第3章 雪奈のお礼

今日はいつもより二時間ほど早い起床だ。


本当ならぎりぎりまで寝ていたいが、おなかが減っているし、お風呂に入らないといけない。


そのため、ベットに沈み込んでいた体を起こしお風呂を沸かしに行った。


洗面器にある鏡に映る自分は、いつもより穏やかな表情をしていた気がする...


(......早起きもいい.....かも?)


お風呂が沸くまで時間があったので、昨日あの人からもらった封筒を開けて中身をチェックする。


「こっちは予想通り....これは....」


中に入っていた一枚の紙、それを見た俺は現実から目を背けるため、それをシュレッダーにかけた。


残りの紙を封筒に戻して、机の上に置いた。


机の上には、三か月分先取りした進捗を書いた紙が置いてある。


あの人に渡すものを予測して先に終わらせたものだ。


「さて。お風呂入ろ~っと」


その後お風呂に入った俺は制服に着替えていつもよりだいぶ早く、家を出るととある場所に向かう。


駅を通り越し目的地のコンビニが見えてきた。


「カレーパン揚げてあるかな?」


朝ご飯を作るのは流石に面倒なのでお店で揚げたカレーパンとの名前で売られているものを買いに来た。


(.....カレーパン.....うまし....)


コンビニの前でカレーパンを食べていると見知った人が歩いていた。


あの様子なら余計なお世話だったようだ、とりあえず声をかけに行こうと少し早く歩いた。


「雪奈っ!おはよ、その様子だと足は大丈夫そうだね。」


俺がいるとは予想をしていなかったのか、ビックリして体を震わせた。


「え?なんで中村君が....」


彼女はびっくりしたからか唐突の事だったからか、名字呼びになっていた。


(.........いじるか)


「名前で呼んでくれたのは昨日だけだったか~友達だと思ってたのに.....しくしく」


あからさまに落ち込んだ俺に慌てる雪奈だが、すぐに両手を振りながら弁明してくる。


「い、いえ。秀一君ただちょっと驚いてしまったから名字呼びになってしまっただけでして....」


真面目に返そうと必死になる雪奈を見て俺は吹き出してしまう。


「分かってるって、雪奈。ちょっとからかっただけだよ。」


種明かしをすると、雪奈は顔を赤くした。


「なっ!?も、もうからかいましたね!?許しませんよ!」


そんなことを言う雪奈の手が伸びてきて...


「いててててて、ちょ、ちょっと今日は強すぎ....ごめんごめん俺が悪かったから~」


昨日に引き続き耳を引っ張られてしまい、かなり痛かったため素直に謝った。


「で、何でこんなところにいたんですか?」


耳を引っ張るのをやめて歩き始めた雪奈はこんなことを聞いてきた。


「いや、朝ご飯にここのカレーパン食べたいと思って」


そういうと呆れた表情を浮かべた雪奈は自分の足に指を指した。


「素直じゃないですね。最初に声をかけた時、私の足を気にしていたでしょう?」


余計なこと言ってしまったようだ...実際カレーパン食べたいのは本心ではあったが、それなら雪奈の家の近くのコンビニに行く必要はなかった。


「正解。まだ痛かったらおんぶするつもりで来た。カレーパン食べたいのもあったけど」


「あの程度の捻挫なら一日あれば大丈夫ですよ。あなたも人の事を言えないくらいの心配性ですね。」


上品に笑いながら、歩いていく雪奈を見るに余計なお世話だったかと思いはした。


「一応、昨日の今日だし。また落ちられても困る。」


「私の事をどんな風に見ているか分かりませんが、流石に落ちませんよ。」


何処から出る自信なのかと思いながら、歩いているともう駅についていた。


「秀一君、昨日のお礼をしたいので、私のところに来てくださいね。話したいこともありますし。」


話したいこととは何だろうか?そんな疑問は浮かんだが、とりあえず首を縦に振った。



朝のホームルームが終わり、1から4時間目を寝て過ごそうとしている俺だが、宣戦布告をされることになった。


「今日はちゃんと授業を受けてもらいますからね?」


真面目さんオーラを出しながら微笑んできた雪奈だが、俺の言うことは決まっている。


「俺がその程度で起きて授業受けると思ったら大間違いだ!」

と大声で返してやった。


その後、全授業で睡眠をかまして、無事先生方に怒られるのだった。


雪奈というと、どんな事をしても起きなかったからと、嫌がらせでノートに落書きをしていた。ものすごく下手くそな猫ちゃんだったが、意外と可愛かった。


そんなこんなで昼休みがやってきた。


食堂にいる俺はため息交じりに声を漏らしていた。


「二人じゃないのね....」


目の前にはお礼と話をしたいと言っていた雪奈、その横に日々樹の彼女である中野、最後に俺の横でニヤついてる日々樹。


「なんだ、秀一。俺達がいるのは、いやだったのか?」


「お礼だけならともかく、話をしたいって言われたから二人かと思っただけだよ。深い意味はない。」


友達はいるに越したことないしなという意味を含めた微笑みを向けておいた。


「へ~雪奈ちゃんの話したい事も気になるけど、お礼ってもしかして昨日の事?」

「はいそうですよ。でお礼なんですが....」


そういいながら手に持っていた小さいカバンからお弁当箱を取り出して机に置いた。

そしてどや顔になっている。


「私が、秀一君にお弁当をおつくりしました。いつも塩ラーメンばかり食べていると中野さんからお聞きしましたからね。」


「お~雪奈って料理出来たんだな」


「私だってお料理くらいできますよ....多分」


多分?多分っていたなこの人!!流石に食えるものだよな?よくアニメとかである、ダークマターとかじゃないよね?


