第10話 争奪戦開幕

 朝から続く小降りの雨が昨夜の血を洗い流す。


 哲平たちは山の麓の小屋に身を潜めていた。

「静かだな」

「今日は奴らも動かないよ。"奴ら"はね」

 野村は腹を掻いて伸びをする。

「やっぱりもう、他の勢力も来てるのか?」

「ああ、斎藤がいたってことはそういうことだろうな」


 ドンドンッ


 玄関の扉が叩かれた。

「俺だ」

 声を聞いて野村が戸を開くと、煙草を咥えた桐野が不機嫌に立っていた。

「ムカつく雨だ」

「お前は元々雨男なんだよ」

 確かに、桐野が中に入ると雨は弱まってきた。


 靴を脱ぎながら桐野は中を見渡す。

「あいつらか?」

「ああ、そうだよ」

 桐野は二人の前に腰を据える。 

「悪い、名前もまだ聞けてないんだ。

 教えてくれ」

 哲平と島はそれぞれ名乗る。

「俺はISF副長、桐野だ。

 ボスには後日会わせる」

 見たところ桐野は哲平たちと同い年くらいといったところか。

 威圧感こそないが、得体の知れない不気味さに背筋が凍る。

 意を決して島が身を乗り出した。

「あんたらと手を組むって話だが、もう少し詳しく聞かせてくれ。

 俺たちはVRCを乗っ取って、世界統一を最終ゴールにしている。つまりあんたらの国も無くそうってことだ。

 それでもいいのか?」

「問題はあるが、俺たちもそれが狙いだ」

 桐野は煙草に火を着ける。

「俺たち、ISFについて説明しておこう。

 近年ヤマト国では、政府と王室の対立が表面化してきている。

 ISFは王室の機関、斎藤たちは政府の軍だな。

 今や政府は飛ぶ鳥を落とす勢い。集団指導体制から一党独裁へと舵を切っているのは知ってるな?」

 二人は頷く。

「戦争を起こす気じゃないかってニュースでも騒いでるな」

 哲平はこういう国際情勢にだけは詳しい。

「それを王族一家も懸念している。政府はVR覇権も獲って、ヤマト国を中心とした新しい国際秩序の構築を狙ってる。

 王室から俺たちへの指令はこうだ。

 ヤマト国政府、他の国よりも先に、民間主導でVR国際体制を作れと」

「そんなことしたらあんたらの国も王室も無くなるぞ?」

「それが問題なんだが、王室もボスもそれでいいと言っている」

 桐野は納得がいっていないらしい。

 

「ところで、そっちの女は?」

 隅で踞っている明里が顔を上げる。

「ああ、彼女の友達がユートピアに残ったんだ」

「自分で残ったんだろ?

 助けには行かねぇぞ」

「わかってるわ。邪魔はしない」


 また雨音が強くなってきた。


「俺たちは何でまだここにいるんだ?」

 哲平が当然の疑問をぶつけた。

 この小屋はユートピアの目と鼻の先である。

「何の基盤も持ってないお前らが、どうやってVRCを乗っ取るつもりだ?」

「そりゃあ…」

 哲平には計画性というものが欠けている。

 代わって島が口を開いた。

「まずユートピアを乗っ取るんだな?」

「そういうことだ。村重のデータを奪う」

 二人は頷く。

「作戦は明後日決行だ。お前たちはとにかくついてきたらいい。

 質問は?」

「いや、ない」

 島は首を横に振る。

 一方で前に出てきた哲平。

「関係ないがいいか?」

「なんだ?」

「この女を知らないか?」

 哲平はまた晴香の写真を出す。

 その真剣な表情を島は黙って見守る。

「その女なら、前に見た」 


「えっ…?」


 聞いておいて哲平は予想外という反応。


「教えてもいいが、誰なんだ?」

「え?いや…個人の問題で…」

 哲平はバツが悪そうに俯く。

「ん?あぁ、そういうことか。

 先月の話だがな。

 その女なら、斎藤が組んでる仮想国の幹部と一緒にいた」 

「どんな男だ!?」

「ほら、こいつ」

 桐野はスマホで写真をかざす。 


「そう!こいつだ!」


 あの駅、晴香の後ろ姿が脳裏に蘇る。

 人混みの中から年配の男が現れ、晴香は男の元ヘ駆け寄った。

 あの夜の男。


「まあVRCを狙うなら、こいつもそのうち会うことになるだろう。

 敵としてな」

 そこまで言うと桐野は外の様子を見に出ていった。


「なあ、野村よ」

 島の声に、耳をほじっていた野村が手を止める。

「あいつ…仲間殺しって、本当なのか?」

 野村はため息をついて近寄ってくると、小声で話し始めた。

「桐野は昔、斎藤と傭兵部隊を立ち上げた。そこに俺も参加したんだが…。

 その部隊がISFとして公式機関になるとき、あいつは組織強化を強行して、邪魔になる隊員を全員殺した。

 それまで任務で組んでた女も」

「女も?」

 驚いてみせたものの、さっきのあの男ならやりかねない。

「俺はあの二人はできてるもんだと思ってたんだけどなぁ」

 哲平と島は顔を見合わせる。

 あの男に恋愛感情などあるのか。 

「ま、お前たちも気をつけな。

 あいつは目的のためなら何だってやる。

 あいつにとって俺たちは、目的のための道具にすぎないってことを忘れるな」

 野村の声に感情はこもってなかった。

 

