第13話 六月一日

 六月に入り、いよいよシーズンイベントが始まった。俺は寮の部屋で同室の子たちと立ち尽くしながら、前日の雪村さんの警告をかみしめる。これはなかなか大変な月になりそうだ。


「優勝者はデフォートで決まりなんじゃない?」


「やる気うせるなぁ」


「でもこの数をもらうのよりマシでしょう」


「確かに。うなされていたもんな……」


 なんだかんだと言われつつ、最終的には同情されてしまった。


 キャラクターイベントとは違い、シーズンイベントの発生を避けることはできない。


 六月のシーズンイベントは夏至祭げしまつり。まず六月一日から夏至までの間、妖精たちは自分が気に入った相手へ祝福を込めたギフトを贈る。生徒たちはこのギフトを集め、その数を競う。ギフトは夏至の当日に開かれるセレモニーで夏の妖精に献上されるが、一番多く集めた優秀者には妖精界への通行書が手渡される。


 俺は主人公の特権によりギフトが簡単に集まるという。昨日、雪村さんに「日付が変わったとたん、妖精たちが押し寄せるかもしれません」と言われたのもうなずける。眠りを妨げられることはなかったが、俺のもとに次々と妖精たちがギフトを置いていったようだ。


「おい、デフォート。食堂で木箱をもらってきたぜ」


 この部屋のリーダーである室長が木箱片手に戻ってきた。彼は何かと頼りになる子で、授業係を代わってくれたのも彼である。


 ギフトは小石が多く、小枝やボタン、角の取れたガラス片など、ありとあらゆる小さな物がベッドに落ちている。注意事項の名目で、スコーラ先生がシーズンイベントの説明をしてくれなければ、いたずらを疑うところだ。


 室長にシーツの片側を持ってもらい、一気に木箱の中へ。飲料ケースほどの木箱は、いっぱいになってしまった。


「後でもっともらってきたほうがいいかもな」


「うん……ありがとう、室長」


 この状況が今日だけであることを切に願う。




 シナリオ無視の魔王討伐に向け、俺は雪村さんと作戦会議をする約束をしていた。土曜日の今日は生徒も少なく、学園全体にはのんびりとした雰囲気が漂っている。いつもは高速で通り過ぎていく騎士科タクシーも、心なしか遅く感じてしまう。


『ギフト! ギフト!』


『デフォートにもあげる!』


『しゅくうう? しゅくふう?』


 騒がしい日本語が聞こえてきた、と思ったら見覚えのある球が浮かんでいた。入学式後に会った三人の妖精たちである。


『ありがとう』


 おそらく「祝福」と言いたいのだろう。舌足らずに言いながら、碁石のように滑らかな石を三つ差し出してくれた。


『ところでギフトって、ひとり一個だったりする?』


 俺が訊ねると、三人はよく似た顔を見合わせてから飛び回った。今日はそれぞれ赤、白、青の服に身を包んでいるため、まるで床屋の看板みたいだ。


『わたしたちの愛は』


『いっぱい!』


『まいにち贈るね……』


『……ありがとう』


 毎日これが続くようだ。


 現れたとき同様、騒がしく去っていった三人を見送る。その後も道中でギフトを渡され続け、俺は待ち合わせに遅刻してしまった。


 石橋で待つ雪村さんは、ポケットの石をジャラジャラ鳴らしながら走る俺を見て、片眉を上げた。


「ギフトに足止めされましたか」


 俺は遅れを詫び、欄干に片肘を預けて彼と向かい合った。


「ゲームのイベントだとはわかってるけどさ」


 ポケットから石をひとつ取り出し、真上に放り投げる。


「これ、なんの意味があるんだろうな?」


「妖精には対価が必要だからですよ」


「対価?」


 彼らはギブアンドテイクで生きているのだ、と雪村さんは説明する。


「この世界では『季節の妖精』と呼ばれる者たちが四季を管理しています。夏を迎えるために膨大な力が必要ですが、夏の妖精がほかの妖精たちから力を集めると、対価が発生してしまいます」


「だから人間を介する、ってわけか」


「はい。妖精が人間に祝福を与えることは対価の対象外です。よって祝福を込めたギフトを彼らは渡します」


 人間自身に与えた祝福は取り出せないが、ギフトからは取り出せる。


「一方で夏の妖精が人間からギフトを受け取る時には、対価が発生します」


「それだと対妖精と変わらないんじゃないか?」


「いいえ。妖精は人間を騙す生き物です。さすがにゼロというわけにはいきませんが、人間から過分な対価を受け取ることは規則に反しません」


 単なるゲームのイベントかと思いきや、なかなか深い設定があるようだ。俺はポケットに石を戻した。


「で、魔王討伐計画の案はある?」


「そうですね。とにかくシーズンイベントをこなすことでしょうか。魔王討伐に必要なアイテムは、すべてイベント報酬で手に入ります」


 地理的に見ると魔界は、俺たちの住む人間界から妖精界を挟んで北に位置している。魔王を討伐するために妖精界を通過しなければならず、通行書は必須だった。


「うーん、でもシーズンイベントかぁ」


「問題でも?」


「いや、それだと早くても来年の三月まで、この状態が続くわけだろ?」


 キャラクターイベントを発生させたくない、という考えは一致しているが、ひとつ大きな問題があった。普通に学園生活を続けるだけで、日々キャラクターイベントの発生率は高くなる一方なのだ。好感度が下がることはなく、俺が攻略対象者を完全に避けるのも不可能である。できれば一刻も早く魔王を討伐したかった。


 雪村さんからキラキラが見え、俺は隠れてため息をついた。


「そうですね。シーズンイベントでも支配力が強まる可能性がありますし、早急な魔王討伐を検討したほうが良いかもしれません」


「現状、俺たちで魔王を倒せるのか?」


 一部の地域を除き、ルクスブライト領が魔物の脅威にさらされていたのは過去のことである。平和を享受している今、魔物は歴史上の存在だ。俺は雪村さんに聞くまで、魔王がいることすら知らなかった。


「魔王は氷魔法が弱点という設定があります。倒すだけなら、氷魔法さえ入手できれば何とかなると思います」


「入手時期は?」


「一月です」


 それでは大した短縮にならない。


「……そういや、なんで魔王は妖精界を攻めるんだ?」


 俺たちが魔王を倒しに行くよりも、魔王が来てくれたほうが楽な気もする。妖精界の侵攻理由を、いっそ学園に作ってしまえばいい。我ながら名案である。


 雪村さんは顎に手を当てて首をひねった。


「わかりません……というより、ありません」


「へっ? ないの?」


「ゲームのシナリオ上、語る必要のないことですから」


 製作中、話題にすらならなかったという。対価うんぬんの設定よりも、絶対に侵攻理由のほうが重要だと思うのだが。


 俺は思わず声に出して言った。


「なんというクソゲー」

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