【短編版第一弾】パクリマスオンライン、始動 新宿オフィス会議

紫電のチュウニー

パクリマスオンライン、始動 新宿オフィス会議

 ◆新宿センタービルオフィス最上階。

 無数にひしめくビル群の中でも、BtoBビートゥビー、企業間取引のメッカとなったこの場所に今、六つの大手企業における会合が始まっていた。

 室内には藤の花が美しく飾られ、軽菓子と茶が六つ用意されている。

 集まったのは六つの企業代表営業者。

 SQ社、S社、B社、E社、K社、そして招集者の会社、R社。


「本日はお招きありがとうございます。主催者である六条寺さんと直接お会い出来ると思って楽しみにしていたんですが……残念ですね」


 スーツでぴっちりと固めた紳士風の男が眼鏡を吊り上げそう呟いた。

 

「キックオフ企画者がいないとは、なんとも興ざめですなぁ」

「そういう言い方は良くないと思いますよ、鮫島さん」

「おや、S社の若手営業さんじゃないか。最近売上が滞っているようでそちらも大変ですねぇ」

「いきなり喧嘩売ってるんですか? 言っときますけどうちはこないだのソフト、SQ社の三倍は利益を出していますからね!」

「そりゃコンシューマーソフトの方でしょう? MMOエムエムオーも入れてうちに勝ててるとは言えないねぇ」

「なにを……」

「はいはいそこまでですよ。SQ社の鮫島さめじまさん。挑発行為は控えてください」


 話を止めたのは紳士風の男、E社の遠藤。

 殺伐とした雰囲気の中、MMORPG大手六社の代表が席へ着くと、巨大モニターへゲームのワンシーンと立体キャラが映し出された。

 

『初めまして。ようこそお越し下さいました。六条寺ろくじょうじ利理リリです』

「アパター? 映像も本人じゃないんですか?」

「おちょくられてるねえ……」

「西暦何年だと思ってるんですか? そんな発言するから新しいものが作れないんでしょう?」


 再び言い争い出す二人を静止する紳士風の男。


「六条寺さんの話をさえぎるのは失礼ですよ。まずはちゃんと聞きましょう」

『……堅苦しいわね。それに重苦しい。挨拶の形式はとったからもういいでしょう。ここに集まったあなたたちは日本国産のMMORPGにおいて成功を収めた経験がある企業の方々のみです。実際に私もあなたたちの開発した過去のMMOエムエムオーRPGアールピージーを遊んだわ。どれも面白かったと思う。でもね、新作はダメ。全滅。とてもじゃないけど遊んでいられないわ』


 すっとSQ社の手が挙がる。


『どうぞ』

「うちの会社は今でも大型MMOエムエムオーRPGアールピージーを続けている。以前に比べれば同時接続数こそ落ちたが、十分な利益を毎月出している。あのゲームでも不満だというのかね?」

『あなた、実際にプレイしてるの?』

「いや、私は営業だから遊んではいない。うちのゲームの良いところなら上げられるぞ」

『例えば?』

「素晴らしい競売システム。重厚なストーリー。ファンタジーとしての魅力である他種族。多人数バトルにPVPピーブイピーコンテンツ、少人数型ダンジョン攻略に多くの職業。どれをとっても国内一にほんいちだ!」

『そうね。否定はしないわ。前作の方が面白かったけどね。あなた方のビッグタイトルでの大型MMOエムエムオーは三回目。徐々に劣化しているわ。それが何故か分かる?』

「失礼な。確かに以前ほどの稼ぎは無いが……」

『失礼? あなたたちは売上が伸び悩み、焦りが出ているからこそここへ参加しているのでしょう? 企業に多大な利益をもたらしたいなら黙って話を聞きなさい』

「ぐっ……小娘が」

『多くの職業、重厚なストーリー、インゲーム、アウトゲームでの物流システム、ユーザーが気軽に出せる価格設定、MMOとしての遊びやすさ。どれも大事よ。でもね、SQ社の失敗はそこじゃない。UI性の劣化。それから映像コンテンツを入れすぎ。もっと細かく言えば沢山あるんだけど、自分たちでユーザーを絞り込んでいるのよ。企業側の上から目線開発が過ぎるわ。俺が作ったゲームを遊べ。俺が作ったゲームの素晴らしさを見ろ。そんなことユーザー側は望んでいないの。そういうのは映像PVでも作って売ればいいのよ」

「なっ、何を! 全て私が企画に回したものばかりを挙げて!」

「鮫島さんいい加減にしてください。喧嘩がしたいなら後で六条寺さんご本人と直接どうぞ」

『ありがとう。あなたは確か……S社の千藤ちふじさんね。非MMOエムエムオーでは頭一つあたまひとつ飛び出たソフトウェア開発会社。でもMMOエムエムオーではSQ社に遠く及ばない。理由は簡単よ』