 シンと静まり返った空気は、外の騒音で破られた。

 雨足が強まった…それだけじゃない。

「もう来たか…!」

 野村は顔をしかめると外へ飛び出した。

「何だ!何が来た?」

 後を追って出てきた哲平は、空を見上げて固唾を飲んだ。


 薄暗い雨雲の下を、3の軍用ヘリが飛び去っていく。


 哲平は自らの足の震えに気づいた。

 ほんとうに、戦争の時代が幕を開けたのだ。

 

 覚悟はしていたつもりだった。


 死が、こちらに目を向けようとしている。

 いや、己の死から来る恐怖ではない。

 言い様のない、全てが崩れていく恐怖…。


「何なんだ?あのヘリは」


 島は冷静だ。いや、ギリギリで冷静さを保っているようにも見える。


「機体の字を見てみろ」

 真っ黒な機体には、白く"UN"の文字。

「国連か!?」

「奴らが来る。 

 世界中が人質を取られてる」

「人質なら昨日救出してたろ?」

「そうじゃない。見てみろよ」

 桐野が差し出したスマホの中では、燃え上がるメサイ国首都のビル。

「どうなってんだ…これ…。

 俺の街だ…!」

「昨晩メサイ国軍は、人質奪還チームの編成を発表した。

 それに対するユートピアの報復がこれだ。

 今やユートピア国民は世界中にいる。他の仮想国民も。

 誰がテロリストかなんて、どうやって見分けをつける?」

 哲平は家族のこと、故郷のことで頭がいっぱいだった。

「ああ、安心しろ。これはVRだ」

「は?」

「警告だよ。奴らの。

 だがこれが土地に縛られた国の弱みだ。

 仮想国にリアル国は攻撃できない。攻撃目標は自国民になるからな」

「それで国連軍の登場か」


 戦争は、嫌だ。

 だからユートピアも、VR国際体制を夢見た。

 でも仮想国を現実の理想世界にしようと思えば、避けられない衝突なのか?


 するとスマホの画面が変わった。

 緊急中継。

「なんだ?テレビの受信はしてないぞ?」

 となると…

「サイバー攻撃か」

「どこから?」

「まあ見てみりゃわかるだろ」


 映し出されたのは、どうやら国連議会。

 どの国も熱くなって収拾がつかなくなっている。

「このまま仮想国を野放しにしては安全保障の脅威だ!今一掃せねば!」

「そのためには自国民の犠牲も仕方ないと?

 国連軍といえどリアル国の集まりだ。危険性に変わりはない」

「そもそも国連軍の中心はおたくの国だ。どさくさに紛れて仮想世界の覇権も握るつもりじゃないのか?」


「じゃあ仮想国に対抗できるのは、管理者であるVRCでは?」


 その一言で場がシンと静まりかえった。

「その話が出ると思って、"彼"は呼んである」

 議長の合図で、議長席の前にホログラムが浮かび上がる。


 杉原だ。


「皆さんのおっしゃる通り、VRCなら対抗手段はある。

 だが、国連に力は貸さない」

 再び場が紛糾する。

「どういうつもりだ!」

「VRCは理想郷だ。

 それが国連の管理下に入ってしまえば、結局は国家間の争いに巻き込まれてしまう。

 VR世界に現実の国家を持ち込まないでいただきたい」

 杉原は中央へ進み出る。

「皆がVRCを欲しがっているのはわかっている。

 よって今この場から、VRC争奪戦の始まりを宣言する!」


「は?マジで言ってんのか?」

 島も、野村も、桐野でさえも、動揺を隠せない。

 哲平は画面を見つめて固まる。

 鼓動だけが、激しく、暴れだす。


 中央に立った杉原は大きく息を吸った。

「最初に私のもとへたどり着き、私が認めた者に、VRCの管理権限を与える!

 願わくば、国連に私が始末される前に、どこかの国に乗っ取られる前に現れてくれ」


 荒れる議場を映して、中継は終了した。

 桐野は息を荒らしてスマホをしまう。 

「作戦は明日に変更だ」

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