最弱の俺が人類最後の砦!? ~突然あふれた魔物だらけの地球でサバイバル生活~

昼から山猫

第1話:崩壊する街と逃げ場のない朝

 朝日が昇るはずの空は、重たい灰色の雲に覆われていた。

 コンクリートが砕け、巨大なクレーターとなった道路の上で、俺は呆然と立ち尽くす。

 いつものスーツ姿がまるでコント衣装みたいに浮いていて、周囲は騒がしく火の手が上がるのに、心臓の音ばかりがやけに大きく聞こえてくる。


「なんだ、こりゃ……」


 つい半日前までは、オフィスへ向かう通勤途中だった。あの時は、携帯の充電が切れそうなくらいでしか悩みなんてなかったのに。

 突如として街に現れた魔物。牙を剥き、地上を踏み荒らす凶暴な化け物の群れ。逃げ惑う人々の悲鳴。

 そして、信じられないことに都市機能は崩壊寸前。交通も通信も、何もかもが止まってしまった。


 俺はなんとか命だけは守ろうとビルの裏へ潜んでいたが、息苦しいほどの静寂と廃墟の匂いに耐えきれず、意を決して表へ出る。見慣れた通りが見る影もない。


 そこへ、まるで軍人みたいな厳めしい男が声をかけてきた。短く刈り込んだ髪に引き締まった顔立ち。迷彩服に似た上着を羽織り、右手には拳銃。


「おい、危ないぞ。ひとりで動くのはやめろ」


 彼はいきなり命令口調だが、その鋭い瞳にはどこか冷静な判断力を感じる。どうやら軍関係の人間らしい。


「助けて、くれるんですか? ……俺、もうどうしていいか」


「藤堂だ。陸自出身だった。今となっちゃ、ただのオッサンだがな」


 そう名乗った男・藤堂は、瓦礫の山の向こうを警戒しながら、早足で俺を奥へ促す。


「おい、こっちに来てくれ!」


 振り返ると、少し離れた建物の隙間に、小柄な女性が立っていた。前のめり気味に走ってきて、俺の腕を掴む。

 栗色の長い髪を無造作に縛っている彼女は、すらりとした足に黒いストッキングを履き、白衣の袖を捲り上げていた。かなりスリムだが、近くで見ると胸元がふわりと揺れて、ちょっとドキリとする。


