どうなると言うんだ」


「……捕まりたくないっ」


「責任を取りたくないんだな」


「…………そんな、クズ野郎みたいには、なりたくないけど……っ」


「その財布の中身の意味を、知っているか? 何のための金なのか?」


「し、知らねえよ」


「難民孤児院のシスターの財布だ。プラナが、自分のために使うための金じゃない」


「……っ」


「ついて来い。私の実家で、お前を雇ってやる」


「……は、はあ!?」


「ハートリー家は名門貴族だ。使用人がひとりぐらい増えても、問題はない。お前、馬の世話をできるか?」


「お前……意味、わかってんのか? オレは、ドラゴンで……」


「助けたかったんだな。ジジ・バスラを」


 人には、不思議な力がある。相手の立場を、思ってやれた。私がミーシャで、ミーシャがジジ・バスラに愛情めいたものを抱いていたら。思うコトなど、ひとつだけ。


「手助けしたかったし、もしも、あいつが監獄にいるなら、ドラゴンで襲撃して助けたいと思う。そうだろ? 違うのか? ジジ・バスラを、見捨てられるのか?」


「み、見捨てられない。兄貴分なんだ……何年も、牢屋に行って、離れ離れで……ようやく、出てこれて……っ。それなのに!」


「ふん」


「ミーシャ!?」


 ちいさな手がナイフを抜いていた。


 プラナが血相を変えて、詰め寄ろうとしたが。そんなプラナを、私は左腕で制する。


「クレアさん……っ」


「この子を雇おうとしているのは、私だ。この子が、怒りをぶつけようとしたのも、私。受けて立つよ。見守っていてくれ」


「……わ、わかりました」


「……なんだよ、何なんだよ、お前らっ。さっきから、意味わからねえ!!」


「お前を、雇う。敵であったとしても。それでも、見捨てられないから」


「……なんで!? 敵なら、見捨てればいいだろ!! 殺そうとしたんだぞ、お前らを、ドラゴンで!!」


「かまわん。それでも、かまわないから。私といっしょに来てくれ」


「ざけんな!!」


 ナイフを投げたところで、剣で弾けばいい。


 当たるハズもない。実力差は、天と地ほど、いや、それ以上に離れているから。


「な、なんだよ。強いじゃないかっ」


「騎士は、復讐の機会を相手にあたえてやるものだ」


「は、はあ!?」


「お前が、もう少し大きくなって。それでも、私やダーリンに……レオンハルト・ブレイディに、恨みを感じるなら、決闘を申し込むがいい。受けて立とう。誰も巻き込まずに、堂々と、お前と私でもいい。お前とレオンハルト・ブレイディでもいい。もっと、勝負になるぐらい強い大人になったとき、ちゃんと戦ってやろう!」


「……大きく、なったら。お前も、あいつも、ぶっ倒してやる!」


「ああ。それでいいから。我が家で、過ごしてくれ」


「意味、わからねえよ!! どうして、そうなるんだ!?」


 自分でも。


 理由など、わからないけれど。


 ……これは、きっと正しい道だった。古井戸のそばで泣き崩れて、地面を叩きつづける少女を、ひとりぼっちにしてしまうよりは、ずっといい。プラナ・プラムほどにやさしい者の救いさえ、こばんでしまうような者を救うには、強引な方法だっていいだろう。


 もちろん。


 こんな出会いや、こんな過程を経てしまっては。


 最良の関係になんて、きっと、なれないだろうけれど。


 いつか、自分の存在が、ダーリンを窮地に立たせるカードだと気づいて、この子はそれを使ってくるかもしれないけれど。「王さまに嘘をついた」。懲役158年の刑に処されかねない真似だ。「ドラゴンをあやつろうとしたテイマーがいるのに、言わなかった」。


 いいさ。


 もろもろまともめて、受けて立つ。


 そのときは。愛が、どれだけ狂暴なのか。この子も、知るだろう。その狂暴な力が、自分だけじゃなくて、誰しもが持っていると。


「そうあるべきだと思い込める力を、愛と呼ぶのだ。お前は、ジジ・バスラのために生きてもかまわん。だから、この広い世界でひとりぼっちには、なろうとしないでくれ。いっしょに、行こう。雨が、ちゃんとしのげる家に」


 王都までの帰り道。ミーシャは暴れなかった。リスよりもふくれた顔で、無言のストライキをつらぬき通したけれど。かまわなかったし、ハートリー家の門前に止まり、私にメイドたちの前に連れられていく直前に……。


「返す」


 プラナのちいさな財布を、投げて返していた。私は、それで、少し救われた気持ちになれたのは確かだ。何か、より、正しいかたちに近づけたように思える。


 こうしてハートリー家は、素晴らしいテイマーを雇えたのだ。


「そうあるべきだと思い込める。これで、良かったのだと、私は、思い込めるぞ」


「なら、それでいいんだよ、クレア」


「……うん」


 ダーリンが、ほめてくれたし。私も、複雑な気持ちながら、うれしかったんだ。タスクをこなす。抱きしめてもらって、愛をささやいてもらって……ダーリンが、望み、私が望む。お、大人のレスリングもするんだ……。


 抱き着いて。


 はなさない。


 いつか、貴方が勇者になろうとしたときは、こうやって抱きしめてでも、噛みついてでも、ぶん殴ってでも、止めてみせる。



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