第13話

第5章 立ちはだかる超弩級



「おまえらに出動命令だ」

 編集局次長兼整理部長のまんさんに肩を揉まれ、私は「またか」と思った。

「今度はなんですか」

 経営の傾いているほつかいタイムス社には金がない。私たち社員は大変な薄給で働いていた。ただ北海道民は昔からの名門新聞社として見ていて、たとえばマンションを借りるときには笑顔で貸してくれた。しかしこの給与では独身者でもきつい。家族持ちはどうやって生活しているのだろう。なにしろ手取り十四万円程度の月給で、ボーナスは夏も冬も七万円ほどしかないのだ。

 そしてほとんど休みがない。しかも他社の二倍近い在社時間で仕事をしていた。

 体育会出身の私は体力的なことは正直きついとは思わなかった。あまり眠らずとも、休みなしで仕事をさせられようとも、ほくだい柔道部の練習に較べれば大したことはなかった。また前日からその日の朝まで酒を浴びても、ふらふらになりながらでも仕事をしていると二時間程度で酒は抜けるものである。

 しかし最近嫌になるのが、記者職の人間には関係ない行事を無給で手伝わされることである。

 名門新聞社だから様々な主催行事がある。

 小学校や中学校の催し、老人たちの催しなど小さなものもあるが、国際マラソンや花火大会など大きなものもある。

 タイムス国際ハーフマラソンは、本番でのスパート力をつけるために国内外から一流のフルマラソン選手がこぞって参加する。

 タイムス花火大会はとよひらがわ河川敷で行われる夏の花火大会で、十万人単位の道民がやってくる。川を挟んだ向こう側で打ち上げられる花火を観に、こちら側の堤防や河川敷に、人波が左右へ延々と拡がる巨大イベントだ。

 雪まつりでは会場の一角を「タイムス雪の広場」として確保し、大きな雪像が複数建てられ、ここにも大量の市民と観光客が詰めかける。

 こういった大きな行事は全国の名門新聞社はどこも持っており、大量のプラ警備員を雇い、さらにはアルバイトも雇って集まった人びとの安全を守らなければならない。しかし北海タイムスにはそういった人員を雇うお金が無いようなのだ。それなのに行事だけはライバル社の北海道新聞並みに主催しており、よく聞くと、かつて北海道新聞の行事に先んじて作られたものばかりのようであった。

「タイムスに誇りをもてよ」

 先輩記者たちが酒席などでよくぶつ言葉である。

「雪まつりは元々うちが始めたんだぞ。それがどんどん大きくなっていろんな企業が参加して、もちろん道新やちようまいよみも参加して国際的に有名な祭りになった。それにうちの国際マラソンは道新の北海道マラソンより早くできたんだぞ。うちが成功したものを道新が真似たんだ。花火大会もそうだ。うちが成功したんで道新花火大会を一週間ずらして同じところでやるようになったんだ。すごいだろ」

 すごいのはすごいが、催しだけ残って社のお金が無くなったので、警備にはわれわれ若い社員が駆り出される。とくに体育会系は言われれば「嫌です」とは言えない秋田犬やシェパードのようなものなので、必ず駆り出される。もちろん休み返上であるし、手当など出ない。仕事の日にやらされることもある。そういうときは仕事を三時間ほど抜けて、戻ってきてまた延々と仕事をしなければならない。

 今回萬田さんが私とあきけんしんさん、ただしの三人に頼んできたのは、『タイムススノーフェスティバル』という雪中運動会である。雪が多い雪まつりの時期、市内の山の頂上に近いスキー場で行われるらしい。

「おれは去年も参加したんだ。あれはきつかった」

 厳しい顔で腕を組み、秋馬謙信さんが言った。街中でけんばかりするので顔は傷痕だらけで、眼鏡も片方のレンズにヒビが入ったままだ。修理するお金がないのである。

「なに言ってるんだ。おまえらがいないとこの行事は成立しないんだから」

 萬田さんが言った。

 秋馬さんは「なかなかスリリングな行事だった」と言う。何人かでチームを組み、団体戦をやるらしいのだ。勤務表を見るとその日は私は朝刊五面、つまり国際面の担当だった。夕方四時からの出社で、翌朝まで新聞編集をする。

「この会社はおまえらにかかってるんだ」

 にやにやしながら萬田さんは色付き眼鏡を指で押し上げた。

 そこに四階の制作局から多々良忠が上がってきて「君たちも参加するそうですな。明日はよろしく」と嬉しそうにしている。きよくしん空手の秋馬謙信さん、アマレスでインターハイ出場の多々良、そして北大柔道部出身の私の三人は、年輩社員たちから「タイムス格闘技トリオ」と呼ばれていた。

 フェスティバル当日、社が車を出してくれるわけではなく午前七時に山頂の現地集合である。私は朝三時まで朝刊の仕事をしたあと「寝たら起きれないから」ということで、秋馬さんと多々良と三人でススキノで飲んでそのあと直接行くことにした。

「ちょっと飲むだけだとよけい眠くなるべ」

 たしかにそうだろう。

 秋馬謙信さんの言葉で、私たちは二時間半で中ジョッキを三杯ずつと、三人で焼酎を二升空けた。

 酔った状態で、私たちは地下鉄で終点こまない駅まで行き、そこからバスに乗った。この駅。そしてバス。頭をよぎるのは北大柔道部時代の北海道警特練への出稽古である。途中、その建物の横を通るとき辛かった練習をいろいろ思い出した。秋馬さんたちに言えばまた「おまえは北大柔道部のことばかりだな」とからかわれるので黙ってその建物を見ていた。山の方へ行くわけだから除雪が頻繁には入っていない道路が多く、バスのタイヤがわだちにとられ、車体が大きく上下に揺れる。徹夜だった私はだんだん気持ちが悪くなってきた。