「大丈夫? 傷はない?」


 彼女はユカと名乗った。看護師らしく、首から小さなファーストエイドキットを提げている。慌ただしい空気の中でも、その優しい表情がほっとさせてくれる。


 こうして俺は、藤堂とユカという二人の生存者に出会った。


「急いで移動しなきゃならん。ここはマズい。魔物がウロウロしてる」


 藤堂が唇をきつく結ぶと、遠くから不気味な咆哮が聞こえた。ビルの谷間をわたる風が、鳴き声を運んでくるようで、背筋が凍る。


「こっちだ。車は使えそうにない。しばらく徒歩で移動するぞ」


 情けない話だが、俺はもう体が震えっぱなしで、逃げるように彼らのあとを追うしかない。


 しばらく歩き回って、近くにあったコンビニへ足を踏み入れた。ガラスの自動ドアは割れ、店内は散乱したゴミと転倒した棚が目につく。


 食料や水を少しでも確保しないと。もうお腹の空き具合なんかよりも、身体が生きるために栄養を欲しているような感覚がある。


「棚は荒らされてるけど、まだ残ってるかもしれない。見つけたら声をかけてくれ」


「ユカは後方で見張って。俺が少し奥を探る。あんた、悪いがレジ付近を確認してくれ」


 藤堂が的確に指示を出す。外はいつ魔物が来てもおかしくないし、気を抜けない。


 ドキドキしながらレジ裏を探すと、まだ未開封の水や非常食らしきものが少しだけ残されていた。


「これだけしかないけど、あるだけマシか」


「上出来だ。急いで回収だな」


 藤堂がゴソゴソと袋詰めをしていると、ユカが小声で叫ぶ。


「誰か……いる!」


 見ると、店の奥のほうから、二人組の男がこちらを睨んでいた。腕にはタトゥーが見え、明らかに普通の買い物客ではない。

 彼らは鋭い目つきで俺たちを見下ろし、苛立ちをあらわに唇を歪めている。


「オイ、勝手に持っていくんじゃねぇぞ。ここは俺たちの縄張りだ」


 相手はカッターのようなナイフを持ち、藤堂に向かって威嚇する。


「ふざけるな。俺たちも生きてるんだ。少しだけでいい、見逃してくれ」


 藤堂が説得を試みるが、状況は一触即発だ。俺も何か言わなきゃ、と焦りつつ前に出るが、声がうまく出ない。


 刹那、表の方でガシャーンという金属音が響き、魔物の咆哮がかすかに聞こえる。男たちもその音にビクリと反応し、互いに構えたまま沈黙が降りる。


「……チッ。じゃあさっさと失せろ。その代わりオマエらを助ける義理もねぇ」


 相手は唾を吐き捨てるように言って、俺たちを追い払おうとする。

 藤堂が「わかった」と答えてすぐ、ユカと俺は退散するように店の外へ。


 わずかな食料と水しか手に入らなかったが、こんな状況じゃ十分だ。何も持たずに逃げるよりはずっとマシ。


 俺たちは急いで外に出ると、瓦礫の中をかきわけながら裏手へ抜ける道を探した。藤堂がちらりと背後を見て、低い声で叫ぶ。


「急げ! もう魔物が近い!」


 走っても走っても灰色の廃墟しか見えない。やがて、細い路地を駆け抜けた先に比較的頑丈そうなビルがあった。階段を駆け上がり、一気に屋上へ出る。


「ここなら、あの化け物も登ってこないかもしれない」


 藤堂は周囲を見渡しながら、息を整える。ユカも汗だくでうなずく。

 俺はヘトヘトになってその場に崩れ落ちた。心臓の鼓動がまだドクンドクンとうるさい。


「とりあえず、一晩ここで耐えるしかないですね」


「ええ、そうしましょう。ただし夜は危ない。あの魔物ども、夜行性が増える可能性が高いんです」


 ユカが心配そうにビルの下を覗き込む。そこには破壊された街並みが広がっていた。信号は止まり、ライトは消えて、ゴーストタウン同然だ。

 でも、見えないところから聞こえる魔物のうめき声が、街がまだ“終わっていない”ことを物語っている。


 俺は屋上の床に背を預け、かろうじて確保した水を口に運んだ。喉が渇いていたせいもあって、生き返ったような気分になる。


「ここでじっとしてて大丈夫なのか……」


「たぶん、ダメでしょうね。拠点をどこかで探して、仲間を増やさないと……この先やっていけない」


 藤堂の顔は苦渋にゆがむ。一時の安息も束の間、現状を考えれば不安しかない。


 そう思っていると、遠くの街並みの上に何か動く影が見えた。まるで高層ビルをも上回る大きさの“塊”がゆっくりと蠢いている。

 ドクン、と心臓が跳ねる。あれが……あれが、世界を破壊している正体の一つなのか?


「なんだ……あれ……」


 言葉も出ないまま、俺は口元を震わせた。藤堂もユカも、その巨大すぎるシルエットを見て固まっている。

 今の俺たちは、それを直視することすら怖かった。風が吹き、髪を乱し、身体を冷たく撫でていく。


 明日になったら、少しはマシになるのか。それとも、もっと苛酷な地獄が待っているのか。

 逃げ場のないビルの屋上で、沈黙が続く。そして、夜の闇はすぐそこまで迫っていた。


 どうする……? いや、どうにかするしかない。絶対に生き抜いてやるんだ。

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