第8話 馬車に揺られて


 機鎧箱ボクシール

 それは、手のひらサイズの箱であり、一個につき一機の巨鎧兵騎を収納できる金属製の不思議な箱のこと。


 現代の技術では作れず、発掘品があちこちに出回って使われている。

 ただ、非常に高価なため、誰も彼もが所持しているというワケではない。


 基本的には王侯貴族の専用機。

 騎士団や兵士団などの団長やエース級の乗り手。

 魔獣狩りを生業にしている者の中でも、稼ぎ良い者。


 ……そういう者たちが持っている道具。


 また、機鎧箱そのものが巨鎧兵騎に搭載されている場合もある。

 守護双機サクラリッジ・ツインズは、どちらも搭載されていた。


 そしてカグヤはというと――


《したらば……変身ッ!》


 ――よく分からないことを叫ぶと同時に、グロセベアが光に包まれていく。


 機体から降りて見上げている私の前で、グロセベアは、手のひらサイズの正立方体の箱となった。

 ……なぜかカクカクした形の金属製の羽がついていて、それをパタパタ動かしながら浮いているのだけれど。


《どうよ、カグヤちゃんのボクシールボディ! かわいいっしょ?》


 箱の正面(?)につけられた小さなモニターに、『イェイ(>ヮ<)イェイ』と表示される。

 どうやらあそこに、カグヤの感情を表すようなモノが表示されるようだ。


「ふつうの箱化した巨鎧兵騎は、勝手に動かないし喋らないのだけれど」

《そりゃあアタシちゃん以外の連中はそうでしょうよ!》


 ドヤァと表示されるモニタを見て、私は思わず嘆息する。


「分かってはいたけれど、カグヤってデタラメね」

《ふっ、喋って笑って歌えるIAカグヤちゃんに今更の言葉だぜ》

「……自由に動けるコトに関して何か言うべきかしら?」


 なんだか疲れてきて、私はもう一度嘆息してから、浮いて動いて笑う箱となったカグヤを受け入れる。


 ……と、いけないいけない。

 ニーギエス殿下を無視してしまっていた。


「殿下、その――カグヤは……グロセベア共々非常識な存在のようですので、そういうモノと受け入れて頂けると……」

「はははは。なかなか賑やかな道中になりそうだね」


 これを笑って済ませてくれるニーギエス殿下は大物なのではないだろうか。


「さて、馬車へ――行く前にまずは着替えかな?

