第36話 従者デフォート

「氷の魔石を聖剣に貼りつけるなんて、なんだかばちが当たりそうですね」


 ホテルの床で作業する俺を眺めながら、雪村さんがポツリとこぼした。とろけたような目を向けているのは、眠気をこらえているからだろう。彼が読んでいた本も、三十分ほど前から表紙が閉じられている。しおりの代わりなのか、間から懐中時計のチェーンが伸びている。


 俺はあくびをかみ殺して答えた。


「ゲームを終わらせられるなら、多少の罰くらい受け入れるよ」


 用務員さんとの交渉の末、俺は旅の資金四分の一と引き換えに、氷の魔石を十個借りることができた。用務員さんは「学園の備品を無断で貸すのだから代金はもらう」と言って譲らなかった。魔石貸出記録の用紙も書かされた。学園名を二重線で消して用務員さんのサインが書かれた用紙の控えは、俺のポケットに入っている。


 なんだか犯罪の証拠を残しているだけの気がするが、半分でも相手は妖精なのだ。返却時に数が合わないという理由でもめたくなかった。


 俺は聖剣を振って刃に貼った袋が落ちてこないか確かめた。小さな袋の口についたひもが、剣の動きに合わせて左右に揺れる。剣を床に置き、魔石を袋にひとつずつ詰めていく。


 袋の口を閉め、ひもをきつく縛る。これで対魔王用氷の聖剣が完成した。小さくても魔石の効力は強い。実家のパン屋にある冷蔵ケースは、魔石ひとつで充分な冷気を保つことが出来る。必殺とはいかなくても、致命傷ぐらいなら与えられるはずだ。


 鞘代りの布を巻き付け、俺は剣を壁に立てかけた。


「そろそろ日付が変わりますね」


 懐中時計のねじを巻きながら雪村さんが言う。俺は広げていた道具類を片付け、雪村さんのベッドに置いた真新しい上着を羽織った。ボタンを留めて襟元を正せば、どこから見ても従者のデフォートくんである。


 氷魔法に代わる手段を手に入れ、俺たちは当初の計画通りに冬休みの魔王討伐を決行した。終業式の欠席は、雪村さんが貴族的理由をでっちあげて許可された。俺は彼の従者という立場で認めてもらった。従者禁止の規則は、あくまでも学園内限定なのだ。


 学園から北に移動し、日が暮れる前に俺たちは貴族御用達のホテルへ入った。従者用の部屋がついたホテルは値が張るが、理由を偽っての外泊だ。雪村さんの身分を隠して安宿に泊まるのは危険が大きいと判断した。


 息子の行動を知ればコールドコースト子爵はいい顔をしないだろうし、学園に苦情を入れようものなら計画が破綻する恐れがあった。


 余計な詮索をされぬよう俺と雪村さんは、妖精界に入るまで従者と主人のふりをするつもりだ。新しい上着はそのための衣装である。コートを着るから不要だと思うのだが、念には念を入れた。校章つきの制服は、貰い物のためサイズが合っていない。従者がみすぼらしい恰好をしていると、主人の質が問われてしまうのだ。


 シャツとズボンは制服を着用し、出費を最小限に抑えたが、雪村さんが選んだだけあって良質な上着だ。旅が終わっても何かと重宝するだろう。


「覚悟はできてる?」


「ええ、まあ。そちらもクラウスが出現したら、よろしくお願いしますね」


 日付が変われば十二月のシーズンイベントが始まる。内容は冬至のプレゼント交換だ。デフォートがプレゼントを攻略対象者に渡せばスチルが、冬の妖精に渡せば報酬の魔素酔い薬が手に入る。


 雪村さんと話し合い、彼がクラウス化したらすぐにプレゼントを渡すことにした。入学式の時のようにシナリオ外の行動をとっているため、雪村さんのままである可能性もあるが、どうなるかはイベントが始まらないとわからない。どのみちクラウスを妖精界に連れて行くのは至難の業だろう。


 俺は最速でイベントを終わらせるつもりだった。


 懐中時計の針が十二時を指した。


 俺はポケットから取り出したプレゼントの包みを握りしめ、息を止めて彼を見守った。彼が俺に気づくと、緊張で白くなっていた肌がもとに戻った。


「デフォートくん?」


 俺はクラウスに包みを差し出した。


「これ冬至のプレゼント」


「ありがとう。開けてもいいかい?」


「うん」


 穴だらけのシナリオには、プレゼントの中身が指定されていなかった。俺は魔石を入れる袋を探すついでに、雑貨屋でプレゼントを購入した。


 本当は雪村さんに渡したかったが、彼の手に渡るのだから同じことだろう。包みを解くクラウスの顔に笑みが広がり、彼は動きを止めた。


 俺は大きく息を吐き出した。できればクラウスと会うのは、これが最後にしたいものだ。


「メリークリスマス、雪村さん」


 キラキラの中に主人を残し、従者の俺は小部屋に引き下がった。プレゼントの栞は、さっそく役に立ってくれるだろう。




 翌日は朝からバスに乗り込み、俺たちは国の北端を目指していた。妖精界には学園の森にあるポータルからも行けるが、生徒の使用は禁止だった。


 乗り継ぎまでの時間が空いた町で、旅に必要な物資を買いそろえる。豪雪地帯のルクスブライト領はバスが遅れることが多く、なかなか進まなかった。


「食料はそろいましたね。あとはランタンを見に行きます」


 律義に書き出したチェックリストを見ながら雪村さんが言う。魔界はもちろん、妖精界でも食料の調達に苦労するはずだ。俺たちは予定よりも多めに、三週間分の保存食を用意した。衣類を最小限に抑えたが、季節は冬である。荷物はリュックと肩掛け鞄がふたつにまで増えていた。


 主人に重たいものを持たせるわけにもいかず、俺は荷物に押しつぶされそうになりながら、雪村さんについていった。


 危険値に達した好感度を、雪村さんは見事に抑え込んでいた。時折、心配そうな視線を感じるが、彼は決して手を貸そうとしなかった。俺はリュックに入れた聖剣に背中を突かれながら、店主に話しかける雪村さんの隣に並んだ。


「ランタンをふたつください」


「あ、雪……クラウス様。差し出がましいようですが、ひとつで充分にございます。わたくしには御身が輝いて見えるので」


 俺の目には雪村さんが光って見える。そう伝えたつもりだったが、言い方が悪かったようだ。雪村さんから光の粒が零れ落ち、不用意に好感度を上げてしまったことを知った。


「……ひとつでお願いします」


 シーズンイベントで雪村さんの好感度を上げたのは、失敗だったかもしれない。以前に比べると好感度が上がりやすく、この調子では今日の上限に達してしまいそうだった。赤面しながら会計を済ませる彼を見て、俺は唇をかんだ。


 丸く膨らんだリュックにランタンをひとつ括りつけ、俺たちは北端に向かうバスに乗った。このバスを降りたら、後は歩いて妖精界を目指す。車内は従者が座れるほどすいていたが、主人と席を離すのが難しかった。




 俺は隣から目をそらし、反対側の車窓に見える雪景色をひたすら眺めていた。

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