第3話 魔法少女の再起2

「こりすー! 異端審問にかけられるのです! 拷問にかけられるのです! 助けて欲しいのです!」


 翌朝、私のお家のリビングでミコトちゃんが助けを求めていた。

 ソファに座ったミコトちゃんは逃げられないよう縄でぐるぐる巻きにされていて、その向かいには白いローブと頭巾を被ったセレナちゃん。

 窓からの光を浴びたミコトちゃんの白髪は宝石のようにピカピカ輝いて綺麗だけれど、全体の絵面は朝っぱらから容赦ない暗黒感で最低だ。


「さあ宵月さん、私のこりすちゃんに淫行しようとした理由、しっかりとお話して貰いますからね」

「セレナー! これは単なる意地悪なのです! 私とこりすが仲良しだから嫉妬してるのです!」

「そんなのじゃありません! 淫猥な!」


 なんだか勘違いしている気がするセレナちゃん、その恰好と行動はお外を出歩けない程度に怪しい。

 どちらが暗黒教団かと問われれば、十人に十人がミコトちゃんでなくセレナちゃんの方を指差すはずだ。

 昨日、あの流れからそのままお泊りしたのに、どこであんな服を入手してきたんだろう。我が家に常備されていた可能性は考えたくない。


「にゃん吉さん、セレナちゃんって偶に変だよね」


 朝ご飯の準備をしている私は、抜けきらない眠気で半目になりつつも、キッチンの椅子で丸くなっているにゃん吉さんに話しかける。

 変身して魔力を大量に使った次の日は大体こんな感じになってしまう。魔力を急速回復させるのに大量の睡眠とカロリーを必要とするからだ。でも今日は特に酷い。

 緊急変身だと正規変身に比べて魔力効率が悪いのは知っていたけれど、これほど消耗に差があるとは思わなかった。昨日のことで今の活動限界がわかったのは、不幸中の幸いだったかもしれない。


「おやおや、偶にかい? ボクにしてみれば今のセレナちゃんは通常運転なんだけどなぁ。今も昔も始末におえない変態フリークだよ、彼女」


 何もしてないのに私と同じ位眠そうなにゃん吉さんは、事も無げにそう言って大あくびする。

 フリークって大好きなものがあるマニアさんだよね? セレナちゃん、そんな夢中なものがあったっけ?

 私は小首を傾げた。


「こりすー! こりすー!」


 そこにもう一度入るヘルプの声。

 ミコトちゃんの赤と青のオッドアイはほんのり潤んでいて、割と本気でセレナちゃんに怯えているのがわかった。


「セレナちゃん、ミコトちゃん本気で怯えてるから、その辺で勘弁してあげて」

「こりすちゃんがそう言うなら仕方ありませんね、普通に聞くことにします」


 見るに見かねた私がそう言うと、セレナちゃんはピンクのロングヘアをふわりと舞わせて怪しい白頭巾を脱いだ。

 これで多少は落ち着くだろうと、私は朝ご飯の完成を急ぐ。ご飯が完成すれば朝ご飯が優先、そこで一旦おしまいになってくれるだろう。そんな希望的観測からだ。

 とは言え、完全に放置しちゃうのも怖いから、私はキッチンで三人分の目玉焼きを作りつつ、二人のやり取りはしっかり窺っておく。


「それで宵月さん、改めて質問します。昨日、ご自分が攫われた心当たりはありますか」


 問いただすセレナちゃんに、ミコトちゃんがうーんとうなって小首を傾げる。


「心当たりは沢山あるのです。私は姫巫女としてとってもハイスペックなのです、えっへん」


 そして、ミコトちゃんは自慢げにその大きなお胸を張った。縛られて強調されてるから余計に大きく見える。

 対するセレナちゃんは困ったように苦笑した。そうだね、それだけじゃ全くわからないよね。


「うーん、それだけではわからないです。ご実家、暗黒教団なんですよね」

「元、なのです!」

「はい、元暗黒教団なんですね。なんて言う教団だったんですか?」


 セレナちゃんはそう尋ねると、ちらりとキッチンに居る私の顔を窺う。

 ミコトちゃんの実家は私が壊滅させているはず、なら名前を聞けば何か思い出せるかもしれない。セレナちゃんの意図を察して、私はフライ返し片手に小さく頷いた。


「那由他会なのです」

「あ、確か暗黒神復活を目論んでいた教団だよね」


 私はその名前を聞いて変な宗教団体を思い出す。確か変な儀式をして黒いでっかい魔神を呼び出した教団だ。

 倒した後にまた呼ばれたら面倒だから、魔神と一緒に建物とかも破壊してしまった覚えがある。あの教団ならミコトちゃんとの会話の端々から漏れ出ていた情報とも合致している。