ツッコミたい気持ちもあったがそれよりもこの会話に早く反応した人がいた。


「ちょ、ちょっと待って!ゆ、雪奈ちゃんも秀一もなんで名前呼びになっているの?!昨日は名字呼びだったのに!」


勢いがすごい。中野はズイーっと雪奈に顔を近づけている。反対にいきなり顔を近づけられた雪奈は体をそらして、距離を取ろうとしている。


これは俺が何か言わないと可哀想だ。


「雪奈とは友達なんだから名前呼びくらいするだろ。」


俺は平然と答えたが少し間違いがあったようだ。


その証拠に顔の位置を戻した中野がこっちを見てきている。それもジト目だ。


「それはあれですか?私とは友達じゃないと言っているんだね?そうなんだね??」


うわっ、めんどくさ!いや俺の言葉選びも悪かったけどそんな目で見るなよ...


おいお前の彼女だろ何とかしろ。という目をひびきに向けるがそっぽを向きやがった。


「いやこれはだな...中野の事名前呼びすると日々樹が、嫉妬するかなと思ってな」


う~ん苦しい言い訳だ、疑いの眼差しを向けられる。だが想定内!こう言えばひびきはこちらを向いてくる。それに合わせるように、俺は日々樹の手に一枚の紙を乗せた。その紙を見たひびきはというと...


「おい、秀一。恥ずかしい事暴露するなよ...」


よし!成功だ。痛い出費だったが仕方がない。ん?何を渡したかだって?日替わり定食の引換券だ。


「そういうことなら言ってくれればいいじゃん~ひびきも可愛いところがあるんだね~」


椅子から立ち上がり、日々樹の頭をなでようとする中野だが、日替わり定食を取りに行くと言い、ついでに中野の食券も持ちながら、そそくさと逃げて行った日々樹を見て、中野は椅子に座りなおした。


「ん?秀一の事情は分かったけど、雪奈ちゃんは何で私の事名字呼びなのかにゃ?」


猫のポーズをしながら責める視線を送る中野。


(.....これはフォローできない頑張れ。雪奈....)


「ふ、深い理由はありませんよ!?た、ただ、呼び方を変えるタイミングがなかっただけで...」


焦りまくっている雪奈に対し、悪戯する子供のような表情を浮かべる中野が続ける。


「じゃあ私の事も清香って呼んでね?友達なんだし呼べるよね?ね?」


ここで名前呼びさせるんだという圧を感じる。でも、そんなこととは裏腹に雪奈は焦ってはいるが普段通りの表情だ。


「えぇ。大丈夫ですよ清香ちゃん。私たち友達ですもんね?」


特に焦ることもなく答えた雪奈がいた。中野はというと少しあっけらかんとした後、満面の笑みで雪奈の飛びつく。


「うんうん!私たち友達だもんね~今日は記念日だ!名前呼び記念日~」


テンション高いなぁと思いつつ二人のスキンシップを見ていると日々樹が日替わり定食のトレーとうどんを手に戻ってきた。


「どういう状況?」


日々樹が座りながら聞いてくる。


「まぁ、友達記念のスキンシップってところかな?」


「んー、よくわからないけど、そういうことだと思っとくよ」


そんな会話をしていると俺のおなかから、ぐぅ~と音が出た。


雪奈は笑いながらこっちを見てきた。


「そうですね、もうお昼ですから。お腹も空きますよね、はいどうぞ。」


俺は恥ずかしさを隠すため、下を向きながらお弁当を受け取り、ふたを開けた。


「お~!おいしそ.....雪奈?少し聞いていい?」


「どうしたんですか?秀一君、もしかして嫌いな食べ物とかありましたか?」


首をかしげている雪奈だが、弁当の中身を見た残りの二人は俺と同じような反応をした。それはそうだろうだって...


「嫌いなものはないんだが、ちょっと、、いやかなり疑問があってだな?まずご飯にかかっているこの黒いのは何だ?」


二人も同じことを思ったのか視線が雪奈に集まるが、雪奈はまるで当たり前かのように答えてきた。


「あ、秀一君たちはお弁当をあまり食べないから知らないんですね?これは弁当ではよく黒いのが乗っていますね?弁当の写真でよくご飯に黒いのがあると思いますがあれです!」


.....いやこれ、ガッツリ黒胡椒だな!この人はゴマというものを知らないのだろうか...だが否定してこの純粋無垢な少女を歪ませてしまうのはためらわれる。


「そ、そうなんだね!知らなかったよ!じゃあこれは?」


話題を変えるために他の中身を聞くことにした。色合い的には唐揚げだろうか....?

