第五話 『絢爛舞踏は赤く染まる!!』 その10/密偵たるもの


「とりあえず、ニコレッタ・クインシーの顔はやめろ。君本人のものに」


「……ないでござる。少なくとも、忘れている。拙者も、リコドさえも……わすれてしまった……密偵としては、すぐれているでござる」


 何というか。


 壮絶だな。


 ついさっき考えたばかりだったから、余計にかも。たくさんの側面を得て……「人は成長するものだけれど。リコドの被害者……契約者は、その側面でのつながりさえ失うときがあるのよね」。


 それって辛すぎねえか。人生が、無理やり書き換えられるというか。積み上げてきた関係性が、なくなっちまうというか。「まあ、リコド本人も、自分自身に押しつけた役回りを演じることが楽し過ぎて、何もかも忘れちゃうの。役目だけを演じるのは、ある種、気楽なものよ」。恐ろしい魔神だな。「魔神は、みんなそう」。


「わかった。その……嫌なコトを聞いてしまったか」


「そうでもないでござる。わからない、感情も……演じられるはするでござるが、そういうのは、本当はわかっていないでござるから、大丈夫なんだ、レオンハルト・ブレイディ殿」


「……とりあえず。王さまに報告するときの顔とか、あるのか? だったら、それがいい。それになってくれるか、ラキア」


「承知したでござる」


 目のまえで、両手をおおう。次の瞬間、ラキアの顔も瞳の色も髪の色も長さも変わっていた。髪の色はブロンドからグレーに、長髪から、肩の高さまで……瞳からは青さがなくなり、ルビーみたいに赤かった。いつ、どうやって、ここまで変わったのだろう。ほとんど人外レベルの動体視力を持っているオレでも……。


「見えたか? 変わった瞬間?」


「いきなーり、変わった」


 まさか、『天命』の力を使いこなす武闘家の目にも、映らないとはな。「貌神リコドの力だもの。変装じゃないの。移り変わる瞬間なんて、『そもそもない』。いきなり変わったのよ、別のものに」。


 さすがは、魔神の能力かよ。意味がわからんぜ。そういうときのコツは、「教えているはずよ」、気にしないのがいちばんだ!


「……それが、君の……いちばん使い慣れた顔、という認識でいいんだな」


「うむ。それで良いでござるよ」


「ほんとーの顔を、もう誰も、わからなくなっちゃったんだねえ」


「かわいそうに……」


「よく言われるでござる。でも、気にする必要はない。密偵などに、おふたりが悲しむ価値はないでござるから」


「あるね」


「あーるんだってさ。レオちーが、そう言っているから。あーしも、それに便乗」


「……好きにするといいでござる」


「それで、ラキア。まずは、乱暴な罠にかけてしまった点をあやまりたい」


「……許す、でござる。こちらも、襲撃してしまったから、痛み分け」


「そうだな。その理由を、教えてくれるか」


「クロウ・ネーモが、政治的な工作を依頼されたのを、知ったからでござる」


「狩猟館を、覗いていたんだな」


「そうでござる。拙者は、とても目がいい。遠く離れた場所からでも、双眼鏡や……貌神リコドの力を使えば、わかる」


「変装だけが、君の力じゃないんだな」


「密偵と、乙女の秘密を、知ろうとするものじゃないでござるよ」


「同じ魔神憑きとして、ちょっと気になるだけだ」


「……知っている。混沌神ルメ。契約者の、幸運をすする吸血鬼のような魔神。不運に縛れらるか……かわいそうなのは、そちらでござろう」


「不運が不幸とは限らない」


「ふむ。ちょっとは、わかる。拙者も、不運にして不遇。しかし、不幸ではない。やりがいに満ちている」


「クロウ・ネーモは、ルクレート・トリビューンに記事を書かそうとした。大した記事ではない。マクシミリアン王子さまが、伯爵令嬢と結婚しそう……というだけの」


「十分、キナ臭いでござる。拙者たちの役目は、王家を守るコト」


「つまり、そんなゴシップネタも十分な火種になりかねんほど、『他のリスク』が大きいってわけだ」


「……密偵に、する質問ではないでござるよ」


「わかってる。情報をそんなに出したくないんだろうな。でも、オレは君を『取り逃がしたコト』にしてやれるんだ。それは、お互いのためになる」


「……ふむ」


「いい交渉相手だぞ。何せ、『チーム・王さま』という点では、いっしょだ。情報共有をしようぜ。ああ、こっちもベクトラ伯爵を嗅ぎまわっているコトは、王さまにまだ報告してほしくないって、先に言っておこう」


「了解でござる。お互いに、この接触については秘密。いい取引でござるな。では、情報共有の時間」


「オレが知りたいのは、ベクトラ伯爵が貴族に許された範囲を逸脱する軍事力……『私設軍』を作っているか」


「いるでござるよ。この森に、訓練キャンプがある。そして、各地から集められた鎧職人たちも、大砲を作っていた……ようだ」


「ようだ、とは?」


「運び出されている。拙者たちが探り始めたコトに、気づいたのだろう」


「何処に運び出したのかが気になるな」


「不明でござる。ただし……国境沿いが、怪しい」


「……周辺国と、衝突を始めると?」


「大砲や人材を、隠しやすいという点もある。とにかく、最悪の事態から、想定しておくべきでござる。他国との戦争は、まだマシ」


「侵略戦争が、マシだと?」


「当然。とくに、勝ち戦であるのなら。領土が増えて悲しむ国は、いないでござる」


「奪われた国は、悲しむぜ」


「そう。拙者も戦争が好きなわけではない。本当の最悪の状態に比べれば、まだマシというだけでござる」


「どんな状況だよ?」


「おや。新米ギルド長は、ご自分の想像力にカギをかけるタイプでござるか?」


「レオちー、気づいているんじゃないかーって、言われちゃってるよ」


「…………内戦だな。王さまの密偵なら、それが、いちばん嫌だ」



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