「そうなのです、今となっては恥すべきことなのです。そして那由他会の姫巫女と言えば異能の姫巫女、特に癒しの奇跡と開門の儀が売りなのです!」

「第一拠点でも、転移装置の代わりができるって言ってたもんね」

「なのです!」


 えっへんともう一度胸を張るミコトちゃん。

 暗黒教団だったことは反省しているけれど、そこの姫巫女だったことは自慢なんだ。絶妙。


「なるほど、回復魔法は今やメジャーですけれど、トランスポート能力者は未だに貴重ですからね。狙われる可能性は十分ありますね」

「セレナー、そこは素直に褒めて欲しいのです」


 得意満面のミコトちゃんがふくれっ面に変わる。相変わらずころころと表情豊かだ。


「つまり、攫った人は召喚が目的なの? テラーニアって人を地上に呼び出すつもりなのかな?」


 そう仮定すると納得できる部分は多い。

 洗脳されてたミコトちゃんは、テラーニアが現世に降り立てるようとか言ってたし。リオちゃんはどさくさに紛れて転移装置の魔石が盗まれたと言っていた。

 ミコトちゃんと転移装置の魔石、どちらも転移に関係するものだ。つまり、あの怪人達は地上侵攻の経路を求めていたのではなかろうか。


「可能性は高いですね。かつてテラーニアはこの世界を黒晶石で侵食すべく行動し、エリュシオンによって撃退された経緯があります」


 私の意見に頷くセレナちゃん、その瞳の色は紫紺に輝いている。

 つまり、これはラブリナさんとしての意見。テラーニアと同種の存在であるラブリナさんが言うんなら信憑性は高い。


「セレナ、気配が変わったです。さては、神降ろしが使えるですね。巫女だったですか、だから私をライバル視するのですか!」


 その様子を見てミコトちゃんが縛られた体を揺すって威嚇する。

 ラブリナさんになったセレナちゃんを見て、ライバルだと勘違いしちゃったらしい。そんなに単純な話なら私も苦労はしてないんだけどね。

 苦笑する私。ミコトちゃんはそんな私の姿をちらりと見て、不思議そうに小さく首を傾げた。


「ある意味似たようなものです。ただし、私は貴方や人類と敵対するつもりはないと明言しておきます」

「むー、別に邪な存在だとは言っていないのです。そもそも、私が苦情を入れていたのはセレナになのです。セレナの中の人には言っていないのです」


 上品に笑うラブリナさんに、ちょっと毒気を抜かれたミコトちゃんが拗ねるように言う。

 ミコトちゃんは、ちゃんとラブリナさんとセレナちゃんを別人カウントしているらしい。そこら辺、暗黒教団側の人は柔軟だなって思う。


 ……私はどうだろうか。間違いなく別人として扱っている。そして、見てみぬふりをしているけれど、セレナちゃんの怪我を完全に治すと言うことは、ラブリナさんを殺してしまうことにはならないんだろうか。

 ふとそんなことを考えていると、ミコトちゃんがじっと私の顔を見ていた。姫巫女としてのカリスマのなせるわざか、ミコトちゃんの眼差しは時折胸の内を全て見透かしているように錯覚してしまう。


「で、でも、テラーニアが地上に来たいなら、黒装束に護衛させて歩いて来ればいいんじゃないの?」


 そんな眼差しから心の内を隠すように、私は止まりかけていた会話を慌てて繋ぐ。


「貴方達が思うよりも私達には制約があるんです。私達は黒晶石によって浸食された場所の近くでなければ本来の実力を発揮できません。また、浄化された白い輝石がある場所には侵食を広げられず、黒晶花も侵食が進んだ場所でしか強いモンスターに変わりません」

