第10話 行商人
ルーファスの体温と寝息が暖かくて気持ちいい。
狼の私は、ゆたんぽのようにルーファスの暖房になっていた。
私のふさふさした毛並みにもふっとしがみついて眠るルーファスはとてもかわいい。あー。役得ですね。美少女と狼の組み合わせがおとぎ話で童話なかんじですごくいい。
そういえば、まだ人間同士で夜を一緒にしたことがない。
ぜひ女の子同士、夜通し話で盛り上がったりとかしたいと思う所存。だけど、ルーファス、私が人間のときはちょっと厳しいからなぁ。
人間モードの時間はまだそれほどなかったのに、怒られたり、注意されるのがデフォになりつつある。
嫌われてはいないと思うんだけど、狼のときはとても優しいし。言葉が通じる人間になったときのほうが、うまく仲良くできないのって、なんなんだろう。むーん。
私が人間としてのマナーとか礼節的なものには自信がないから? 親しき仲にもっていうし、距離なしだったかも。狼やってるとパーソナルスペースわかんなくなっちゃうし。人としての距離をとるように、ちょっと気を付けてみたい。
お年頃の女の子はいろいろとむつかしい。あんな美少女に叱られるの、ある意味ご褒美かもしれないけど、笑顔を向けてもらえる方がもっといいもんね。
そんな美少女がまどろむ朝に、妙に鼻先にピリピリくる気配を感じて私はむくりと頭部を持ち上げ起きた。
知らない気配が森の外からまっすぐこちらに向かってくるのがわかる。
一つは人間。そしてもう一つは、人間じゃなくて動物みたい。
距離はそれほど遠くないから、気配を探ることにした。
その一人と一体は、大きな何かと一緒にやってくる。その大きな何かはよくわからない。ごちゃごちゃしてる。食べ物の匂いもすれば、金属の気配もしている。
でもすぐ危険な感じはしない。甘い美味しそうな匂いもしていたから、多分それほど心配しなくてもいいかもしれない。
その予感は、当たった。
ガラガラと歯車の音を立ててきたのは、ロバにひかれた荷車の旅の商人だった。
人と、動物と、大きな何かは荷車だったんだね。小さいけど屋根がついていろんな商品がつみこまれている。
なんか楽しい。こういうのは初めて見たよ! 私は気分がはしゃぐままに駆け寄ろうとした。
ロバが私の姿を見るとオドオドし、さらに近づいたらホヒーホヒーとすごい声で鳴きだした。すごい苦しそうで、なんかごめん。ロバの鳴くとこ初めて見たけど、過呼吸みたいで心臓にわるい。
私は慌てて荷車から離れて、ルーファスの後ろに戻って隠れた。近づいてこないで欲しい気持ちはよく伝わってきたよ。狼としての自覚足りなくてすみません。
「くぅん」
頭を下げながらも目はキョロキョロして、オドオドしたままだけど、ロバは鳴くのをやめてくれた。でも私は近づいたらダメなやつで、残念だけど荷台は見に行けないかも。
そっと私の頭をルーファスが撫でてくれて、見ると苦笑していた。
うん、私大人しくしとくね。
行商人は少しごつい感じの男の人だった。
ごついのに、ロバが落ち着くように優しく撫でてやりながら、大げさな笑顔とよく響く声で、何かルーファスに話しかけた。
笑うと強面の顔がちょっとだけフレンドリーな雰囲気になる。商売人っぽい。ロバが鼻ずらをすりすりと寄せてるから、悪い人じゃないんだろうと勝手に思ったり。
でも、ルーファスは警戒していた。
子供だし、知らない大人は怖いよね。相手は帯剣もしている。一人旅をしてる人間が無防備なわけがないもん。
私はジッと行商人を見つめた。私がルーファスを守ってあげる。
威嚇はしてないのに、私からの視線に威圧を感じたみたいで、行商人が少し怯んだ。ロバは慄いたように今にもそこから逃げ出したそうに、その場で足踏みしてる。
行商人がルーファスに声をかけ、ルーファスが私の体に手を回して「ノイ」と言った。
威嚇しなくて大丈夫だよとか、ありがとうとかそんな感じのことを言われ、私は大人しく地面に座り込んだ。
うちのルーファスに子供だと思ってひどいことしようとしたら、いつでも飛び出しますんで、よろしくお願いしますね、って気持ちをこめた挨拶は伝わったみたい。
わかってもらえたなら、いい。私の役どころは終わり。ペタンと地面にお腹をつけるように待機モードになった。
それを見て、人間たちはほっとして、それから、ようやく何かやり取りを始めた。
「――――」
「――――」
「――――」
「――――」
「――――」
「――――」
何を話してるのか気になる。わかんないよ。狼語で話して!
お話はすんだのか行商人がうなずいた。彼は荷車に近づくと、パタンパタンと窓みたいな小さな扉をあけて、中から品物を出した。食料とか、日用品とかいろいろ。衣類もある。
やったこれで生活が潤うね。
品物が揃い、ルーファスが支払いの為に服のポケットから何かを取り出してみせた。指輪のようだった。
行商人はそれを値踏みするように細かに見た後、拒否するような仕草をした。ルーファスの顔がこわばる。
取引きがうまくいっていない感じだ。
ルーファスは、お金の代わりに指輪を差し出したけど、代金として足りなかったってことかな?
どうしよう、私はお金とか持ってないし。物々交換でいいなら、うさぎとか、鹿とか一狩りいってこようか?
なおも二人は何か交渉を続けている。
「――――」
「――――」
「――――」
「――――」
話がわからないよ。もどかしい。
ようやく男がうなずいて、ルーファスは再び、持っていた指輪を渡した。代価を払ったってことかな、取引成立した? よかったね、ルーファス。
そう思っていたら、ルーファスが私に向かってまた何か言った。
「ノイ、そこで――」
多分、待っててとか、大人しくしててとか言われたんだと思う。私にそう言い置いて、ルーファスはどこかに行ってしまった。しばらくして、馬小屋から、捕まえていた人間をつれて戻ってきた。
なんで? どうして?
と不思議に思っている私を放置し、行商人とルーファスと、それから捕まってた人間とが、なんだか納得した様子で話をしている。思わぬ展開に私だけがびっくりしてる。
え、もしかして、その人間を代価にしたの?? まさかだよね。
誰もその問いには答えてはくれず、それが正解であるかのように、男は行商人に引き取られていった。
笑顔の行商人が、フレンドリーに手を振って別れの挨拶をする。
ドナドナされていく男は怖がるでもなく冷静な視線で、私の方を見つめていた。
ガラガラとロバが荷台をひくのを見送って、ルーファスが安堵したように息をついていた。取引できてよかったと思ってるようだった。ほっと気が緩んだ横顔に、お疲れ様って言ってあげればよかったんだろうけど、私は私で絶賛混乱中だ。
買ったものと、ルーファスが支払ったものを見比べて、私は怖くなった。
食料、日用品買うのに、代価が指輪と人って。
お釣りとかはないの?
ぼったくられてないのだったら、この世界の人間の価値低すぎ。こわ。
私一人(匹)納得できないけれど、そうやって、人々は去ったのだった。
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