石神 第7話

 山田は、自室のリビングのソファに座り、ローテーブルの上に置いたスマホを見つめていた。初めて接触する相手に緊張している。綿子のことを覚えてくれていたらいいが、と懸念もしていた。そもそも、新城千花が綿子の友人であるとは限らない。


 何度も深呼吸を繰り返して、山田はスマホを手に取り、教えられた電話番号に電話をした。固定電話なので、留守にしていると連絡は付かない。留守番電話にどういう伝言を残そうか、家の人が出たらなんと言えばいいかと、ドキドキしながら考えた。


 何コール目かで、受話器が取られ、女性の声が応える。


『はい、新城です』


 山田は落ち着こうと、つばを飲んでから名前を名乗った。


『山田さん? どういうご用件です?』

「あの、十年前、そちらのお嬢さんの千花さんと同級生だった、多田綿子の弟です。実は、姉のことで千花さんと連絡が取れないか、こちらに電話をさせていただきました」


 電話口の女性が不審そうに訊ねてくる。


『はぁ、千花に? 誰からお聞きになったんですか?』

「同じ大学の後輩の新城弓美さんです」

『ああ、弓美ちゃん。弓美ちゃんのお友達なの』

「はい。偶然、千花さんが姉と同級生だと知って」

『でも』


 電話口で女性が口ごもった。


『千花は十年前に事故で亡くなってるんですけど』

「え?」


 山田はわざとらしく驚いてみせた。


「それは、失礼いたしました。姉も十年前に亡くなっていまして、当時の交友関係を聞かせてもらってるんです」

『そうですか』

「千花さんと同級生で連絡の取れそうな方はいらっしゃるんでしょうか」

『連絡が取れそうな、同級生? あのとき、立て続けにクラスの子達が亡くなったのは覚えてますけど』


 山田は驚いて聞き返す。


「立て続け?」

『ええ、千花とお友達が五人。あ、そういえば、一人だけ』

「一人だけ?」


 電話口の女性が言いにくそうにしている。


『病院に入院してるんですけど、事故で助かった女の子がいて』

「あの、名前と連絡先、ご存じですか?」


 すると、女性が口ごもった。


『まだ、病院に入院してたような。十年も前だから、連絡取れるか分からないですけど、確か、一度はがきが来てたような』


 山田は息せき切って訊ねる。


「あの! よろしければ、教えていただきたいんですけど」

『千花の遺品は取ってるので、ちょっと待っててもらえます?』


 そう言って、受話器から保留音が流れ始めた。


 手掛かりだ。山田は興奮していた。これで綿子の自殺の原因が分かる。当時のことを聞けば。綿子の友人に行き当たれば。あの無惨な姿や苦しみから、綿子を解放できるかもしれない。


 十分ほど待っていると、保留音が切れ、女性が出た。


『お待たせしてごめんなさいね。えっと、小倉総合病院に入院したらしいんだけど、名前は、友江愛ともえ あいさん。一応、携帯電話番号があるけど』

「教えて下さい」

『でも、十年前だから、まだ入院されてるか分からないですけど』

「お願いします」


 山田はメモ用紙を引き寄せると、ボールペンで友江愛の名前と小倉総合病院、携帯電話番号を書き付けた。


「ありがとうございます!」

『お役に立てたかしら。今になって、弓美ちゃんから千花の名前が出るなんて思いも寄らなかった』


 もう連絡が途絶えて十年になるのにと、寂しそうに女性は言い、電話を切った。




 次の土曜の午前中、早い時間に山田は北九州市に向かった。


 小倉総合病院の面会受付窓口で、友江愛の名前を出した。


「そんな患者さんはいません」


 素っ気なく窓口の女性に言われ、山田は肩を落とした。やはり十年も同じ病院に入院するようなことはないのだろう。


 最後の希望でもある、携帯電話番号に電話をしてみる。何コールしても誰も出なかった。落胆していると、留守番電話に切り替わる。思い切って、山田はメッセージを吹き込んだ。


「新城さんのお母さんから電話番号を聞きました。藤黄女学院に通ってた多田綿子の弟です。良かったらお電話ください」


 留守電に切り替わったと言うことはまだ生きている電話番号なのだろう。ただ、使われているかは分からない。山田はスマホをブルゾンのポケットに入れた。


 信号待ちをしていると、四車線向こう側の歩道にセーラー服の少女が立っている。


「綿ちゃん」


 綿子が姿を見せていると言うことは、答えに近いのだろうか。ただ、法則性がないので、単純に姿を見せているだけかもしれない。


 バス停に向かって歩き出す頃には、綿子の姿は消えた。


 これからどうしようと、バスに乗って小倉駅に向かっている途中、急にスマホが鳴り出した。慌てて電話に出て、声を潜める。


 相手は、『友江』と名乗った。


 山田はまだ小倉駅ではなかったが途中下車し、歩道沿いの塀に寄り添って話を続ける。


「すみません、千花さんのお母様から電話番号を教えてもらったんです」

『千花さんの。そう、でも愛は電話に出られません』


 電話口の女性の声はしわがれていて疲れ切っているようだった。


「直接話せませんか? 少しでも姉の生前のことが知りたいんです」

『申し訳ないけど、愛は話せない・・・・んです。障害が残って、自宅で療養してるんです』

「お会いするだけでも良いんです。お見舞いに伺ってもご迷惑じゃないですか?」


 山田はなんとか愛に会う為に食い下がってみた。すると、女性の声が遠ざかって、『愛、多田さんって知ってる?』と聞こえてきた。『話したい?』とも聞こえ、すぐ近くに愛がいるのだと知った。


 女性の声が大きくなる。


『愛が会ってもいいそうです』


 そうして、山田はようやく友江愛の自宅の住所を知ることが出来た。午後なら会えると聞いて、山田はいったん小倉に行き、午後になったら愛の自宅に向かうことにした。


 山田は電話を切って、ぐっと拳を握った。ようやく、綿子の死の謎に近づける。


 何故、綿子は死んだのか。何が当時あったのか。どうしても知りたかったことを、知ることが出来るのだ。


 ただ、当時、綿子の同級生が四人死んでいることが気になった。五人目の愛も重病のようだ。これらも全て綿子に関係があるのだろうか。


 ただ、今は少しでも前進できたことに、山田は浮かれていた。

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