考えを巡らせていると、恥ずかしそうに答える雪奈が....


「そ、それは少し失敗してしまったんですが、卵焼きです!お弁当では定番だと聞いたことがあります!」


....これ焦げていただけか....確かに横に確実にから揚げがあるもんね。


「あとは唐揚げと...きんぴら....ごぼう?」


唐揚げは市販のものだろうけど、この明らかに火を通していないごぼうと人参があった。何か違うものなのだろうか...


俺の前ではまるで大正解と言わんばかりに満足気な雪奈が...まじか


「正解です!唐揚げは冷凍食品?というものは使ったのですが、きんぴらごぼうはしっかり一から作りました!!」


「あはは、それは嬉しいな!ありがたく食べさせてもらうよ!」


自信満々の雪奈には悪いが、笑顔でこれを食べ切れるだろうか.....


「はい召し上がれ!」


中野と日々樹からは同情と応援の目を向けられている。


よし、まずは卵焼きだ!少し焦げただけじゃ不味くなるはずがない!


そう思い、卵焼きを口に運び咀嚼して飲み込んだ。


「どうです?おいしいですか??」

「うん、素材の味がよく出てて美味しいよ!」

「それはよかったです...頑張ったかいがありました。」


素材の味....ただ卵を焼いただけである。砂糖なんてものがあるはずもなく、塩もコショウもない。


その後は同じようなことが続いた。きんぴらごぼうはニンジンとゴボウを切っただけ、唐揚げはまさかのレンチンなしのカチコチ状態であった。


きっと中野と日々樹は気づいているだろう。


明らかに気にしないように日替わり定食を食べる日々樹は無心だ。


中野に至っては食事に感謝してるとでも言いたげにうどんを一本ずつ食べている。


そうして何とか完食した俺は、ごちそうさまでした。と言い切った。


「はい、お粗末様でした!おいしそうに食べて頂いて、作り手みょうりに尽きるというものですね♪」


すごい嬉しそうにしている雪奈を見ると頑張ってよかったと思う、それとは別で気づかれないようお腹をさすり続けた。


「はっ!いけないいけない。喜んでしまうだけでお昼休みが終わるところでした。」


弁当箱を片付けながら、もう一つの話題を始めようとする。


弁当の話じゃないからか日々樹も話を聞く体制だ。でも口を開いたのは中野だった。

「話の件だっけ?私もそれ気になってたんだ~どんな話かな?」


それを聞いた雪奈は少し真剣な顔をして....


「残念ながら楽しい話では無くてですね...昨日の件をお母さんに話したのですが、そしたら秀一君にお礼を言いたいと言われたので、暇があるとき私の家に来ていただけませんか?」


俺が驚いていると、横から声が聞こえた。


「あー、なるほど。確かに親御さんからしたら、娘の命を救ってもらった恩人にお礼はしたいよな」


「まぁ、それもそうなのかな?」


俺はまだ疑問だったが、理屈は分かるので空いてる日を思い返している。


「でも、四月末にあるテスト終わってからじゃない?」


中野が珍しくテストの話をした。なんで今...と考えていると思い出したことがある。


こいつまさかまたやる気だな?!そんな含みのある視線を向ける。


「ふっふっふ、その通りだよ秀一君。去年から恒例になったテスト前勉強会だー!いぇーい!」


「いやぁー!!」


それを聞いた俺は絶叫する。助けを求めるように日々樹に視線を向けるも肩に手を置いてきて...


「あきらめろ、あれは止められない。よろしく頼むよ、料理長。」

「なんでまたお前らのために飯を....」

「はっはっは。さぁ秀一、観念して私達にご飯を作るのだぁー!」


こいつら真面目に勉強しないし、うるさいしでただ毎日ご飯食べに来ているだけなんだよなぁ。


楽しそうにしている中野を見て、俺が頭を抱えていると雪奈がまるで人事のように視線を向ける。


「勉強会...楽しそうなので、うらやましいです」


そんな言葉は予想外で俺たち三人は少しの沈黙の後笑い出してしまう。


「あはははは、私たちが雪奈ちゃん抜きで勉強会するわけないでしょ~。ね?日々樹?」


「そうだね、早乙女さんさえよければ、ぜひ参加してくれると嬉しいな。」


「これで問題児二人を一気に相手しなくて済む....ありがとう雪奈。」


それを聞いた雪奈は目を大きく開けた後、笑顔になった。


「ありがとうございます。勉強会をしたことがないのですごく楽しみです!」


ちょうど話がまとまったタイミングで昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。


日々樹によると、五、六時間目も睡眠しようとする俺と、それを止める雪奈の一方的な戦いが始まっていたらしい。





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