「焼酎が出てきそうだ」

 秋馬さんが何度も胃液を吐き、他の客たちから私たち全員が白い眼で見られた。

 会場にはたくさんの観客が来ており、かなりの盛況だった。

 役員席には北海道の見知った有名人たちがずらりとおり、みなダウンジャケットにマフラー、ニット帽という防寒着である。山の頂上付近なので街中より雪がかなり多く、気温も低い。私たち三人は寒さに震え、会場片隅のテントで売っていた缶コーヒーのホットを両手で持ってちびちびと飲んでいた。他にもそうなものを売っていたがススキノで酒に使ってしまってもう金がない。

 会場の片隅で寒さに耐えるねずみのように三人で固まっていると、総務部のしまさとさんがやってきた。最初、誰だろうと思ったのは、いつものパンツスーツではなくピンク色のスキーウェアを着ていたからである。頭にはサンタのかぶるような房のついたニット帽をかぶっていた。

「あなたたち大丈夫? そんな格好して」

 間島聡子さんは両手を口のところに持っていき、心配そうに言った。

 彼女が心配したとおり、私たちの格好は普段着であった。三人とも下はジーンズに普通の靴で、上はTシャツの上にトレーナーとパーカー、その上にジャンパーという姿である。私のジャンパーは北大柔道部時代に揃いで作ったもので、春や夏も着られる薄いものだ。寒いに決まっている。

「そんなんじゃ風邪ひくよ。何か役員席で借りてこようか」

 心配して役員席へ行き、毛布を三枚持ってきてくれた。

 私たち三人はそれをポンチョのように肩から巻き、ガタガタ震えながら行事が始まるのを待った。会場係の若い女性が「これどうぞ」と言ってパンフレットを持ってきてくれた。そこには出場チームの名簿も載っていた。

 この大会、選手は一チーム七人だった。

 その人数は聞いていたが、私たち三人以外の四人が誰なのかは聞いていなかった。おおかた印刷局の若者たちだろうくらいに思っていた。しかしパンフレットを見ると一人は製版部のやまがみいちろうさん、そしてそれ以外はみな女性であった。他のページをめくったが、女性はタイムス以外には出ていない。


 1、秋馬謙信(極真空手出身、編集局整理部)

 2、多々良忠(アマレス元インターハイ選手、制作局制作部)

 3、増田俊也(北大柔道部出身、編集局整理部)

 4、山上市郎

 5、間島聡子

 6、五十嵐いがらしめぐみ

 7、おか


 私たち三人以外、戦力になる者はいなかった。

 三人以外の唯一の男性、山上市郎さんは身体障害者であった。車椅子こそ使っていないが、仕事や日常生活にかなり支障がある。

 女性の三人は、みな一緒に飲み会をやる知己である。

 間島聡子さんは総務部の人で美人で名高い二十九歳、多くの男性社員が告白しているがみな玉砕しているという噂であった。

 五十嵐恵さんは広告局の二十三歳、入社二年目だが仕事ができる。広告局は整理部とも仕事のつながりが濃く、飲み会だけではなく仕事上でもよく会っていた。東京女子大出の気が強い女性で、小柄なショートヘアの子だ。

 岡田美和さんは資料室の人で三十一歳。私は二度、二人だけで一緒に飲みにいったことがある。じつは入社時から互いに気になっていて、いちはらけいと別れたあと、私は付き合おうかと思っていたくらいである。バーテンダーのふじはると付き合いはじめたのでそれはなくなったが、お互い今でも少し意識していた。

 五十嵐恵さんも岡田美和さんも、間島さんと同じくカラフルなスキーウェアを着ている。他のチームや観客席の人たちの視線が私たち北海タイムスチームに注がれているのは、女性三人がみな美人であることもあるが、このカラフルな格好にも原因があった。

 そして私たち格闘技トリオの普段着も注目を浴びているのだ。

 会場のあちこちでチームごとに集まって談笑している男たちを見て、私は「やばいな」と思っていた。

 もらったパンフレットには彼らの所属が載っている。

 みな本格的なチームばかりだ。

 それぞれ黒くてごついブーツを履き、道警のチームは紺色の活動服で、背中に《POLICE》とか《北海道警》と大きく入っている。自衛隊関係のチームはグリーン系やホワイト系の迷彩服だ。そして消防局関係はオレンジ色やスカイブルーの活動服である。


・北海道警第一機動隊特殊作戦班選抜

・北海道警第三機動隊選抜

・北海道警警備部SP選抜

さつぽろ特殊警備保障金融運搬部選抜

・自衛隊冬季戦技教育隊CWCT選抜

・自衛隊よろ駐屯地第三偵察隊選抜

・自衛隊きたとせ駐屯地第一特科団選抜

・自衛隊第七師団三個戦車連隊選抜

・札幌市消防局レスキュー隊選抜

・札幌市消防局高層ビル救出隊選抜

・札幌市消防局極寒地特殊救出隊選抜

あさひかわ市消防局レスキュー隊選抜


 ただの雪まつりの余興だと思っていたが、これでは戦争である。

 そして私たちのチームは「北海タイムスチーム」の名前で掲載されていると思ったら「北海タイムス社労組青年婦人部チーム」なのであった。いかにも弱そうなチーム名である。主催するタイムス事業部の人たちのセンスのなさにうんざりした。そもそも他のチームがみな「選抜」なのに、タイムスチームだけはただの員数合わせのチームなのである。

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