転生投手ユキナガとAI少女ハツは野球がしたい(この未来世界では誰もやってないけどな!)

のんぴ

第1章

第1話 プロ野球選手が未来世界に転生して、無双しようかと思ったら

 夏目ユキナガが初めてキャッチボールをしたのは、彼が3歳の時だったという。


 5歳のころには、やまなりのボールではあったが、ピッチャーの投球距離にあたる18m44cm程度は届くようになった。


 ユキナガが前世でプロ野球選手だった記憶を引き継ぐ転生者であったことを差し引いても、これはかなり早い。


 彼には精神だけではなく身体的な素養もなかなかにあったといえる。


 生家の近くに大きな古いお寺があった。古い武将が静かに眠る由緒のある寺だった。


 そこで彼は子守り用AIのシバのすけと毎日キャッチボールをしていた。


 将来プロ野球選手になる。生まれた瞬間からそのことだけが彼の夢だった。


「僕はプロ野球選手だった。自分で言うのもなんだが凄い選手だった。最多勝を2回、最優秀防御率を1回とった。日本一のタイトルだけは最後まで縁がなかったが、通算で180勝近くした。WBCに出たこともある。一般人の生涯年収と同じくらいの金額を1年で稼いだ。車は一番多いときで5台持っていた。彼女は一番多いときで6人いた」


 前世以上の名選手になることを彼は望んだ。この未来の世界でもう一度。


 彼が野球選手として生きた前世と、転生したこの時代の間には数百年の開きがあった。


 シバのすけとはキャッチボールの合間にいろんな話をした。彼はユキナガの親友と呼べる存在だった。

「僕がプロ野球選手だった時、お前はいったい人生を何周しているんだよって思うような大人びた選手がたまにいた。プレーも発言も立派で僕はとても感心していたよ。でも今思えばあれってほんとうに二周目だったんだ」


「なるほど。いちいちおおっぴらにしないだけで、転生はどうやらそう珍しくない現象なんだね」


 シバのすけは感心してうなずいた。柴犬をベースにデザインされた彼はまるっこくとてもかわいい姿をしていた。人間のように二足歩行ができる彼は人間のように靴をはいていた。


「今度は僕が『あこがれるのをやめましょう』的なことをいってやるのさ」


「その意気だユキナガくん! その言葉の出典はちょっとわからないけども」


 未来世界はユキナガがイメージしていたそれとは何か違うような気がした。進化している部分もあるが、逆行して見える部分もあって不思議だったが、彼にとってたいした問題ではなく、野球ができるならばそれでよかった。



 毎日毎日、ユキナガとシバのすけはお寺に向かう。

 この世界でのユキナガの両親はいつもにこにこ笑って彼らを見守っていた。


「いってらっしゃいユキナガ。ごはんまでには帰るのよ」

「仲良しだね。本当の兄弟みたいだ」


 少年ユキナガの体はまだ小さいから、無理はできない。グローブも大人用しかなかったからまだ大きくて使いづらい。しかし正しいフォームは脳が覚えている。


 新しく若い肉体を少しずつ焦らずに鍛えていった。


 ボールが消耗して使い続けることが難しくなると、ユキナガとシバのすけは家の裏にある大きな蔵へと向かった。


 蔵の中には古い道具が大量に保管されていた。中に入ると薄暗くてかび臭い。かなり大きく、たくさんの背の高い木棚が並んでいて、そこには様々なものが飾られていた。


 ユキナガの生家は代々続く古物屋だった。といってもそれで生計を立てているというよりは道楽の延長のようだったが、ここに並ぶ品物を求めて遠方からやってくる者がたまにいた。


 ユキナガのグローブもシバのすけのキャッチャーミットここで見つけた。


 キャッチャーミットは青くて、22という数字が刺繍されていた。かつて誰かの背番号だったのだと思う。


 ピッチング練習は続く。

「ユキナガくんナイスボール!」


 シバのすけはボールをユキナガに投げ返す。彼の肩の構造はボールを投げるようにはできていない。下手でころころとボールを返す。

 

 ユキナガはボールを拾い上げて、手で土を払ってから、次の投球をする。手間だがこれは仕方ない。



 シバのすけは青いキャッチャーミットを右手でポン、ポンと叩く。


「さあもう一球」


 柴犬型二足歩行AIがキャッチャーミットを使いこなす姿はとても奇妙なものだったが、彼はユキナガにとっての唯一の理解者、唯一のキャッチャーだった。


「ねえシバのすけ。ぼくWBCにも出たんだよ。あ、わからないよね。野球の世界大会さ。日本代表の一員としてその大会に出ることはものすごく名誉なことだった」


「名選手だったんだねユキナガくんは」

「自分でいうのもなんだけどレジェンド」


 前世の少年時代は、トレーニング方法が今思えば悲しいくらいに低レベルだった。それにちゃんとしたコーチなどまわりに一人としていなかった。だから、体に悪いわりには技術習得の効率も悪い、ひどいトレーニングをひたすらこなした。ユキナガが大きなけがをしなかったのはただの運だ。


 今度は違う。前世のユキナガは現役引退後、時間をかけて様々なことを学び、当代最高の理論派コーチと呼ばれるに至った。その記憶を駆使して、幼少期から肉体を鍛え上げる。


 この夏目ユキナガの体は、前世の同じ年ごろと比べるとちょっと小さいかもしれない。でもきっとこれから大きくなる。鍛えて育てる方法を自分は知っている。


 だからきっとなれる。前世以上のすごいプロ野球選手に。


 ユキナガの目の前に広がる未来は光輝いて見えた。


 しかし、歴史の結末を知るものがそれを軽々しく語ることは傲慢かもしれないが、夏目ユキナガがこの世界で野球選手になることはなかった。

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