第3話:在庫過多の罠
秋月光一は、過去の記憶を辿りながら、ある日の出来事を思い出していた。
あの日、彼の心に芽生えた疑問が、やがて驚くべき事実を明らかにすることになる。
倉庫内には、ほとんど出荷されない商品が山のように積み上げられており、通路を塞ぎ作業効率を著しく低下させる原因になっていた。
その光景を目の当たりにした光一は、次第に不信感を抱くようになった。
「どうしてこんなに商品が溜まっているんだ…?」
光一は倉庫内を見渡しながら、その疑問を抱え続けていた。
商品が山積みになっている光景は、彼にとって異常以外の何物でもなかった。
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「これは一度、営業担当者に話を聞くべきだ…」
そう決心した光一は、ある日の昼休みに営業部のオフィスへと足を運んだ。
営業部のドアを開けると、忙しそうに電話対応をしている営業担当者たちの姿が目に入った。
その中で特に目立っていたのが、営業主任の橋本だ。
橋本は年上で、光一にとって頼りになる存在であり、彼に率直に話を聞くことに決めた。
「橋本さん、ちょっとお時間いただけますか?」
光一の呼びかけに、橋本は一瞬顔を上げたが、すぐに手元の資料に目を戻した。
しかし、光一の真剣な表情に気づいた橋本は、資料を脇に置いて彼に向き直った。
「どうしたんだ、秋月君。何か困ったことでもあるのか?」
橋本の穏やかな声に、光一は少しだけ緊張を和らげながら、本題に入った。
「実は、倉庫にほとんど出荷されない商品が山積みになっているんです。それが気になって…」
橋本はしばらく沈黙した後、深いため息をついた。
その表情には、どこか複雑な感情が浮かんでいた。
「そのことか…。実は、あれは預かり商品なんだ。現時点では出荷する予定がない」
その言葉に、光一は目を見開いた。預かり商品とはどういうことなのか、そしてなぜそんな商品が大量に倉庫に溜まっているのか、理解できなかった。
「どうしてそんなことになっているんですか?在庫が増える一方じゃないですか」
橋本は苦笑しながら、光一に詳細を説明し始めた。
「実は、営業ノルマを達成するために売り上げ伝票を先切りしているんだ。それが原因で、必要のない製造が進み、結果的に在庫過剰を招いているんだよ。」
その言葉に、光一は言葉を失った。営業ノルマ達成のために、実際には出荷されない商品を製造し続けているという事実が、彼には信じがたかった。
「つまり、これからもあのような商品は増え続けるということですか?」
光一の問いに、橋本はうなずいた。
「そうだな。しばらくはこの状況が続くだろう。私としても、どうにかしたいとは考えているのが、売り上げが厳しいんだ」
その言葉に、光一はこんな状況で利益が出るのだろうかという疑問が浮かんできた。
「お客から保管料は貰っているんですか?」
光一の疑問に橋本は、困った表情で答えた。
「貰ってはいない。保管料を貰わないという条件で注文をしてもらっているからな」
光一は、橋本の答えに呆れて言葉を失った。
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光一は、倉庫内に戻りながら、先ほどの橋本との会話を反芻していた。
古く狭い倉庫に商品が溢れかえり、フォークリフトが動くスペースさえ奪われている光景が、今まで以上に異様に感じられた。
彼はこれからどうすべきか、答えが見つからないまま頭を抱えた。
「このままでいいわけがない…」
光一は、心の中でそう呟いた。
彼には、自分の仕事に対する誇りと責任感があった。
だからこそ、この異常な状況を見過ごすことはできなかった。
しかし、現実を変えるためには、何をすればいいのか、その答えはまだ見つかっていなかった。
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光一は同僚の山田と一緒に仕事を終えた後、近くの居酒屋で食事をすることにした。
山田はまだ若く、入社して間もないが、熱心な姿勢で光一の信頼を得ていた。
「光一さん、今日は何か悩んでいるように見えますけど、どうしたんですか?」
山田は、焼き鳥を頬張りながら光一に尋ねた。
光一はしばらく黙ったまま考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「実は、倉庫に溜まっているあの商品のことなんだ。橋本さんに聞いたんだけど、あれは営業ノルマを達成するための先切り伝票のせいで製造されたものだって…」
その言葉に、山田は驚いた表情を見せた。
「え、それってかなり問題ですよね。そんなことを続けていたら、会社全体が危うくなるんじゃないですか?」
光一はうなずきながら、続けた。
「そうなんだ。だから、何か手を打たなければならないと思っている。でも、どうすればいいのか…」
その時、隣のテーブルで静かに焼酎を飲んでいたベテラン社員の田中が、渋い顔で話に割り込んできた。
田中は長年この会社で働いてきた経験豊富な社員であり、皆から信頼されていた。
「光一君、その問題については私も心配している。実は、他の営業担当者たちも同じように先切り伝票で数字を作り、その結果、倉庫に商品が溜まり続けているんだ」
田中の言葉に、光一と山田は驚きを隠せなかった。
「じゃあ、どうしてそんなことがまかり通っているんですか?」
山田が問いかけると、田中は静かに答えた。
「売上を上げるための苦肉の策だとは思うが、やはり問題だ。私たち現場の人間が声を上げていく必要があるかもしれない」
光一はそう思いながら、これから自分がどうするべきかを考えたが、答えは出てこなかった。
光一には、橋本から聞いた預かり商品が、これからどんな影響を生み出すか予想が出来なかった。
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