第20話 賭けと対価

 背中の羽では考えられないほどの速度で、ミィが飛んでくる。


『デフォート、サマンサに貸しを作っちゃだめ!』


『どうして?』


『え~と、とにかくだめなの!』


 俺の耳元で叫びながら、ミィは器用に空中で地団太を踏む。サマンサが身を引いて、ミィと姉たちを交互に一瞥した。どこから出したのか、手には扇子が握られている。


『三つ子ちゃんとお知り合い?』


『はい。学園の森で仲良くなりました』


 迷子にさせられました、とは言わないでおく。サマンサが何かつぶやいたが、かざした扇子に遮られて聞こえなかった。


「妖精との取引に対価が必要なのは知っているわね?」


「ええ」


 ミィがどこまで会話を理解していたか不明だが、「貸し」という単語ひとつで飛んできたとなると、対価としてはとてつもなく大きなものなのだろう。


「ちなみに、貸しとは具体的にどいういものなんですか?」


「貸しは、貸しよ」


 それ以上は答えず、サマンサは扇で口元を隠したまま俺の返答を待っている。対価の変更はしない、ということか。


 賭けに乗っても乗らなくても通行書は手に入る。俺にとって避けるべきは、賭けに負けることだけだ。俺は頭の中で素早く計画を立てた。


「では、俺に有利な条件で賭けを行いましょう。対価の不足分を勝率に変換する……これなら公平ではありませんか?」


 俺にとって永年利用の通行書は、サマンサが考えている以上の価値があるが、それを悟られると不利になる。


「アラ、賭けに乗るつもり?」


「要は負けなければいい話ですから」


 俺はなるべく冷静な態度を装って、肩をすくめた。


「いいわ。何で勝負するか、アナタに決めさせてあげる」


 俺は横に浮かぶミィを手のひらに載せ、サマンサへと差し出した。ミィは話が分からず、不安な表情を見せている。


「でしたら、三姉妹の中から彼女を探す、というのはどうでしょうか?」


 サマンサはしばらくミィを見つめた後、言った。


「服は着替えてもらうわよ。それから態度や表情に出ないよう魔法をかけるわ。それでいいかしら?」


「もちろんです」


「決まりね」


 扇子が閉じられ、サマンサの顔があらわになる。その口元に浮かべられた笑みに、俺は少しだけ不安を覚えた。


 三姉妹が準備をする間、サマンサがあたらめて生徒たちに向け、賭けのルールを説明した。静まり返っていた会場の活気が戻ってくる。祭らしい高揚感に包まれる中、俺は最前列にいた魔法科の三年生に呼び止められた。


「おい、一年。勝算はあるのか?」


 心配そうな様子を見るに、彼には妖精界の知識があるようだ。俺は身をかがめ、小声で答える。


「大丈夫っす。見分け方は教えてもらっているんで」


「ならいいが、祭の余興に人生を賭けるなんて二度とするなよ」


「了解です」


 先輩に礼を言って立ち上がる。サマンサと視線が合うと、彼は口の端をわずかに釣り上げた。


「さあ、準備ができたようよ」


 壇上に三姉妹が戻ってきた瞬間、俺はサマンサにしてやられたことを悟った。


 三人はシンプルな黒いワンピースを身に着けていた。同じ色の服を着ることは想定内だが、全く同じデザインだとは思わなかった。服には一切の装飾がなく、ミィに教えてもらった見分け方は通用しない。


「じっくりと見て決めてちょうだいね」


 サマンサの余裕あるセリフが忌々しい。俺は冷や汗を流しながら、目の高さに浮かぶ三人をじっくりと観察した。魔法をかけられているため、近付いても彼女たちはなんの反応も示さなかった。


 確率は三分の一。対価の不足分を勝率に変換する、というルールに反しているが、承諾した以上、何を言っても無駄である。

 妖精に詳しい人なら何か抜け道を知っているかもしれないが、あいにく今はシーズンイベント中だ。雪村さんや半分妖精のエリス先生はゲームの支配下にある。話しかけても、通行書の話しかしないだろう。


 ほかに誰かいないだろうか。あたりを見回し、ふと用務員さんに借りたワゴンが目に入った。


「あっ……」


 制服は二年生が生活魔法できれいにしてくれる。魔法での洗濯の利点は、ポケットの中身を出さなくていいことだ。俺はそっと左ポケットに手を忍ばせ、好感度チェッカーを握りしめた。


「彼女たちと握手してもいいですか?」


「どうぞ」


 そんなことで魔法は解けないわよ、と言わんばかりにサマンサが微笑む。俺は指を差し出し、一人ずつ小さな手に触れた。


 真ん中の子だけ熱かった。


「わかりました」


 俺は永年利用の通行書を手に入れた。




 サマンサの機嫌を損ねたのか、退場時は妖精に運んでもらえなかった。俺は上級生たちに声を掛けられながら石段を上る。席に着く途中、そっと袖をつかまれた。


「無茶をしますね」


 クラウスではなく、雪村さんだろう。俺が通行書を手に入れたことでシーズンイベントが終了したようだ。


「まあ、隠しアイテムを手に入れていたから」


 ギリギリまで思い出せなかったことは隠しておく。俺がポケットから出した好感度チェッカーを見て、雪村さんは片眉を上げた。


「覚えがないです」


「シナリオには関係がないからじゃない?」


 次の行程が始まるのか、会場内の灯りが消えた。俺は雪村さんとの会話を切り上げ、彼の隣に座った。


「いよいよ夏のお出ましよ」


 ひとりランタンの灯りに照らされたサマンサは、あいかわらずチャイナドレスを身に着けている。


「ねぇ、雪村さん、何でチャイ……」


「静かに」


 サマンサが両手を広げると、それぞれが会場内に持ち込んだギフトから、いくつもの小さな光の玉が浮かびあがった。ひとつひとつ色の異なる光がふわふわと漂う様子は幻想的で、会場内の誰もが感嘆をもらしていた。


 サマンサが手を翻す動きに合わせ、小さな光は舞台の中心へと集まっていく。やがて大きな白い光の玉となったそれを、サマンサは背後の大木の中へと移した。すると、それまで淡い光を放っていた灯りが一斉に輝き出した。


 会場全体がまるで昼間のように明るくなり、俺は驚いて雪村さんと顔を見合わせた。


 空を飛び交う妖精たちが、あたたかな風を運んでくる。




 夏が始まった。

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