「えっ? 六条寺さんはうちの欠点も分かるんですか?」

「ええ。SFに特化していたり、アクションに特化していたりと特化性が強すぎて、幅広いゲームユーザーを取り込めていないわね。いい? SFエスエフ好きは確かに多い。でもね。SFエスエフはライトでなければ売れないのよ。ファンタジーも行き過ぎれば途端につまらなくなるわ。現実とファンタジーの狭間。この境界線を越えればただの現実逃避。つまりあなたたちの売りにしているゲームは一部いちぶの根強いファンしか獲得出来ない。でも私は好きね。あなたたちの作るゲームはどれも楽しいから。ユーザー目線をちゃんと見ている』

「ありがとう、ございます……」

「はん。小娘のかたよった意見だろうが!」

『あらお言葉ね。私のユーザー名はリリ。聞いたことないかしら?』

「ユーザー名? リリ? そんな名前……」

廃神はいしん配信はいしんのリリ……のことでしょうか?」

「む。それなら私も知っているが……」


 ようやく三人目が声を挙げた。

 彼は大柄なヒゲ面男。いかにもやり手の営業……というより刑事っぽい雰囲気を出している。

 B社の坂藤だ。


『光栄ね。B社が誇る敏腕びんわん営業マンさん』

「そう言われると照れるね。国産上位ゲーム全てに廃神と呼ばれるユーザーが同一どういつ名でゲーム配信アップロードされている。その名前はリリ。真っ先に取得されそうなハンドルネームなのに、どういうわけか必ず同じ種類のキャラでクリエイトされているらしい」

『ええ。IPを買うこともあったけれどね。全て私よ』

「じゃ、じゃあうちの最難関ダンジョン最速クリアの日本ユーザープレイヤー!?」

『そうよ、鮫島さん。海外ユーザーと協力してクリアしたのは私』

「そんなリリさんにはB社MMOエムエムオーコンテンツの欠点を聞きたいところだね」

『いいわよ。ロボットものが強い企業だけど、トライは続けてるわよね。過去の栄光MMOエムエムオーを再現しようとして失敗しちゃったのは残念だったわ。もっと早い段階でクローズドベータをなぜ行わなかったのかしらね』

「……情報漏洩ろうえいに厳しい世界だから……とだけお伝えしよう」

『あなたたちは誰にゲームを遊ばせたかったのかしら』

「無論多くのユーザーを……」

『古いゲームを多くのユーザーがね。その発想の時点で間違えているわ。そうね、時には古い物語を見たくなったりもするわ。でもね、本と同じでユーザーは圧倒的に新しいものを求めるのよ。ただ古いだけじゃない。古い中に新しいコンテンツを、新しいアイテムを、新しい発想を多く取り込み楽しんでもらう。その気持ちが伝わらなかったわ』

「……否定出来ん。私もあれは失敗だと伝えたが、上層部がユーザーをバカだと思っていることに変わりはない。今後ますます上手くいかないと踏んで、ここへ足を運んだんだ」

「ちょっといいですか? 坂藤さん」

「その言いぐさは私も聞き捨てなりませんね」


 手を挙げたのは二人。

 最近企業分離したE社遠藤、そして歴史ゲーム作りで右に出る会社はないというK社。

 

「E社の遠藤です。B社の内情は詳しく知りませんが、うちのE社は常に楽しいRPGを作ることを心がけていました。ストーリー性を大事にするためノベル作家なども募集し、原案から作品を生み出す姿勢を整えています。そういった意味でもリリさんのお眼鏡に叶うMMORPGを先陣切って作れるのではと考えています」

「K社、加藤です。うちは戦略ゲームが多いですが、MMOエムエムオーとしてはSQ社に匹敵する継続年数です。特にオリジナルの戦闘形態もいまだ人気で……」

「はっ。同時接続五百人がいいとこだろうに」

「……それはそうですが」

『お静かに。まずはE社。企業分離したのは正解ね。ストーリーを大事にする姿勢はRPG好きにとても喜ばれるわ。国内では間違いなく三本の指に入るRPGを作り続けている。すごいと思うわ。私もファンだしね。でも、課金システムが悪いわ。ユーザーがお金を使い辛いところか多いのよ。ソーシャルゲームでも問題を起こし過ぎて市場の信頼を失ったわ。K社は歴史に特化しているのが強みよね。歴史好きは多いもの。ただ、圧倒的にお金の取り方や金額設定が悪いの。これは創立時からよね。きっとそういう社風よね?』

「価格設定は変えない。それは社長の意向が強いです」

「E社も市場価格から見て高めなのは理解しています。しかしそれだけ出せるものを開発しているつもりです!」

『……六条寺利理はボンボン。六条寺利理は悪いことをやってお金を得ている。市場での私の評価はこんなものばかり。でもね、実際に利益を出したのは私の実力のみよ。それは市場価値というものが何なのかを理解していたから。だからこそ成功したのよ。そんな私が考える、商品の市場価値ってね。売り手側が決めることじゃないのよ。大型衣料を扱う企業、電信会社、食糧生産会社、これらはみな、絶対の自信をもって商品を売っているわ。でもね、金額設定は市場に合わせているの。なぜか分かるかしら?』

