銀河とさよなら

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第1話

 クラスメェト達や生徒達が我先に校庭に走り出す学校帰り、僕はポケットに入った銅貨を落とさないようしっかり仕舞い込み、なだらかな坂道を走り出した。校庭で遊ぶ子供らは楽しそうにおしゃべりをしたり遊戯で遊んだりしている姿に一瞬立ち止まりそうな足を叱咤し、興味ないという表情で勢いよく坂を下る。足の裏に振動が走るたびにポケットの中でチリチリと小さく存在を主張するように跳ねるのに、どこかに落ちてしまうのではないかという不安を振り払うように校門近くまで走り切ると、微かに跳ね飛ぶ息をどうにか落ち着かせ、ゆっくりとした足取りで仕事場への道を歩く。

「あれ、貧乏君だ」

 校門を出て数歩も歩かないうちに数人で固まって喋っているメンバーの中に、同じクラスの一番嫌いなアレンの声が鼓膜を震わせる。アレンは僕よりも頭一つ分高くてヒョロヒョロしているくせに力が強くて声がでかい、そのせいで教室ではまるで多様みたいに大声で威嚇して掃除や教材運びを他のクラスメェトに押し付けるのだ。

 だから僕は出来るだけ関わらないようにしているのに、こいつは何故か僕にちょっかいを出してくる。肩にかけていた鞄の紐を両手で強く握りしめ、彼と取り巻きを無視して進もうと足を進めると無理矢理に僕の肩を力強く掴むと虫歯だらけの歯を見てせ人を馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

「どこにいくんだよ、暇だろ?貧乏君」

「暇じゃない、今日は仕事があるんだ。それに、僕の名前はイオスだ、貧乏じゃない」

「貧乏だろう、お前の家は親父さんがいないからお前が働かなくちゃならないんだろ?父さんが言ってたぞ、お前と関わると貧乏になるって。貧乏神に愛された子供だから近づくなって」


 思わずカッなってアレンに殴り掛かろうかと思ったが、思いとどまった。


 実際、僕の家には父親という存在はなく、母親も働きすぎで体調を崩し午後になるとほぼベッドに寝たきりで過ごしているし授業で使う教科書も教員がわれに思って使い古された本を譲ってくれたものだ。鞄だって父が昔使っていたものを母が手直ししてくれたが、底はすり減って今にも教材が地面に落ちてしまうのではないかと思うくらいだ。

「なんだよ、言い返さないのか?それとも僕ちゃんだから言い換えせないのか?」

 アレンの耳障りな声に僕は彼の手を乱暴に振り解くと、小走りに職場へ続く道を進んだ。背後から彼らの声が聞こえたがここで時間を潰して話たり、殴り合ったりしたとしても痛いだけだし時間の無駄だ。今日は仕事へいく前に同じ通りにある店で牛乳を買って帰らなくてはならないのだから。


 秋の空はすでに陽が落ち茜色からビロウド色の夜空へ切り替わろうとして、静かなグラデーションがかかっている。綺麗に整備された道路に均等に整列する街灯へ、作業着をきた初老の男性がとても長い棒を街灯へ近づけ火を灯せば柔らかな光があたりを包み込む。

 キラキラと夜空に輝く星よりも力強く輝く街灯は空から見たらきっと星と見間違ってしまうのではないだろうか、ああ、あの光をたくさんたくさん集めたら隙間風なんか気にならないくらいに暖かくなって、夜に教科書も読めてミルクも温めてくれるのだろうか。そんな妄想を浮かべながら僕は目的地である牛乳屋へ入る。


「おや、イオス。学校は終わったのかい?」

 カランカランと入店を知らせる音と共に馴染みの店長さんが声をかけてくれるのに、軽く会釈をして僕はポッケから大事にしていた銅貨数枚をカウンターに置いた。

「すみません、お願いします」

「はいよ、しかし偉いねぇ。まだ13歳だっけ?学校も卒業してないのに頑張って働いて。うちの倅にも見習ってほしいものだ」

 大きなお腹を揺らして笑う店長は冷蔵庫から牛乳瓶を取り出し丁寧にタオルで水滴を拭うと少しのチーズを一緒に紙袋へ入れて差し出してきた。

「チーズ代、ないです」

「いいんだよ、いつも頑張ってるんだから。またきておくれ」

「…ありがとうございます、母さんも喜びます」

「早くお母さんが元気になるといいね、今度は2人でお店に来るといい


 僕は頷き両手でそれを受け取って、深々とお辞儀をして店を出た。背後でカラン、と大きな音と扉が閉まる音がする。さあ、これから夜中まで頑張って働かなくては。今月末は家賃を払いに行かなくてはならないし、母さんの薬代も支払わなくてはならない。

 すっかり暗くなった道を街灯が照らす、まだ人通りが多くすれ違った幸せそうな家族を横目に、紙袋を握り締め歩き出したその瞬間。

 僕の目の前は真っ暗になり、世界の音が消失してしまったんじゃないかと思うくらいの静寂が逆に閉塞感となって鼓膜を刺激する。

自分が瞬きをしているのかしていないのかわからないまま頭がぼんやりしてきて、まるで強制的に意識を奪われるような、あがらうことが出来ない強い眠りに落ちる寸前の浮遊感と強制的に意識を奪われるような恐怖を前に僕は完全に意識を失ったのだった。

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