第17話 シナリオにないエピソード

 お土産のパンと焼き菓子をどっさり持たされ、ブレク先生に護衛されながら俺たちは学園へと帰ってきた。当初の目的は達成できなかったが、リュカくんも元気を取り戻してくれたようだった。貴族として感情を押し殺すのが上手なだけかもしれないが。

 ブレク先生にお礼を言って別れ、俺たちは寮の談話室でお土産を配った。いつも腹を空かせている若者の集団だけあり、パンは大好評だった。

 同室の子が言う。

「む、このパン……デイジーさんがいる店のじゃないか!」

「どうして姉さんの名前を知っているのかな?」

「なぬっ、『姉さん』だと!」

「あれお前んちだったのか!」

「頼む、デフォート! 俺にお姉さんを紹介してくれ!」

「抜け駆け禁止だぞ」

「僕も!」

 パンから一転、彼らの関心が姉さんに向かう。ティーンエイジャーめ。

 俺は乾いた笑いと低い声で場をしらけさせてやった。

「あはは……五年早い」

「……妙に具体的な数字を出すなよ」

「ここは百年とか言っといてくれ……」

 ひとりだけ「五年か」と本気の声色があったが、誰だかわからない。みんなの意識がパンに戻ったところで、俺は壁際にいた雪村さんを捕まえた。

「ヨーゼフの反応は、シナリオ通りなのか?」

 どうにもわからない、と雪村さんは言う。

 ヨーゼフはチュートリアルガイドとして用意されていたキャラクターだったが、作品の雰囲気とそぐわなかったため不採用となったそうだ。設定はなくなりキャラクターだけが残った結果、俺の家に住み着くという状況が生まれたのかもしれない。

 リュカくんが妖精から嫌われる理由も、ヨーゼフの話と食い違う。むしろ、スプリラとのことでルクスブライト家が嫌われているように思える。

 パンの甘い香りと笑い声に包まれた談話室を、俺はぼんやりと眺めた。

 リュカくんにヨーゼフの言葉を伝えると、彼は「ぜひうかがわせていただきます」と言ってくれた。今はアルテミスくんにクロワッサンを勧めている。

 ふたりのまぶしい光景から目をそらし、俺はヨーゼフが語ってくれた話を雪村さんに聞かせた。


「知られざる悲恋の物語か。シシガミさんらしい……」

「シシガミさん?」

「僕をゲーム制作に誘ってくれた先輩です。ライオンの『獅子』にゴッドの『神』と書いて獅子神」

 独特な説明の仕方だ。獅子舞の「獅子」に神様の「神」でいい気がするが。

 このゲームはもともと獅子神さんがプロデューサー業と兼務しながらシナリオを書いていたそうだ。『知られざる悲恋の物語』は、プロデューサーに専念する前に没となったものだろう、と雪村さんは推測する。

「ゲームの裏をかく突破口かと思ったんだけどなー」

「物語を追いかけても、途中で行き詰まるでしょう。ですが、没になった設定や物語がこの世界に反映している、というのは有益な情報といえます」

 中には魔王討伐に役立つ没設定もあるはずだ。雪村さんには頑張って思い出してもらおう。

「そういえば雪村さんの確認したいこと、って何だったの?」

「パンです。ミニゲーム要素としてパン屋でのアルバイトがありまして。デフォートの場合は実家の手伝いですが。アルバイトをしていくと店に並ぶパンの種類が増え、それによって経験値が上がるんです」

「なんだ。パン業界を席巻するべく異世界転生したわけじゃなかったのか」

 俺の漠然としたパンの説明を、父さんと姉さんは見事にかなえてくれた。経営面の知識を身に着けるべきか、と本気で考えていたほどだ。

「ほとんどの種類がそろっていましたが、カレーパンはありませんでしたね。お嫌いですか?」

 小首をかしげる雪村さんを、俺は園児と向き合う保育士の気分で見つめた。

「カレーパンを作るためにはカレーが必要だろ? カレーがあるなら米がほしくなるじゃないか」

「……納得しました」

 求む、米。

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