 砦のシャワールームも使うといい」


 ――というワケで、出発前にシャワーを借りて、傷の手当てもしてもらった。


 服に関しても、砦に詰めている女性騎士さんの中で、体格が近い人の私服をお借りした。

 返さなくて良いとは言うけれど、状況が落ち着いたらちゃんとお礼をしたいと思う。


「道中で、どうしてそんなボロボロだったのかも教えてもらえるかな?」

「……はい」


 そりゃあ、自分の国の買った商品がボロボロの姿をしてたら気になるか。


「では改めて、馬車へと行こうか」

「……はい」


 差し伸べられた手を取り、エスコートしてもらう。

 こういうのも久しくされなかったせいで、どうすれば良いのだろうか――などと一瞬考えてしまった。


「日が暮れ始めてるからね。すぐ近くにある町で一泊だ。

 その際に、この道程に関しても話をさせてもらうよ」


 ニーギエス殿下に了解を示す為、私はうなずいた。


 手を引かれながら、貴賓用の馬車に、ニーギエス殿下と共に乗る。

 もちろんボクシーズ化しているカグヤも一緒だ。




「ところで、カグヤ殿との出会いは聞いていいかのかな?」


 動き出した馬車の中で、私はカグヤとの出会いを問われたので、素直に答える。


「――と、そのような流れでカグヤと契約し、グロセベアの操騎士ライダーとなりました」


 それをを語り終えると、殿下は笑みを浮かべた。


「氷のように冷たい完璧な令嬢と聞いていたのだが、随分とイメージと違うな。

 なかなか活動的だし、遺跡にワクワクしていたくだりなどは、予想もしてなかった」


 それに対して、私はなんと答えれば良いか分からない。

 ただ何も言わないのは失礼なので、当たり障り無く答えることにした。


「そうですね……冷たい完璧令嬢と呼ばれていたのは事実です」

「その割には、こう言っては何だが……あまりエスコートなどはされ馴れていないようだったけど」

「そうですね。完璧を演じてはいましたが、こうやって歓迎されたりエスコートされたりというのもあまりなかったので」

「そうなのか? 婚約が解消されてしまったとはいえ、その時までは次期国母という立場ではなかったのかな?」


 ニーギエス殿下が驚くのは無理もない。

 実際、立場としてはその通りだった。


「立場としてはそうですが、私の存在は貴族社会から疎まれていたようでして。

 お茶会や、夜会などのパーティでは、基本的に壁の華――いえ、それすら綺麗な表現ですね。実際のところ壁の染み程度の扱いでしたので」

「おかしな話だ。代々に渡って国を守ってきた守護騎士の家系であり、守護双騎と呼ばれる巨鎧兵騎の操騎手ライダーに選ばれ、剣も魔術も、一級品――そんな人物が蔑ろにされるなどありえるのか?」

