僕を裏切った幼馴染が今更付き纏って来たんがが、ナニソレオイシイノ 【再投稿】

はなびえ

姫宮 杏夏という少女

プロローグ

園田 秀一は毒親家庭に生まれた。

 家庭内は、信じられない程に孤独な静寂と物凄い勢いで迫ってくる父親の怒号とを絶え間なく繰り返しており、その様はまさに純然たる地獄としか形容出来ない程であった。

「おい!何でテメェの母親は主婦の癖に飯すら作らないんだよ!」

 鼓膜を突き破るような罵声や周辺の物が破裂する音を無理やり聞かされ、ただ殴られるのを待つあの瞬間は今でも忘れられない。

 父親の病的な暴力性と、飢えに飢えた母性に対する渇望感は今でも脳天に刻まれている。

「何で俺がテメェらみたいな出来損ないのガキとバカ女の責任を取らないといけないんだよ!!」

 父親はいつも病的な薄ら笑いを浮かべながら、俺の腰を蹴りに蹴ってきた。

 何度も何度も自分が圧倒的強者であることを確認するように、何度何度何度も。

「雑魚が。弱いなあ。しょぼいなあ。クソ女の弱者遺伝子を受け継いだからか?」

 学校の教師にバレないようにか、肩や腰、背中などを私怨を込めて永遠と殴り蹴られた。

 抵抗しようにも、反骨心を病的な心臓の鼓動と身体の震えが静止させてくる。

「おい、謝れよ。クソ野郎でごめんなさいってな!俺が養ってるからお前らみたいなカスとバカ女でも飯食えてるんだろ?なあ、早くしろ!」

父親は無理やり僕に土下座させ、グリグリと煽るようなリズムで俺の頭を踏みつけてきた。

まるで大根おろしのように顔と畳が擦れて、ガリガリと自尊心が削られていく。

 母親は、父親の独壇場でボコボコにされている僕をみて、いつもホッとしたような安堵と軽蔑が混在した歪な笑みを浮かべていた。

……きっと、父親の魔の手から逃れる為に僕を産んだのだろう。

全てを察し始めた当時小5の僕は、ただただ全てに絶望していた。

人生が好転する蓋然性も皆無であり、陰鬱な詭弁に満ちたこの世界を憎む事しか出来なかったのだ。

しかし、そんな僕の生活は児童会会長である姫宮 杏夏と出会って一変した。

「一人で何読んでるの〜?…良かったら私にオススメの本教えてくれないかな?」

彼女が一切濁りがない満面の笑みで、話しかけてきてくれた日のことは今でも鮮明に覚えている。

あの日を境に僕にはたった一人の友達が出来た。

杏夏だけが僕のことを一人の人間として接してくれたのだ。

杏夏と行った迸るように《ほとばしる》蝉が群雄割拠する虫取りや火薬の香りと夏の儚さが混ざり合った夏祭りは、まさに僕の中の幸せを形成した出来事だったと言えるだろう。

「園田は今みたいな感じでもっと自分を出しても良いんじゃないかな?」

「そ、そうかな?」

「そうだよ〜!無邪気にはしゃいでる園田、私好きだけどな」

「…す、好きって」

「あれ〜もしかして照れちゃった?まあ、園田はむっつりくんなのが面白いんだから、それ出したら女子からモテるかもよ…?」

夏が終わる頃には僕にとって杏夏は『正義』の象徴になっていた。

僕にとって杏夏は、まさに渇望感を悪意に変換し、苦しめてくる両親やそれを看過してしまう弱い自分を蹴散らしてくれる天使だったのだ。

だが、そんな安息の日々も長くは続かなかった。

「おい、中西商店でタバコ買ってこい」

あの日は確かいつものように午後21時頃に、父の幼馴染が営んでいる店でタバコを買ってこいと1000円札を渡され、外に放り投げられた。

曇り空から覗き込むような形で少しだけ顔を出している月を眺めながら、重い足取りを一歩また一歩と進めていく。

そうすると家から出て500mくらいの所で、月夜が最も似合わない少女と遭遇した。

「あれ〜園田じゃん!こんな夜遅くにどうしたの?」

真昼と変わらないテンションで話しかけてきたのは、僕の唯一の友達である姫宮 杏夏だった。

習い事帰りなのか肩には水泳バックがかけてあった。

もう、だんだんと肌寒さが増してきた秋真っ最中だというのに大変そうである。

「……そ、そっちこそ女子がこんな夜遅くにどうしたの?」

杏夏からの問いから避けるため、僕はわかりきっていることを問いかけた。

……僕では、眩し過ぎる杏夏に、自分の落ちぶれた人生を知られたくないと強く思い、何としてでも隠し通そうと、奮闘していたのだ。

彼女と過ごす日々の中で、初めて筋肉が硬直し心臓がスパークするのを感じた。

「私は水泳の大会が近いからじしゅれ…」

杏夏の返答をかき消すような怒号が背後から雪崩れ込んできた。

「おい、クソガキ!遅えぇぇぇんだよ!失敗作が!!!!!」

