証明の真偽

 高さ50メートルほどの巨大な鳥居は、次元緩衝帯である『木佐貫富士』の関所として柊一行の前に立ちはだかった。鳥居の奥には神社を想起させるシルエットと、いくつかの人影を確認することができた。

「……いるんだな、あの奥に、あの社に!」

 14年目にして初めて木佐貫一の懐に潜り込むことに成功した一波は、湧き上がる情念を隠しきれなかった。

「そうですね……ただこの鳥居、やはり簡単には突破できそうにありません」

 鳥居をくぐろうとした柊はものの見事に弾き返された。

「おい木佐貫一! そこにいるのは分かっている。とっとと出てきやがれ!」

 一波は我慢出来ず、社の奥に向かって大声で叫んだ。

 すると人影がその声に反応し、上空から聞きなれない声が響いた。


「ようこそ諸君、私が木佐貫一だ。よくぞここまで辿り着いた。さて、その鳥居を抜けるためには3年前のメッセージで告げた通り、私が提示した命題を解いてもらわねばならない。さあ、聞かせてくれたまえ、3年というかけがえのない年月をかけて導き出した解を!」

 期待に胸躍らせる無邪気な子供のように、木佐貫は柊たちにその解を求めた。

「あーそうそう、大声を張り上げずとも聞こえている。普通に話してくれて結構」

 木佐貫の側近、メンデレーエフの末裔である朝来野シュンが補足した。

「ひかりん、準備はいい? 大丈夫さ、この解以外はありえない。この解が僕たちのすべてだ」

 柊が励ましの言葉をかけると光は無言で頷き、鳥居の前に立った。


「木佐貫さん、はじめまして。私は大空光、21世紀の人間です。そして7人のメンバーのひとりです。これから命題を解きます。ここには全部で8人いますが霧靄霞さんは次元立会人の一人としてカウントします。これが『選ばれし7人』です。そして『新たな12使徒』とは、先の7人に木佐貫さんとふたりのご友人、朝来野シュンさん、昼埜星さんを加えます。これで10人です。しかし霧靄霞さんは実体としてはふたり分存在します。よってここではカウントして11人となります」

「裏切り者であるイスカリオテのユダを抜いた11人。それで12使徒を意味する」

 凪がフォローする。

「ふむ、それでなぜその11人を選んだのかな?」

「11にはとても大きな意味があります。まず、皆11日生まれです。そしてそれぞれの誕生月を足すと『56』になります。なお、この計算では霧靄さんを一つとカウントします」

「ちょっと光さんとやら、それ都合よすぎじゃなくて?」

 昼埜星らしき女性が口を挟んだ。

「ええ。でもそれでいいんです。そういう存在なんです。霧靄さんは」

「それは俺が答えよう。霧靄霞というデバイスは量子ビットで作られている。つまりそういうことさ。ゼロでもイチでもない。振る舞いはその時々で変えられる。そうだろ? ご先祖様よ」

 夜久は昼埜星に回答すると共に、彼女を自分の祖先だと言い放った。

「ほう、正解だ。霧靄霞の扱いはそれが許される。そうか、気づいたか。まあ、そういうことだ。それよりも、君は自分の子孫であることにいつ気がついたんだ?」

 昼埜星はシミュレーションのログを参照したが思い当たる節がなかった。

「へえ、やはりそうだったか。なに、ただのハッタリだよ。残念ながら未来のガジェットにだってそんなことが分かるものはない」

「ちっ! カマかけやがったな。抜け目ない男だ……」

「やるじゃないか、あかりくんの子孫くん」

 朝来野シュンは多少の嫌味を含めて夜久を褒めた。

「こらこら朝来野くんも昼埜くんも横やりいれないで。まだ話は終わっていないんだ。最後まで聞こうじゃないか」

「OK木佐貫!」

 ふたりの助手が応答のシグナルを返すと、柊はその懐かしい響きにインフィニット・ワールドの友人やカフェ&バー『異空間』を思い出した。


「では続けます。誕生月の和が『56』、それ以外の月の和が『25』で、引き算しますと『31』になります。木佐貫さん、あなたは素数がお好きですよね? 数学好きに素数が嫌いな人はいないと思っています。そう、『31』は11番目の素数です。もちろん『11』も素数です。今年は2101年です。『2101』を素因数分解すると『11x191』になります。『191』は並べ替えると『911』、木佐貫さんの誕生日であり、『9』から『1』を2回引けば『7』、2回足せば『11』です。つまり、『7』と『11』が導き出されることになります。それがここに集うべき選ばれし12使徒を導くロジックです!」

 大空光は自信を持って力強い言葉で主張を終えた。

「大役お疲れ、ひかりん。ありがとう」

 柊は光を静かに、そして優しく労った。

「異次元のモノ語りに比べれば何でもないよ、これくらい……」

 光の目からは涙が溢れていた。言葉と身体は必ずしも同期しない。涙は、それを端的に表す反射現象である。

 柊は光の肩にそっと腕を伸ばして引き寄せ、「大丈夫、絶対大丈夫……」と呪文のように唱えた。


「さあどうだ。完璧だろ?」

 一波が静寂を破る。

「よし。いいだろう。だが80点だ。満点ではないが及第点としよう」

 木佐貫は解答に点数をつけた。

「何? どこが足りないっていうんだ! 説明してほしいね」

 一波が突っかかる。

「そうだね……まあ、実はね、こっちにもいるんだよね、キリモヤくん」

「え?」

 柊らはその言葉に意表を突かれた。

「しまった! 霧靄霞は今日誕生する予定だった。それに、あいつらもこの緩衝帯に入るためには何らかのデバイスを必要とするはず。それが出来たてほやほやの霧靄霞ってことか……だとすると12使徒とはやはり12人いるということか……いや、待てよ…………」

 夜久はもうひとりの霧靄霞の可能性を見落としていたことを悔やんだが、同時にあるシナリオが頭をよぎった。

「まあ、ユダ説もありだと思うから、及第点。さ、こちらへ来なさい。もう鳥居はくぐれるようになっているから」

 木佐貫が右手を上げると足元を覆っていた霧はすっかり消え去り、木佐貫たちのシルエットは実体を伴って色づいた。


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