《見た目だって一級品なのにね、うちのマスターは!》

「ああ。カグヤ殿の言う通りだ。その美しさだけでも価値あるモノだと思うのだが」


 うーん。自分の見た目についてはよく分からないのだけれど……。


 まぁとりあえず、私のシュームライン王国の国内評価についてそらんじてみたりしますか。


「常に氷のような顔で、巨鎧兵騎のように淡々と仕事をこなし、一分の隙もない。

 完璧であり続けるが故に、他者にも完璧も求める合理の塊であり、完璧の為にワガママで気難しい女。

 足手まといを嫌い、足手まといと仕事を共にするくらいなら全てを一人で片付けようとして、実際に一人で片付けてしまう完璧主義が行き過ぎた、可愛げも面白みもない女。

 巨鎧兵騎の方がまだ可愛げがあるし、愛着も湧く。金属の塊よりも冷たい、無機物女」

《……ちゃんマスぅ……それなぁに?》


 カグヤの声が低音になっている。なんか怖い。

 助けを求めるようにニーギエス殿下の方を見れば、彼もかなり露骨に顔をしかめている。


「シュームライン国内の私の評価です。上は王太子、下は貧民や裏社会の方々に至るまで、私はそういう評価をされていたらしいですよ?」


 ニーギエス殿下とカグヤが難しい顔をして顔を見合わせている。

 カグヤは前面のモニタにそれっぽい絵が表示されているだけなんだけど。


「……キミを買った立場の人間として、このようなコトを口にするのはどうかと思うのだが」


 殿下はそこで言葉を止めて、何か怒りを堪えるような様子を見せる。


「そのような評価を与えられ続け、挙げ句に他国へ売られたコトをキミはどう思っているんだい?」


 問われて、私は少し困る。

 カグヤと出会って、少しだけ感情というか情緒みたいなモノが戻ってきた気はしていたけれど……。


 こういう質問を受けると、自分は大して元に戻れてないのでは――と感じてしまう。


 それでも黙っているよりはマシだろうと、思っていることを素直に口にした。


「別になんとも」

「え?」

《は?》


 何やら、二人とも驚いた様子を見せる。

 それを不思議に思いながらも、私は続けた。


「気がつけばそれが当たり前でしたので」


 ニーギエス殿下とカグヤから、怒気が増した気がする。


「あの、ニーギエス殿下。お聞きしたいのですが」

「なんだい?」

「私は、いくらで買われたのですか?」


 その問いに、大きく顔を崩されたので、何となく理解した。


「ああ――同等の価値を持つ人材と比べても、二束三文だったのですね。

 ようするに、それがシュームライン王国側が私につけた評価というコトです」

「…………」


 殿下は沈黙するけれど、表情は雄弁に物語っている。


 もちろん、奴隷などと比べたら相当な値段がついたことだろう。

 だが、私の家柄、能力、容姿などから本来つくだろう値段よりも相当安かったに違いない。


《イェーナちゃん》

「なに?」


 カグヤが真剣な様子で名前を呼んでくる。

 怒っているような、私を案じているような、そういう気配。


《実際のところはどうなの?》

「実際のところ?」


 彼女の質問の意図が分からずに首を傾げる。


《火の無い所に煙は立たない――じゃないけどさ。

 その評価って、無から生まれないと思うワケだ。つまり、そういう評価が広まるキッカケのエピソードみたいの、あったんじゃないんかなーって》


 うん。何となくそんな気がしてたけど、やっぱりカグヤって聡いな。

 明るくて楽しいノリで喋ってるからそんな気はしないけど、本質的には私と同じ無機質な存在なのだろう。なにせ巨鎧騎兵の制御機構だ。人格を持っていてもホンモノの機械なのである。


 だから、冷静にそういう分析ができる。


 少しだけ悩んで――私は、キッカケとなっただろう熊の厄災獣デザストルデッドクローとの戦いについて語ることにした。


 そして、そこから始まった私のひとりぼっちの戦いについては語るつもりはなかった。

 妹との些細な時間だけが癒やしだったという話だって語るつもりはなかった。


 そのはずなのに――

 気がつくと、私は妹のことについても語っていた。


 カグヤとニーギエス殿下の相づちが上手かったから……ということにしておこう。


 だいぶ端折ったけれど、それでも二人は真っ直ぐに私を見ていた。


「キミは、何で泣かずに淡々とそんな話が出来る」

《ニーくん殿下、それ違う。ちゃんマスは……泣かない――というよりも、泣けない。いや泣き方がわからんまであるかも》

「……ッ!?」


 カグヤの補足に、なぜかニーギエス殿下が泣きそうな顔をする。

 そんな顔をするほどのことなのかが分からない。


《アタシと一緒にいる時はあんまり分からなかったけど、それはマスターにとってアタシが妹ちゃんと同じ癒やし枠だったワケかー》


 あ。そうかもしれない。

 性格とかは全然違うけど、カグヤは話しやすいし、話をしてて楽しいし、些細なことでも褒めてくれるから。


「イェーナ殿」

「はい?」


 ニーギエス殿下が、真剣な顔で、真っ直ぐに私の名前を呼ぶ。


「貴女を買った国の王子でありながら、このようなコトを口にするのは、我ながら呆れ果てる思いはある。だが、どうしても伝えておきたいコトがある」


 本当に真剣で、熱いくらいに真っ直ぐな顔。

 シュームライン王国にいた頃は、あまり見なかった表情だ。


 あー……でも、妹は時々こういう顔をしていた気もする。


「我がハイセニア王国は、貴女を無碍に扱うつもりはない。

 仕事に関しては、貴女に負担をかけるコトそのものはどうしても避けるコトは不可能だ。

 だが、それ以外の――仕事のないプライベートな時間においては、可能な限り自由に、幸せに過ごして欲しいとさえ思っている。

 そのことに、私も尽力させて頂く。その上で、ゆっくりとその傷ついた心を癒して頂きたい。

 それを邪魔する輩がいるのであれば、私がその全てから全力で貴女を守りましょう」


 ニーギエス殿下の表情にも、声にも、嘘や下心を感じない。

 この人は本当に、私のことを思ってこんなことを言っているようだ。


「…………」


 どう応えればいいのだろう。

 こんな風な感情を向けられたのが久しぶりすぎて、正しいリアクションが分からない。


 そう思っていると、カグヤがニーギエス殿下に対して、からかうように訊ねる。


《ニーちゃん殿下。何でうちのマスターにコクってるん?》

「コクって……? カグヤ殿。何を言っているんだ?」

《コクる。告白する。ようはプロポーズって意味》

「……! 待ってくれカグヤ殿ッ、私は決してそのような……!」

《ニーくん殿下。自分の言動を思い返してみそ》

「…………」


 カグヤに促され、自分の言動を思い返した殿下は両手で顔を覆うと、真っ赤になって俯いてしまう。


 すると、カグヤがこちらにちらりと向くと、正面の画面にウィンクしているような絵が表示される。


『ウィンク('ヮ<)-☆ウィンク』


 どうやら返答に困っていた私をフォローしてくれたようだ。


 カグヤはすごい子だな……契約して良かった。

 心の底から、私はそんな風に思った。

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