白雪姫はのんびり生活を支えてほしい
蒼雪 玲楓
白雪姫は眠りたい
非常に突然だが我がクラスには白雪姫がいる。
もちろん、絵本の中から本物が飛び出してきたなんていうファンタジーちっくなことを言っているわけではない。
所謂あだ名で、そう呼ばれている本人の名前には白も雪も姫も、どれも掠ってすらいない。
それならなぜ白雪姫と呼ばれているのかというと、まずその髪の色だ。
彼女の髪は長い白銀色で、その髪色が雪を連想させるのだ。
染めたりしているわけではなく、家系に少し海外の血が入っているらしく偶然その影響が出て髪の色が黒ではないのだと本人がいつか言っていた。
そしてもう一つの白雪姫と呼ばれる所以、彼女はよく眠る。
授業の合間の短い休み時間でも自分で持ち込んだクッションを枕にするくらいには本気で寝ようとしている。
そして今も、自分の机で幸せそうに笑みを浮かべて眠っているのだ。
最初はそんな様子を不思議がって誰も近づかずに遠巻きに見ていたクラスメイトもいつの間にか慣れ、誰が言い出したのか白雪姫のあだ名がつけられていた。
「相変わらず姫は幸せそうに寝てるね、王子もそう思うでしょ?」
「これで授業始まって寝っぱなしになることがないのはすごいとは思うけど……それはそれとしてほんっ、とにその呼び方どうにかしてほしいんだけど」
「あはは、運が悪かった……いや、逆に運はよかったのかな? まあ、どちらにしても今更だから諦めたほうがいいよ」
クラスに少し変わったあだ名の人物がいる、これだけなら特に思うことも何もないが、それに自分も巻き込まれているとなると話が変わってくる。
高校生にもなって自分の名前に全く掠っていないのに王子と呼ばれるのは気恥ずかしさがとても大きい。
俺がそんな風に呼ばれるようになったきっかけは今から季節を三つ程、平たく言えば今年度の始め、春まで遡ることになる。
春の陽気に釣られてか、無防備にも屋外の木陰で昼寝をしていた白雪姫──
簡単にまとめるとそれだけのことではあるのだが、その結果として姫を助けたから王子と、そんな安直なネーミングセンスのあだ名が広まってしまい今に至るというわけだ。
「そろそろ授業始まるし、起こしてあげたらどう?」
「どうせ勝手に起きるだろうし。あと、そう言うなら自分でやればいいだろ」
「えー、そんなそんな。王子様の役割を奪うなんてことできないから」
「俺の役割でもないんだけどな……」
王子のあだ名で呼ばれるだけならず、こうして物理的に王子として弄られるのも日常茶飯事で、悲しいことにその扱いに慣れてしまった自分もいる。
「まあまあ、そう言わずにさ。よろしくねー」
そう言いたいことだけ言ってクラスメイトは離れていってしまった。
今も俺以外にも柚子を起こせるくらいの距離に数人はいるのに、全員が微笑ましそうに見守っているだけなのだからほんとにどうしようもない。
「はぁ……」
一応、授業が始まるギリギリになっても起きる素振りすら見せなければ起こそうとそれだけを決め、それまではやることもないので柚子の寝顔を眺める。
綺麗な髪の色に整った顔立ち、そして寒さ対策の為に被っている毛布のせいで今は見えないが体型も出るところはきちんと出ていて、容姿はクラス、あるいは学年内で見ても上位に入ると思う。
そんな、容姿だけなら評判のいい柚子の王子様なんて言われることに最初は周囲から、主に他クラスの男子から色々言われることもあったが、それも少しすればなくなっていった。
その理由の一つめはこのクラスの女子の結束力に屈したこと。
うちのクラスでは柚子を見守る会なるものが非公式に女子の間で結成されている。
彼女たちは幸せそうに寝ている柚子の姿を見るだけで可愛いペットを眺めているような気分になれて癒されるらしく、男子から俺への絡みが間接的に柚子の睡眠を妨げる要因になると判断した。
その結果、俺へのダル絡みをするやつには冷たい視線を向けるようになりそれに耐えられなくなって文句を言われることも減っていった。
そして、何も言われなくなったもう一つの理由は柚子自身にある。
柚子の外見の評判がいいのはそうなのだが、性格が……人を選ぶのだ。これは別に、性格が悪いとか言動がきついとかそういうわけではない。
ただ、あまりにも────
「ふわぁ~。あ、
────マイペースすぎる、それだけのことだ。
「おはよう。相変わらず、完璧な体内時計だな」
今日だけで何回もした気がする挨拶をしながら時計を見ると授業の始まる約二分前。枕を片付けて必要なものを机の上に用意すればちょうど授業が始まるくらいだ。
「寝るためにもちゃんと起きるのは大事だからね~」
ちゃんと起きる、という言葉通り柚子は授業中に居眠りをしたりすることはなく、座学に限れば成績は上位に入る。
前に授業中に寝ない理由を聞いた時は「授業外でできるだけ寝るため~」、と言われた。
ちなみに体育の実技に関しては…………言うまでもなく言動からイメージされる通りだ。
「ほら、机の上が片付いたんならお供え物を受け取ってくれ」
「んー、ありがと~」
「俺からのプレゼントってわけじゃないけどな」
「知ってるよ~」
クッションが片付けられた柚子の机の上に、俺の机に積まれていたお菓子を移す。
これは柚子の寝顔を見に来たクラスメイトが置いていったものだ。神社でお賽銭を奉納したり、地蔵にお供え物をしたりとそれくらいの感覚で当人たちは置いていっているらしい。
なぜ俺の机の上に集められるのかといえば、柚子の眠りを妨げないようにどこか別の場所に置きたくて、かつ席が近い王子様と都合のいい条件が揃ってしまったからである。
「じゃあ、午後も頑張っていこー」
「そうだな」
白雪姫はのんびり生活を支えてほしい 蒼雪 玲楓 @_Yuki
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