第4話 よし分かった! 一緒に行こう!

 どこからか小鳥の囀りが聞こえる。カーテンを開けっぱなしにしていたためか、朝日が差し込んできた。

「くっう〜」

 体を伸ばし、ヒッカは大きなあくびをした。


 ヒッカの朝は早い。母と毎朝の特訓があるからだ。だが、今日は母は不在だ。

(起きるか)

 そのまま身支度をしながら、今日すべきことを考えていた。

(ヒルビルド山まで比較的近いけど、何せ広いからな。どうするかな)

 ヒッカはまだ母からの二枚目の手紙の意味を理解できてなかった。

(結局のところ、母さんは何を言いたかったんだろう。もし仮に、書かれていることそのままが起きたとしても、にわかには信じがたい)

 そう思いながらも、ヒッカは日々のルーティンのためにドアノブに手をかけた。




 簡素な朝食を済ませたヒッカとローグ。

 数日は戻って来れないかもしれない。ヒッカはいつも以上にローグと話をしていた。


「よし。それじゃそろそろ行ってくる!」

「うん! 気をつけて!」

「あそこまでは一気に行くと少し疲れるからな。っと」

 軽く準備運動をしてヒッカは得意の【エアライド】を発動した。ヒッカは疾風と共に空を翔った。

 瞬く間に小さくなる兄の背に、ローグはずっと手を振っていた。




(見えてきた。あれかな?)

 ヒッカはヒルビルド山にたどり着いた。

 途中休憩を挟みながらきたものの、少し疲労の色が見える。無理もない。ヒルビルド山は豊富なマナが溢れる神聖な場所であり、そのマナに人間の魔力はあまりにも無力だった。

(ここからは歩いて行くか)

 ヒッカは地に降り立ち、休む間もなく歩み始めた。

(本当にあんな事があるのかな?)

 不意に母の手紙の内容を思い出した。

母からの伝言、いや忠告の内容は『数日は自分が思っている以上の魔力を使う事。そして、魔力が暴走するほどの力を感じたらヒルビルド山の頂上付近の高台で魔力を解放すると言う事』だった。


(どれくらいのペースで魔力を放出するのかわからないな……。そもそもここに来るまでにかなり魔力を使ったし、今日明日で頂上まで行けるか分からないからこれくらいのペースでいいのか?)



 どれくらい歩いたのだろう。まだ頂は遥か彼方だ。川が見えた。

「ふう」

 歩きっぱなしのヒッカは岩場に腰かけ、川の水で喉を潤し、顔を洗った。

 陽が傾きかけていた。

(今日はここで寝るか)

 ヒッカは手早く野営の準備をした。

(近くに何かいれば良いんだけど)

 辺りを見渡したが、食糧になりそうな動物はいなかった。

(まあ、数日だしいいか)

 そう呟きながら野草と木の実を集め、持ち込んだ食糧を口にした。五臓六腑に染み渡るとはこう言うことを言うんだろう。ヒッカは活力がみなぎるのを感じた。



(明日中には着きたいところだ)

 気付けば日も暮れ始めていた。

(明日に備えて今日は休もう)

 ヒッカは目を閉じ、大地のマナを感じながら横になった。




 不意にヒッカは目を覚ました。

身体中が熱い。

(なんだこれ?)

 まだ朝焼けの時間だった。少し肌寒いくらいの時間にヒッカは汗でぐっしょりになっていた。

(何かに襲われたのか? いや、結界が破られた様子はない。だとすると病気?もしくは魔法で攻撃された? 誰に??)

 ヒッカは周囲を見渡したが特段異常は無さそうだった。

(仕方ない)

 ヒッカは結界を解き、静かに目を閉じた。

 そして体力活性の魔法【キュアブリーズ】を唱えた。

(少し楽になった気もするが、しぶといな…なら!)

 ヒッカは立て続けに【キュアブリーズ】を唱えた。

「はぁ、はぁ。っは〜」

 思わず地面に腰を落とす。連続で唱えた甲斐もあり、ヒッカの熱は下がった。

(危ないな。気をつけないと……しかし一体どうやって?)

