第15話 地元のパン屋です

 雪村さんにリュカくんとの顛末を話すと、彼も一緒に来ることとなった。なんでもパン屋で確かめたいことがあるそうだ。攻略対象者はふたりきりの時よりも、複数人でいたほうが好感度が上がりにくい。俺としても雪村さんの同行はありがたかった。


「――というわけで、ブレク先生が護衛してくれるってさ」


 週末、俺は雪村さんとリュカくんにブレク先生が護衛につくことを伝えた。




 リュカくんの了承を得て、三人分の外出届を出しに行くと、担任のスコーラ先生がいなかった。


 代わりにいたブレク先生に用紙を渡すと、


「身分を気にしなくてよいのは、学園内だけだぞ」


 と先生から叱られてしまった。


 学園を出たら、雪村さんもリュカくんもクラスメイトではなく貴族だ。特にリュカくんは、ルクスブライト公爵子息である。知名度も高く、身代金目的の誘拐など、あらゆる危険性があり護衛が必要なのだそうだ。


 急に護衛と言われても、庶民の俺に伝手はない。雪村さんになんとかしてもらおう、と思っていたら、ブレク先生が自ら護衛役を申しててくれたのだ。しかも無報酬で。ただより怖いものはないが「久々に緊張感のある状況を味わいたいだけだ」とブレク先生は笑った。


 下町のパン屋までの道に、元騎士を満足させるだけの危険性は皆無だと思うのだが……。




「バーティミアス家の英傑えいけつとうたわれたブレク先生に護衛していただけるなんて光栄です」


 リュカくんは両手を合わせながら嬉しそうに言う。公爵子息だけあり、護衛がつくことにも、それが先生だということにも異論はないようだ。リュカくんに服装をほめられ、ブレク先生は照れた様子で黒いコートの裾を正している。まぶしい光景だ。


「バーティミアス家の英傑、ね」


 俺はといえば、横目で雪村さんを見てしまう。いかにも設定を思わせる大仰な二つ名である。


「僕の命名ではありませんから」


「ふーん」


 雪村さんはブレク先生のことをボブと書いていた人だ。信じていいだろう。


 ブレク先生が手にしていた帽子をかぶった。精悍な顔立ちが、ひさしの作る影によって凛々しく際立つ。


「先に忠告しておくが、校門を出たら俺は先生じゃなくて、ただの護衛だ。最優先はリュカで、次がクラウス。デフォート、お前は何かあったら走って逃げろ。お前までは守れない」


「了解っす」


 案内役の俺を先頭に、雪村さん、リュカくん、先生の順で歩き出す。

 店は表通りから二ブロックほど離れた路地にある。なだらかな坂を下り、途中に見える鮮やかな黄色い日よけが目印だ。町や俺の家族についての話をしながら、何事もなく実家に到着した。


 パン屋の扉に準備中の札が下がっていた。友達を連れていくことは伝えてある。休業中なら分からないでもないが、準備中とはどういうことだろうか。


 大きなショーウィンドウから中を覗いても、室内が暗くてよく見えない。俺は三人を置いて店に入った。


「ごめんなさい、まだ……あら、デフォート。おかえりなさい」


「ただいま、母さん。どうかしたの?」


 母さんはカウンターを拭いていた手を止め、小さく肩をすくめた。


「魔石切れで開店が遅れてるの。今月は大口の注文が多くて、足りなくなってしまったのよ」


 そこに姉のデイジーが入ってくる。彼女は厨房を出禁になることもなく、店の跡継ぎとして腕を磨いている最中だ。


「母さん、粗熱が取れたから具を挟んどいたわ。ほかのパンももう少しで焼きあがるから」


 トレーを置いたところで俺に気づく。


「デフォート! おかえりなさい!」


「ただいま、姉さん。魔石は足りるの?」


「ついさっき魔石屋さんが来てくれたから大丈夫よ」


 この世界に流通している魔石のほとんどは、国の西側にあるディングタウンでしか採石できない貴重なものだ。本来ならば俺たち庶民が手にできるものではないが、魔石には充電池のように魔力を込めれば繰り返し使えるという特性がある。魔石に特殊な魔法を施し、店や一般家庭に安い値段で貸し出しているのが魔石屋さんだ。


「会いたかったな」


 魔石屋さんは魔力のなくなった魔石を新しいものに交換するため、定期的に各地を回っている。彼らの魔石にはロックがかかっており、鍵を持たない者には魔力を込めることができないのだ。


 店に来る魔石屋のマーサさんは、熊のように大きく、豪快な笑い方が見ていて気持ちのいい女性だ。各地を旅するだけあって知識が豊富で、話好きな一面も持ち合わせている。彼女が来るなら、もっと早く学園を出ればよかった。


 パンを並べながら姉さんが言う。


「アンタが提案した魔力残量表示、完成したそうよ。お礼を息子に預けたから、って」


 マーサさんのパートナーは、ディングタウンの魔石改良部門に勤めている。アイデアを求められた俺は、魔力の残量表示を提案した。


 パン窯には魔石を六個必要とするが、ひとつだけ途中で魔力切れを起こし、パンに焼きムラができてしまうということが多くあったのだ。


「息子って?」


「用務員として学園で働いているそうよ」


「へぇ……新しい魔石を見せてよ。どんなの?」


「デフォートったら。お友達を待たせているのでしょう?」


 母さんにたしなめられ、俺はあわてて三人を迎えに行った。


「先に安全の確認をさせてもらう」


 護衛役に徹しているブレク先生は、そう言って店内の安全確認を始めた。俺は目を回してため息をついた後、母さんと姉さんに先生を紹介した。


「騎士科のブレク・ウインタータウン先生。今は護衛中だから、もてなしは不要だって」


「息子がいつもお世話になっております」


 と、頭を下げる母さん。先生の迫力に気圧されたのか、姉さんは俺の背に隠れている。


「こんなに立派な護衛がつくアンタの友達って、まさか……」


「子爵と……公爵子息」


「先に知らせなさいよっ!」


 ポカポカと背中をたたかれているうちに、ブレク先生の確認作業が終わった。

 雪村さんとリュカくんが入店する。


「本日はお招きくださり誠に光栄です。ご子息の学友という立場での訪問ですので、お気遣いなさいませんよう、よろしくお願い申し上げます」


 リュカくんは深々とお辞儀をした。後ろに立つ雪村さんも、それにならう。


「あ……はい……」


 姉さんのしおらしい声を聞いたのは、今日が初めてだった。

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