第8話 罰を与えたい
「結糸くん?それはなにがなんでも甘すぎない?というか暑くないの?さっきまで動いてたよね?」
お弁当を片手に懐疑的な面持ちと澄川さんの声がこちらを見上げる。
教室に戻っての開口一番目がこれ。
あくまでも受け身でいようと誓ったというのに、早速立樹と同じ質問をされては気にならないでいることも気になって仕方がない。
「……俺と同じ質問すんな」
「はぁ?知らないしそんなの」
「口開かなかったらいいだけの話だろ!」
「一生黙れって言うの!?バカなの!?」
今こうして言い合いを繰り広げているものの、正直心底息が合う親友が喧嘩別れをするとは思えない。
というかこの2人は相性が良すぎる。
本当になんで喧嘩してるんだ?
「どしたの?」
そんなことを考えながら席に付けば、突然耳に亜希の囁き声が入ってきた。
思わず肩を跳ねさせてしまう俺なんて他所に、お箸を持った手で口元を隠した亜希は「ふふっ」と含み笑みを披露した。
「……まだ面白いかよ」
跳ねた肩を撫で下ろした俺が睨みを浮かべると、亜希は小さく首を横に振る。
「もうそれには笑ってない。けど、結糸が大袈裟に驚いたなぁって」
「……面白いか?」
「
「……そうかよ……」
真摯そのものの面持ちで紡ぐこれは本音であり、恥じらいのひとつもないのだろう。
「え?なんで顔逸らすの?」
「おしるこが熱かったから」
「ちゃんとフーフーしなよ……」
立樹と澄川さんの罵詈雑言をバックに、なんともまぁ可愛らしいことを口にするものだ。
子供相手にしか言わないであろう『フーフー』を高校生である男に紡ぐのは些かどうかとは思うが……亜希が可愛いから何でもいい。
相変わらず窓に顔を向けながら、俺はやっと弁当箱を開いた。
「あっ、美味しそ」
そんな在り来りな感想が俺の弁当箱に落ちる。……が、俺の脳みそはそれどころじゃない。
「……亜希さんやい。あんまり耳元で囁かないでくれますかね?」
心做しか、体育のあの時から亜希の距離が近い気がする。
というか絶対に近い。
体育よりも前は亜希の言葉が耳元に来ることもなかったし、亜希の香りが鼻の下を潜ることもなかった。
それに比べ、今は亜希の香りが直に感じられるし、亜希の甘い声が耳を刺激して……なんというか、未来のASMRを味わってる感覚だ。
「あれ?結糸って耳弱かったっけ?」
「別に弱きゃねーけど……」
「けど?」
「……弱いです」
『亜希の声だから弱い』とは言えず、渋々本音を吐いたような形になってしまった。
俺からすれば絶望的状況だと言うのに、なにが面白いのか亜希の顔には薄っすらと笑みが浮かび上がった。
「――フー」
先ほどの『フーフー』を彷彿とさせるような息が俺の耳にかかった。
慌てて身を捩る俺は、極限まで体を反らして亜希から距離を取る。
「な、なにして!?」
「ん?本当に弱いのか試してみた」
「確かめる必要あったか!?弱いって言ったじゃん!」
「嘘かもしれないじゃん?」
「嘘じゃねぇよ!」
俺の立てた目頭なんてなんのその。
幼馴染の一風変わった姿を見てご満悦の亜希は、緩ませた頬を自分のお弁当箱へと落とした。
(今ここで俺が吹き返してやってもいいんだぞ!?)
未だに体を反らせる俺が亜希の耳を睨んでいれば、いつの間にか静寂を取り戻していた教室の至るところから視線が集まるのに気づく。
「結糸くん?やるならやりなよ」
「そうだぞ結糸。男ならガツンと行けガツンと」
「なんでこういう時だけ結託するんだよ……!」
俺の悲痛な叫びが教室に響くが、それだけ。
さっきみたいに誰かが笑いを上げることもなければ、助け舟を出してくれることもない。
「……なぁ立樹」
ブワッと体中が熱くなる中、お弁当箱に視線を落とす。
「ん?」
さすればニマニマとした顔と声が俺の隣へとやってきた。
「……さっき言ったよな?ジュース一本じゃ安いって」
「うん言った」
「…………亜希に罰を与えたいんだけどなにがいい?」
「え?」
俺の言葉に真っ先に言葉を返してきたのは立樹ではなく、お箸で卵焼きを挟んだ亜希。
あまりにも忽然な言葉だったからだろう。
丸くした目がこちらを見ていた。
「ちょ、え?罰……?結糸が私に……?どして……?」
「俺の耳に息を吹きかけた罰と俺のことを嘲笑った罰だよ……!」
「あ、あれはちょっとした冗談……だよ?ほら!2人も笑ってたからその場の空気に……」
「息を吹きかけたのは己の興味だろ」
「べ、別に違うけどな?」
「違うくねぇーよ!亜希にはしっかりと罰を与えるからな!!」
「…………結糸の罰なら……まぁ……」
果たしてこの言葉は立樹に届いたのだろうか。
……いやまぁ多分届いてるのだろう。
ぽかんと口を開ける立樹はボーっと亜希を見つめ、次に俺を見つめたかと思えば澄川さんの事を見た。
「な、なに?気持ち悪いよ?」
「いやいや……聞こえてないのかよ……」
「はい?聞こえる?なにを」
「聞こえてねぇなら――いや、うん。ごめん今は言い合う気になれねぇや」
「え?ほんとにどしたの?」
頬を引き攣る立樹は澄川さんから視線を逸らし、最後に亜希を見てから俺から少し距離を離した。
立樹が言いたいことは何となく分かる。
俺だって最初にこんなことを聞いた時は驚いたし、今も普通に驚いてる。
(……亜希ってM体質あったんだ……)
そんな新事実を突きつけられたら誰だって驚くし唖然とするだろう?
だって普段の亜希は完全なるSを越えてドS。
なんならさっきの耳に息を吹きかけた時点でドSだと確信していた。
チラッと亜希の顔を見やれば、そこには嫌がる素振りを見せない赤くなった顔が卵焼きを齧っていた。
「……結糸。噂は本当なんだな……」
「だからそうなんだって」
「なんでそんなに平然としてられるんだよ……」
「俺だって内心驚いてる。けど、それ以上に幼馴染の一風変わった姿を見れて嬉しいじゃん?」
「……そうかよ」
先ほどおしるこの匂いを嗅いだように顔を顰めた立樹。
一体なにを考えているのかは分からないが、『罰』のことでいい案が思いついたのだろう。
不意に目を見開いた立樹は人差し指を立て、胸を張って口を切った。
「あっ、こんなのはどうよ!」
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