 ヒッカは他者からの攻撃を疑っていた。だが周囲にはなんの痕跡もなかった。痕跡を全く残していない手練れの者であるなら……。

(悩んでも仕方ない。まずは食べるか)

 ヒッカは手早く朝食を準備し、一休みした後に再び目的地を目指し歩を進めた。



 やがて歩いていると小さな集落が見えてきた。

(ちょうどいい。場所も確認できるし少し休もう)

「こんにちは。」

 ヒッカは集落の人に声をかけた。

 集落の中年女性は驚いた顔をしたが、普通に対応してくれた。

「ああビックリした。ここはあまり旅人が立ち寄るところでもないしねぇ。貴方はどこから来たの?」

ヒッカは軽く自己紹介をした。


「まあ! そんなところから? ご苦労様です。せっかくなので少し休んで行ったら? 何もないところだけどうちの娘が作るお茶は最高なんだよ」

 リーサ=ラックと名乗る女性が提案する。ヒッカは少し迷ったがせっかくの申し出を受けることにした。

「ありがとうございます。お言葉に甘えていただきます」



「帰ったよ〜」

「お帰り! ん?」

 家の扉を勢いよく開けた娘がヒッカを見てキョトンとしている。

「ああ、この人は王宮から来た魔法士様だよ」

「まだ見習いなんですけどね」

「いやいや。あそこは魔法にかけては一番のとこじゃないか。魔導士さんもいるんでしょ? 心強いねぇ」

 確かに、王宮魔導士の他にも沢山の魔導士がいる。それに次ぐ職位の魔法士の数もかなりの数に上る。ヒッカはなんだか故郷を誇らしく思えた。



「この子はライクと言います。ささ、立ち話もなんですし、上がってくださいな」

「どうぞ〜」

「はい。ありがとうございます」



 ヒッカは用意されたお茶とお菓子をいただいた。素朴ながらもどこかほっとするような、懐かしいような不思議な感覚を覚えた。

「ご馳走様でした。とてもおいしかったです」

「良かった! クッキーは私が作ったから少し自信なかったんだ」

 ライクが白い歯をのぞかせる。

 不意にリーサが深刻な面持ちでヒッカに声をかけた。

「実は……。魔法士様にお願いがありまして」

「どんな話なんですか? 僕は見習いですが、僕にできることなら頑張りますよ」

「ありがとうございます。ここの家から少し離れたところに村長の家があります。そこで詳しく話を聞いてください」

「分かりました。では早速、村長さんとこに行きますか!」

 三人は家を出て、揃って村長の家のドアを叩いた。




「おお、これはこれは。ラックさん。何かあったのかい? それにこの若者は?」

「この方は王宮から来た魔法士さんです」

「はじめまして。魔法士見習いのヒッカと言います」

「それで、魔法士さんにあの魔獣討伐をお願いしようかと思いまして……」

「なんと! 魔獣討伐を引き受けてくれるのか!? 実に頼もしいがお一人で大丈夫かね?」

「……すみません。今初耳だったので、もう少し詳しく聞かせてもらえませんか?」





 ヒッカは村長から事情を聞いた。二ヶ月ほど前から魔獣が現れたこと。この近くの集落の他にも被害が出ていること。食物を荒らされることもあるが、人的な被害も出ていること。

「……なるほど」

 ヒッカは両親に連れられて魔獣討伐に参加したことは何度かある。低ランクの魔獣であれば、ヒッカでも十分対応可能だった。

「多分に似たタイプの魔獣討伐に参加したこがあるので、何とかなると思います。」

「「ありがとうございます!」」

「そうと決まったら宴じゃあ!」

「いやそれはまだ早くないですか?」

「これは失敬。嬉しくてね」

 村長が目を細めた。

「そうだ。ライク、貴女近くまで案内してくれない?」

「凶暴な魔獣なんですよね? 俺一人で行きますんで大丈夫です」

「そうかもだけど。この子も魔法が上手ですよ。山道の案内もお手のものだし」

「私、ついていきます! それに魔法士さんの魔法も見たいです!!」

「んん〜」

 ヒッカは腕組みをしながら天を仰いだ。確かに道案内は欲しい。それに複数人で行動することで、不意に襲われるリスクも減らせる。一方で戦闘が始まったらライクを守りきれるかどうか。

(想定どおりの魔獣なら、最悪空に逃げればどうにかなるか……)

 ヒッカは目を閉じ、そして腹を括った。

「よし分かった! 一緒に行こう!」

「やったー!」

「危ないから気をつけてね。それじゃ、改めてよろしく」

 ヒッカは右手を差し出した。

 ライクは両手でそれに応えた。

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