そこにはヤニが切れ、僕が中々戻ってこないことに激怒した父が仁王立ちしていたのだった。

……せっかくの月夜は、黒雲に覆い隠され、ポツポツと小雨が頬を伝った。

街灯もあまりない道な為、夜が深まっていくのをひしひしと感じる。

「おい!クソガキ、テメェはタバコすら満足に買えねぇのか?お前なんて作る予定なかったんだからせめて俺の従順な足くらいにはなれよ!ゴミが」

夜の静寂を殺しにかかるような父の雄叫びが街中を包み込む。

その様は飼い主に捨てられ、人間を憎む野犬のようであった。

そんな狂気を目の当たりにした杏夏は震えを抑えるように電柱にもたれ掛かっていた。

辺りが闇に包まれていることと、父親の位置からは電柱で杏夏の姿が見えないのも相まってまだ彼女の存在は父親にはバレていないようだ。

「ご、ごめんなさい。靴擦れしちゃって遅くなってしまいました」

「お前なあ。女みたいな言い訳するな。媚びることしか取り柄がないお前の母親が許されているのは弱者だからだ。まあ、そんなバカ女も息子に対しては攻撃的みたいだけどな」

父親は愉快そうに嘲笑うと、その刹那、物凄い勢いで拳を振り上げ僕の頬を殴った。

意識が吹っ飛びそうになりながら、何とか強烈かつ鈍い痛みに耐える。

「おい、明日頬の腫れについて何か言われたら歯を抜いたとでも言っとけよ」

僕の惨めな姿を目の当たりにした杏夏は恐怖が滲んだ泣き顔でこちらを見つめていた。

友の境遇を察したような、かと言って憐れむでもなく友情に満ちたその表情が僕の胸を切り裂く。

何で僕はこんな家に生まれてしまったのだろうか。

永遠に解けない呪縛に絶望しながら、ひたすら暴力を受け続ける。

当然、父親はこの時間帯は人通りがほぼないと言うを見越してやっているので、助けなんて誰も来ない。

「おい!生まれてきてすみません!あなたのおかげで出来損ないの僕でも生きられていますって言え!」

父親はおそらく残り少ないであろうタバコをふかしながら、革靴で僕の頭を踏みつけてきた。

父親はニヤニヤとしながら、僕に唾を吐いてくる。

「言え!早く言え!弱者遺伝子の出来損ないが!」

ポキッ!、そんな父親の剣幕に怯えてしまったのか、杏夏が小枝を誤って折ってしまい、こんな状況に似つかないポップな音色が辺りで響き渡った。

「おい!そこにいるのは誰だ!」

その音でやっと人影に気づいた父親が顔を青ざめさせながら、電柱に近づいていく。

その刹那、杏夏は一目散に逃げ去ってしまった。

「おい待て!クソガキ!」

彼女の後ろ姿にはもはや友への想いはないようだった。

僕はただただ呆然としていた。

自分の中の『正義』が溶けていくのを感じる。

超人のように思えた彼女も結局はただの一個人であり、自己保身を選んだ。

わかっているのに、わかっているのに僕は彼女に期待してしまっていたのだ。

正義も偶像も泡となり、虚無感だけが脳内で君臨した。

強い吐き気がしてくる。

「逃がさねぇぞ!…待て、待てクソガキいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」

父親は奇声を上げながら、逃げる杏夏に向かって全力疾走で追い始めた。

小学生が怒り狂った成人男性から逃げられるわけない。

……おそらくこのままだと、杏夏は捕まってしまうだろう。

自分の悪行を知ってしまった杏夏に父親が何をするかなんて想像するまでもない。

「…」

僕は足元に落ちていた大きくて鋭利な石を拾う。

それを父親へ向かって思い切り投げつけた。

「外しちゃった」

当たるまで何度も何度も何度も何度も何度も何度も繰り返した。

音で気づいたのか父親が振り向いてくる。

……その直後、砂利まみれだった石が父の後頭部に直撃した。

コンっと心地よい音が静寂を切り裂く。

僕は頭を抑えるようにして蹲っている父親の元へ駆け寄った。

「やめろ!……や、やめてくれ。親子だろ?俺はお前を愛してるんだから」

「…」

「な、なあ。嘘だろ?今のは手が滑ったんだよな?そういうことにするから……こ、これ以上はやめてくれ」

「…」

「俺がいなかったらお前はいなかったし、誰が育てたと思っている!!」

僕は確実に杏夏を追えないようにする為にもう一度石を投げ放った。

……かくして、僕の中の正義は壊れ、呪縛を受け入れながら生きていくことになったのであった。



色々あって再投稿しました〜

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