第25話 7月-5 俺たちは星が見たいだけなのに

 七夕が近づいてきた。相変わらず俺らはこそこそと物事を進めている。極秘ミッション、なんて男の子ならワクワクするワードだろこれ。俺らの中の男の子の部分がその響きに捕らわれている。

 俺とニックとタッキー、誰かが一人は部室に出る。他の二人が別の教室で作業を進める。本当は三人でやった方が早いのだろうけど、こればっかしは仕方がない。今日は俺が部室に顔を出す日。

 ちなみに、俺が部室に出る回数が一番多い。二人から「仕事が雑」、「単純に手先が不器用」、「もうお前部室顔出しとけ」とありがたい言葉をいただいたからだ。確かに精度が必要な作業だけどさ。俺から言わせればニックは元よりそう言った作業を趣味にしているから得意だし、タッキーも手先が器用なんだよ。俺は平均値のはずだ。

 まあ、去年の夏と冬にタッキーの作業を手伝ったときも俺はひたすら消しゴムをかけていた。ニックはトーンとかベタとか任されてたのにさ。ちなみに、今時デジタルじゃなくてアナログなのはこだわりらしい。

 俺だけが顔を出していてバレないだろうか。バレてんだろうな。だって違和感ありまくりでしょ。いつもなにもなくとも部室に顔を出していた俺ら。その中の二人がなにかしら理由をつけて出席しないのだから。それでも後輩の二人は俺らになにも聞いてこなかった。出来た後輩だ。

 それよりも今週末の天気が気になっているのかもしれない。日にちが近づくにつれて、変わらない天気予報に焦りを感じているのかもしれない。無情にも示した傘の模様。部室にも少しずつ重い空気が立ち込めていた。作ったてるてる坊主は、最早千羽鶴のようになっていた。数あると結構怖いよな。窓枠にぶら下がったそれが、こっちを見ているようでプレッシャーを感じる。顔に書かれたニコニコな表情が今一度こちらを煽り立てるように感じる。

 それにしても忙しい、石川少年への講義もしなくてはいけない。それは合間を見て部室外の場所で行っていた。恋の力は凄まじいもので、真面目にノートを取って聞いてくれる。俺にはなかった失われた青春を感じさせるようで、羨ましくも思うよ。こんなに天体の話を聞いてくれる人が珍しいもので、俺の講義にも熱が入った。普段だったら早口で語るオタクと大差ないもんな。真面目に聞いてくれる場はわりと楽しい。

 俺の胸の底にある天文マニアとしての部分が刺激されるのだ。まあ、大変なことに変わりはないけれど。

 だからこそだ、俺にとってはこの日常こそが愛おしい。後輩二人の心中とは別に、こうして部室でゆっくり出来る日は俺にとっては癒しになっていた。

 あー、コハルの淹れてくれたコーヒーは今日も旨い。もう夏のため、氷を淹れてアイスコーヒーにしてもらっている。ポットと冷蔵庫様々だな。


「もう夏だし、水出しコーヒーでも作ろうかな」

「え……、それじゃあ私の役目は終わりなんですか……」


 思わぬ角度から悲痛な声。いや、コハルや。お前さんはそんなコーヒーを淹れることにやりがいを覚えていたのかい。


「そうですよね、倉田先輩は私が淹れたコーヒーなんかより水だしコーヒーの方がいいですよね……」

「倉田先輩ひどいっす。コハルちゃんが可哀想っす!」

「お、俺はただ、コハルの負担を軽くしてやろうと……」


 だって水だしコーヒー作っておけば、あとは冷蔵庫から取り出して淹れるだけじゃん。俺でも出来るし、わざわざコハルに頼む必要もなくなるかなと。


「せっかく倉田先輩の好きな濃さ、求めているタイミングがわかってきたのに……。アイスコーヒーに最適な氷の個数まで把握してきていたのに……。それを水だしコーヒーなんかに奪われるとは……」

「コハルちゃんの勉強の成果っすよ!」

「そ、そこまで熱意を注いでくれているとは……。じゃあ水だしコーヒー作成をコハルに任せるよ」

「それならば任せてください!」


 あ、それでいいんですね、コハルさん。もう俺はなにがなんだかわからねえよ。


「倉田先輩。……七夕に天体観測出来ますよね」


 コハルが震える声で問いかけてきた。目をやると、スモモも同様の目をしている。さて、想像が出来た質問だ。しかしながら、一番して欲しくなかった質問でもある。


「日頃の行いが良ければな」

「じゃあ先輩たちがいる天文部は無理っすね!」

「おいおいおい、なんてことを言うんだ。確かにニックやタッキーの行いは悪いかもしれない。でも俺だけはまともだから……」

「いやいや、倉田先輩も大差ないですよ」


 後輩たちから虐められています。これはパワハラ的ななにかで訴えられるのではないだろうか。最近は下からのパワハラもあると聞くし。ホットライン的なのはどこに電話すればよいのだろうか。

 それにしても、気丈に振る舞ってはいても不安が隠しきれていないな。そうやって言うのも不安の裏返しでしかないのだろう。だけれども、それで少しでも何かが変わるのならば俺は喜んでピエロを演じようではないか。


「多分大丈夫だよ。なんとか”してみせる”。多分ね」


 理由も根拠もあったもんじゃない発言。無責任だと言われるかもしれない。出来もしないことを、と言われるかもしれない。

 でも、俺たちがやっている行動が最善手ではなくとも、少しでもみんなを笑顔に出来たらいい。それだけを望んでいる。

 飄々と笑う俺の姿は後輩たちの目にはどのように写っているのだろうか。大方、また適当なことを言ってた、なんて思われているかもしれない。

 三人寄れば文殊の知恵なんて言葉があるけれど、俺たちポンコツが三人集まっても出てくるのは対したものではない。でもまあ、あの天下のJAXA様の知恵を借りたのだ。少しはマシなものになっているのだとは思いたかった。


「それよりもなにを話すかはそろそろ決めたか?」

「私はやっぱり織姫と彦星の話っす。ちょっと踏み込んだところまで調べたっすよ!」

「私は星そのものについての話です。やっぱりそれが一番好きですから!」


 胸を張る後輩一同。この頑張りを無駄にしたくはないと改めて思う。晴れてくれれば全てが解決するのに。てるてる坊主よ、どうにかならならないもんかね。願いを込めてみても天気予報は無情にも雨のまま変化などなかった。

 これじゃあお天道様は見てくれないな。暗く重い空が広がっていた。

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