「だから、あの竜の出てきたディープエリアも、あれから一度もモンスターが出てきていないんだね」

「はい。黒晶花から変じていない普通のモンスターにとっても、黒晶石の侵食なき大地は出歩きたいものではないはずです」


 私の言葉にラブリナさんが頷く。

 セレナちゃんの体にラブリナさんが入ったあの事件、テラーニアだったらしい白竜の出てきた深層からは、その後一度もモンスターが出現していない。

 深層には強いモンスターがうようよ居るのにどうして出てこないんだろう、って皆不思議がっていたけれど、そんな理由があったんだ。


「首尾よく黒晶石の花畑から二層の森を侵食できたとして、まだ一層を越える必要があります。そんな悠長なことをしていて、人類が無策でいるはずがないですから」

「今は昔よりレベル持ちの人も増えてるもんね」


 ダンジョンに関する様々なトラブルを経て、国はダンジョン探索を推奨している。

 ダンジョン探索を義務教育に組み込み、国民全員レベル持ちにしようと言う話さえあるぐらいだ。

 かつて白い竜が大暴れした時よりも人類は確実に強くなっている。今なら私じゃなくても総がかりとかで止められるかもしれない。そうであって欲しい。


「はい。正攻法での攻略はさしものテラーニアでも困難。ならば奇襲を考えるのは至極当然の帰結でしょう」


 私達の話をなんだろうと小首を傾げて聞いていたミコトちゃんは、何かに思い至ったみたいにピコンと目を見開いた。


「思い出したのです! 私が狙われた理由、やっぱり開門のためなのです!」

「宵月さん、何を思い出したんですか?」


 ラブリナさんの目の色からいつもの目の色に戻ったセレナちゃんが、ミコトちゃんに確認する。


「昨日、学校で昔那由他会に来ていた怪人組織の人に出会ったのです。あの人が私を攫う前、似たようなこと言っていたのです!」


 興奮した様子で体を揺するミコトちゃん。

 流石にちょっと苦しそう。私は目玉焼きをお皿に盛りつけると、テーブルを拭くついでにミコトちゃんのロープをほどいてあげた。


「怪人組織が学校に入り込んでいたんですか!? 宵月さん、それは本当ですか!?」

「本当なのです、こりすも会っているのです」


 両腕をがおっとあげて主張するミコトちゃん。

 私も会ってるの? 昨日ミコトちゃんと一緒に居た時間は短い。会ったのはリオちゃん、セレナちゃん、それと鳳仙長官ぐらいだ。つまり……


「ダンジョン庁の鳳仙長官?」

「なのです! 大昔、私を勧誘してきたことがあるのです。あの人、正体はお狐コンコンな妖怪さんなのです」


 ミコトちゃんが大きく頷く。

 現代における怪人の定義は、人型で人が持たない異能や身体的特徴を持つもの。つまり妖怪も、改造人間も、異能者も、宇宙人も皆怪人扱い、割とおおらかで大雑把なのだ。

 そして、昨日出会った妖狐華恋、言うまでもなく狐妖怪の怪人だ。その正体が鳳仙長官だとすれば確かに点と点は繋がる。


「まさか! そんなことがあるんですか!」

「……でも、それなら昨日の今日で警戒されている中、わざわざミコトちゃんを拉致したのも納得できるよ」

「宵月さんから自分の正体が発覚するのを恐れて……ですね」


 私はテーブルに朝ご飯を並べつつ無言で頷く。

 と、そこでレタスを忘れて大急ぎでミチミチと千切って、ミニトマトと一緒にお皿に乗せた。


「うーん、俄に信じられる話ではないですね」

「セレナ! 私に話せと言っておいて、言ったら信じないのは酷いのです!」


 むーとふくれっ面を作るミコトちゃん。


「それだけ衝撃的な事実なんです。地下組織の一味が国の要職に食い込んでいるなんて笑えません」

「ねえ、こりすちゃん。キミはどう思うかい?」


 にゃん吉さんがキッチンからリビングに移動しながら私に尋ねてくる。


「私はあり得ると思うよ」


 私は即答する。

 知り合って日が浅いけどわかる、ミコトちゃんは他人を陥れる嘘をつく子じゃない。あくまで非常識なことを純粋に善意でしてくるタイプの厄介さんだ。

 それに怪人が暗躍するのはいつものこと。セレナちゃんはいい子だから国や市民の善良さを信じているけれど、怪人達の扇動で魔法少女排斥運動を受けたり、怪人に対する暴行罪や傷害罪で逮捕されそうになったり、私だって嫌な経験は沢山している。悪巧みに聖域なんてないのだ。


「こりすちゃんがそう言うのならそうなんでしょうけれど……宵月さんの情報を鵜吞みにして行動するのは勇気が要りますね」


 セレナちゃんの懸念はもっとも、それだけで行動に移すのは私も早計だと思う。

 本当に鳳仙長官が怪人だったとして、怪人全てが悪人という訳でもない。意外と友好的な怪人さんは社会に溶け込んでいるし、こんな風に面倒な話になるのが嫌で正体を隠している可能性もある。

 他にも、仲間割れさせるために誤認させようとしていたり、怪人が捕らえた権力者になりすましていたとか、現状様々なパターンが想定できる。


「情報が足りないし、この段階で結論を急ぐのは逆に危ないよ。とりあえず、ご飯を食べてから色々調べてみよう」


 お腹がペコペコになっている私がそう促し、私達はいただきますと三人でご飯を食べ始める。

 私のスマホから着信音が鳴ったのはその時だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る