「利益は追求されているでしょう?」

『いいえ。国家絡みだからよ。あなたたちはまだ見据えきれていないの。ゲーム市場が国家を動かすということを。日本が生き延びるためには絶対に負けられないコンテンツ。それが世界に向けて売りに出すゲーム市場、娯楽コンテンツなのよ。国内で見えているのはたったの二社だけ。言わなくてもわかるわよね』


 その言葉を聞いて全員沈黙する。

 スケールが大きい。

 そして自分たちの作るゲームコンテンツのビジョンが低いことを感じてしまう。

 その中で最も口を開きやすいのはSQ社だった。


「それならうちのコンテンツが一番だろう。国内より国外の方がサーバーを多く設けているくらいだ。つまりこの企画で主導権を握るのはうちで問題ないだろう?」

『いいえ。この企画は事前に企画書でお伝えした通り、六つの企業が世界に売り出す最強のMMORPGを作ること。これが必須条件よ。SQ社の企画書じゃないし六条寺の企画書でもない。世界中のユーザーを魅了するため、六つの企業が世界の人々をおもてなしするための企画書になるの。だから代表は決めないわ』

「……それじゃ利益も等分配? 話にならん。看板のでかさが違うだろう!」

「看板の大きさでいうならB社の方が大きいでしょうに」


 そうS社の若手営業に言われ顔を真っ赤にするSQ社の鮫島。


「MMORPGならうちが一番だ!」

『そう。それならSQ社は帰ってもらっても構わないわ』

「そうさせてもらう。時間の無駄だった」


 と、SQ社の鮫島が出て行こうと扉を開いて部屋を出ようとすると、サングラスをかけた誰かが入れ違いで駆け込んできた。

 視線でその男を追う鮫島だが、構わず出て行ってしまう。


「……! も、もしかして須藤さんでは? いやお懐かしい。サングラスなんてかけてどうしたんです?」

「須藤さん……ってもしかしてSQ社の専務!?」

『あらお久しぶりね。SQ社が寄越した営業はたった今帰ったわよ』


 男は直ぐにサングラスを外し、丁寧に頭を下げて謝罪をする。


「申し訳ありません。部下の不始末は私の責任です。彼は本日限りで退職となりました。どうか、我々を末席に残して下さい。この通りです」


 齢三十六にして専務にまで上り詰めた元営業。

 先を見通す力が強く、このプロジェクトへ最初に乗った男でもあった。


『どうしてあんな男を寄越したのかしらね』

「彼自身、企画を見ていたときは大きく賛同してくれていたんです。ただ、どうも若手を見下すくせがあり、ハラスメントに当たると厳しく注意をしていたのですが……」

『SQ社はここにいる方々の信用を損ねているわ。頑張らないと難しいと思うけど』

「私が陣頭に立ちます。失敗すればSQ社を首になっても構わないと思ってもいます。それほどに重要なプロジェクトであると考えたので、正式な担当を聞き、ここまで走ってきました」

「ちょっといいですかい、大将」


 と、席には着かずに立ったままでいた男が手を挙げる。


『あら、いたの? 武藤君』

「酷いなぁ。社長の話に割って入るほど野暮じゃありませんよ。話に片が付いたんで一つひとつだけ。エンジニアを外注しているのが当たり前の現在、まともな国産が作れないのは分かるよな。そこで一大いちだいプロジェクト、六条学校を建設中。ここはノーマライゼーション……障がい者と健常者が協力しあいながら最先端のゲーム作りを学べる学校だ。国にも多額の資金を出せている。その成果があんたらが参加したくて仕方が無いこの最先端技術の結晶。【フルダイブTRティーアール機器、テンプルヴァイス】だ。このプロジェクトに乗る権利があんたらにはある」


 リリのアパターが消え、映し出されたのは六条寺が開発した最新式TRUEトゥルー RAALITYリアリティーテンプルヴァイス。六条寺の力で開発した現状世界最高峰のフルダイブ型真世界観体験機器である。


『開発年月は四年。その間にテンプルヴァイスは世界で三千万台売り抜いてみせるわ。開発に無駄は許さない。日本を立て直すにはもうこれしかないのよ。私たちは世界に対し、AIえーあい技術だけでは構築できない発想と娯楽ごらくで世界に挑む。それにしても不思議ね。今日は部屋に藤の花を飾ったのだけれど……』

「ん? そういえば美しい藤の花がありますね」

『藤の花言葉は【誕生】なの。ここに【パッセンジャークリエイティブリマスターオンライン、通称パクリマスオンライン】の開発を宣言するわ。みなで最強のMMOを作りましょう!』

「そっか。あの鮫島って人以外全員藤が付く名前だったんだ!? その代わりが……須藤さん。六つの藤に六条寺か。偶然? いや、彼女の前では必然なのかもしれない。実際にお会いしたいものだな」


 ぽつりとE社遠藤がそうこぼし、会合は終了した。

 最後に六人の敏腕営業たちは、画面に映し出されたテンプルヴァイスを見て大きくため息をこぼした。

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